4-10
ウィッラ領への街道をひた走る。
救援に向かっても、既に焼け野原でしたでは意味がない。
兵らには悪いが、行軍速度を重視した強行軍を強いさせてもらった。
見る見る内に、ウィッラ領への道程を踏破していく。
強行軍の甲斐あってか、当初の予定よりも格段に早く辿り着けそうである。
見える風景も、どこか見覚えのある懐かしい風景となってきた。
「ライナス、ウィッラ領が近い。最後に一度兵らに小休止を与えよう」
「承知しました」
ライナスは一つ頷くと、方々に指示を与えていく。
ほどなくして行軍は止まり、束の間の休息となった。
「ライナス、主だった部隊長たちを集合させてくれるかい」
僕はそう言い残すと、馬上から降りて、座り込んだ兵たちの肩を叩きながら労いの言葉を掛けていく。
暫くそうしていると、ライナスが駆け寄ってくる。
どうやら、主だった部隊長たちが集合したようだ。
ライナスを伴って、集合した部隊長たちの前まで歩み寄っていく。
一斉に頭を下げて出迎える彼らに、僕は話し始める。
「ウィッラ領が近い。この休憩を最後に、後はノーストップでウィッラ領まで進軍する」
その言葉に何人かの部隊長が頷く。
「敵部隊がまだ到着していないなら、ウィッラ領の者たちと合流して迎撃準備を固める。敵軍が先んじていれば、これを蹴散らす。本作戦の目的はあくまで救援。深追いは厳禁とする。よいな?」
「「はっ!」」
小気味よい返事が返ってくる。
「よろしい。諸君らの活躍を期待する」
僕は一つ頷くと、最後にそのように締めくくった。
****
見えた! フィーネ離宮があるウィッラ領最大の都市、バトリア。
しかし、あれは煙か? それに郊外に軍隊の野営地が見える。
くそ! 敵部隊の方が早かったか。
だが、煙が上がっているということは、現在進行形で攻略の真っ最中なのでは?
それに郊外の野営地の存在。
もし既にバトリアを陥落させたのなら、野営地を引き払って市内に部隊を駐屯させているはず。
確かに遅れたが、まだ致命的な遅れではない。
まだバトリアの民たちを救うことが出来る筈!
「全軍突撃! 敵部隊を蹴散らすぞ!」
「「ウォォオオオオ!!!!」」
僕の掛け声に、兵らの蛮声が応える。
走る、走る、走る。
敵に向かって一直線に。
こちらの存在に気付いたのか、迎撃しようと陣形を整え始める敵部隊の姿が見える。
構うものか、兵の数はこちらが上だ。
斥候の報告通り、敵兵の数はニ千に届くかどうかといったところ、いける!
見る見る内に、彼我の距離が縮まっていく。
そのため、よりつぶさに敵兵の姿が窺えるようになる。
その敵兵の姿に、僕は胸騒ぎを覚えた。
……おかしい。二倍以上の敵に突然遭遇したにしては、敵兵の秩序だった動きはどういうことだ? 何故、あれほどまでに冷静に?
「――! ――! 殿下!」
後方から悲痛な叫び声が風に乗って聞こえて来る。
何だ? 一体何が起こった?
「何事だ!」
後方からやってきた騎乗の伝令に問い掛ける。
その返答は予想だにしないものであった。
「わ、我々の後方を遮断する形で、伏兵部隊が現れました!」
耳を疑う言葉を聞き、咄嗟の判断で叫ぶ。
「ッ、バスティード卿! 前衛部隊の指揮を任せた!」
「はっ! 承知しました! 殿下は?」
「後方の様子を直に見て来る! ライナス供をせよ!」
「はっ!」
馬首を返し、後方へと走る。
果たしてその先には、確かに伝令の言葉通り敵と思われる部隊が展開していた。
「……どういうことだ」
解せない、この連中何処から湧いて出た。
いったい何者だと、連中が掲げる旗印を見る。
「馬鹿な……」
思わずといった具合に呟いたライナスが、僕の思いを代弁してくれる。
掲げられた旗印は、白亜の城壁。
それは、首都近衛軍の旗印。
首都近衛軍の任務は、王都防衛と、警邏活動による王都内の治安維持。
その任務の性質上、彼らが王都から出張ることはありえない。
そう、過去に一度の例もない。なのに……。
「動かざる山が動いたか……」
なんて型破りな……。あまりに馬鹿げている。
常識や伝統を無視するにも程があるというものだ。
……いや、馬鹿は僕か。アカネとシズク、あの二人に常識が通じないなんて、そんなこと分かっていただろうに。
兎に角、驚いている場合じゃない。
あれを何とかしないと。
思わぬ伏兵、首都近衛軍の面々を注視する。
どうやら、兵数はこちらとほぼ同数のようだ。
流石のアカネといえど、一軍丸々を引っ張ってくるのは無理だったとみえる。
とはいえ、第五軍の残留部隊も含めると、こちらが数的不利。だが――
「まずは首都近衛軍から片付ける! 徹底的に攻め立てよ!」
抜き放った刀身の剣先を首都近衛軍に向けながら声を張り上げる。
「連中は実戦の知らぬ弱兵共だ! 古強者たる諸君らの力を見せつけてやれ!」
そのように激を飛ばす。
嘘ではない。事実、首都近衛軍は将兵一人残らず今回が初陣だ。
厳しく攻め立てれば、簡単に崩れるはず。
しかる後に、第五軍残留部隊を叩く。
現状で最適と思われる勝ち筋を思い描く。
そんな思惑はしかし、早くも瓦解することになる。
首都近衛軍に一当てしただけで、それを理解させられた。
蛮声を上げながら激突する両軍。
そこかしこで金属を打ちつけ合う音が響く。
てんでバラバラな、不協和音を奏でる戦場音楽。
敵は崩れない。怯まず抗戦する。
いや、それどころか、こちらを押してさえいる。
「はは……。何てことだ、これは……」
もう笑うしかないね。これが本当に初陣の兵たちなのか?
見慣れた初陣の兵たちのように、血の気の引いた青白い顔をしているとか、恐怖に足が竦んでいる……なんてことはない。
返り血を浴びて喜悦の表情を浮かべる顔は、正しく狂戦士のそれだ。
僕の知る過去の首都近衛軍とは隔絶した姿。
彼ら首都近衛軍は、王都の防衛と警邏の他に、種々の祭典に参加する儀仗兵としての側面も持つ。
本来、力強さよりも煌びやかさを纏った騎士たちだ。
しかし、今の彼らに嘗ての煌びやかさは微塵もない。
血化粧が似合う野性味を帯びた狂戦士と化してしまった。
その変化、原因は明白だね。
首都近衛軍と共に戦場に立つ少女の姿を遠目に見る。
カリスマと呼ぶには、あまりに禍々しい存在感を放つ少女。
ああ、狂気とは伝染するものか。
弟ハインリヒや、首都近衛軍の騎士たちがそうであるように。
彼女、アカネと交われば、誰もが赤く染まる。
「……撤退する」
「撤退! しかし殿下、諸侯軍本軍までの道筋は連中に塞がれております!」
「そうだね。だから逆方向に撤退だ。ここから北西に八〇マルスぐらいの距離に、今は使われていない古城がある。そこに逃げ込もう」
当然激しい追撃を受けることになるが……。
しかし、この場で戦い続けるわけにもいかない。
このままでは、首都近衛軍と第五軍残留部隊に挟まれ、摺り潰されるだけだ。
損害を覚悟の上で、古城まで逃げ切る。
もっとも、古城まで無事逃げ切ったところでどうなるというのか?
僕は首を左右に振る。
……いや、それは逃げ切ってから考えよう。
兎に角、何とかして追撃を振り切り、逃げ出すのが先決だ。
「撤退、撤退だ! 北西の古城に逃げ込めい!」
そんな味方の叫びを聞きながら、馬を走らせる。
失敗した。見事に敵の罠に引っ掛かったものだ。
「はあ。リルカマウスちゃんに馬鹿にされてしまうな……」
僕は苦笑しながら、そんな呟きを漏らす。
吹き抜けた風のお陰か、そんな情けない呟きは、幸い誰の耳にも届かなかった。




