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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
四章

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46/88

4-3

 オクキデンス城の大会議室、ここに第七軍の軍幹部が一堂に会した。

 軍方針の最終決定を行い、各員に命令を伝達する為である。


 軍団長である兄の思いは、最早誰もが知るところ。

 城を出て、野戦にてラティオ共和国と雌雄を決するというものだ。

 軍団長の決意が固い以上、そうなる公算は高い。


 しかし、私を含む籠城派もそう簡単に従うわけにもいかない。

 この軍議が兄の考えを改める最後の機会。

 何とか、兄を説得しなくては。

 末席にて軍議に参加することを許された私は、そう意気込んだ。


 ギィ……と僅かに軋む音を立てながら、大会議室の扉が開く。

 着座していた士官たちが一斉に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼で入室者を出迎えた。

 それに応えるのは、当然この軍の最高指揮官たる軍団長だ。


 兄はゆっくりと答礼を解くと、静かに上座まで歩み寄る。

 そしてゆったりと着席した。

 何の気負いもなく、落ち着いた態度に見える。


 しかし、それが却ってわざとらしいというか……。意識してそのような態度をしているのでは? などと、ついつい穿った見方をしてしまう。

 身内である私ですらそうなのだから、周囲の士官たちも同様に感じているのではなかろうか?


「諸君、これより参謀長より作戦案を説明する。疑問点や懸念があれば、遠慮なく申し出るがよい。では頼む、参謀長」

「はっ! では、これより作戦案を発表する。我が軍は…………」


 兄に指名され、神経質そうな初老の士官が進み出ると口を開いた。

 襟元の階級章は、彼が中将の地位にあることを示している。

 名はアルミン・バッハ。バッハ中将。

 司令部内の参謀たちを纏める、参謀長の役職にある人物であった。


 そしてよりにもよって、兄に追従する司令部要員の筆頭でもある。


 ダマー少将の言によれば、中将のその振る舞いは、彼がその地位に拘泥するが故のことらしい。

 トップの代替わりに伴い、その側近も総入れ替えするのはよくあること。

 バッハ中将は、兄によって参謀長の役職から更迭されるのを何より恐れている。

 その為、兄に気に入られようと必死なわけだ。


 何とも、小狡い男である。

 父に参謀長に採り立てられたからには、実力はあるのだろうが……。

 その人間性は小者にも程がある。


 そのバッハ中将が滔々と参戦案を述べる。

 作戦案の中身は、案の定、オクキデンス城を出撃し、野戦決戦を行うというもの。


「…………以上が作戦案となる。何か質問のある者は?」


 バッハ中将の問いかけに、場に沈黙が降りる。

 列席者たちは互いに窺うように視線を揺らす。


 誰が口火を切るか、それを探り合う沈黙。

 私が言い出すべきか? でも、先日口論になったばかりの私が真っ先に反対意見を出しても、兄は不快に思うだけだろう。


 より意固地になられても困る。

 ならば誰かの反論を待ち、ここぞという場面でその人物の後押しをすべきかしら?

 さて……。


「では、小官から一つよろしいでしょうか?」

「うむ。何かね、大佐」


 私が思案していると、一人の男性士官が口を開く。

 発言したのはアンドロシュ大佐。

 物怖じせず、言いたいことをハッキリと口にするタイプの男性士官だ。


 彼が最初に口火を切ったのも、その性格を考慮すれば順当と言えた。


「籠城戦から野戦へと方針転換した理由を御伺いしたい」


 バッハ中将が一つ頷くと、口を開く。

 どうやら、問答は中将が受け答えするようだ。


「諸君も既に聞き及んでいると思うが……。共和国軍は愚かにも同士討ちをした結果、混乱の極致にある。またとないチャンスだ。これに乗じて勝利を確定付ける。その為の方針転換だ」

「またとないチャンス……。それには同意します。しかし、だからといって野戦に直結するのは如何なものでしょうか?」

「どういう意味かね大佐?」

「勝利を確定付ける……その為には野戦より籠城戦の方が、より安全かつ確かであるというのが小官の偽らざる思いです」


 大佐の言に、何人かの士官が頷く。また、何人かの士官が苦虫を噛み潰したようなバッハ中将の顔……ではなく、兄の顔を恐々と窺った。


 もっとも、その表情は落ち着いたもの。

 しかし、表面上は平静を装っているが、果たして内面はどうだろうか?


「……大佐、物事には機というものがある。ぼやぼやしていては、その機を逃してしまいかねない」


 暫しの沈黙の後、バッハ中将が口を開いた。


「どういう意味でしょうか?」


 アンドロシュ大佐が更に問い掛ける。


「敵軍は混乱の極致にあるが、何も永遠に混乱してくれるわけでもあるまい。籠城という受動的な戦法では、敵に混乱を収める時間を与えてしまいかねない。そうなれば、再び我が軍は窮地に立たされかねんのだ。分かるかね?」


 教師が生徒に言い聞かせる様な声音を出すバッハ中将。

 その意図は明白だ。

 相手に反論をしにくくしようというわけだろう。


 小細工ではある。

 しかし、軍隊と言う上下関係がハッキリした組織では、それなりに有効だ。

 いくら大佐が物怖じしないタイプといえ、限界がある。

 ならば――私の出番だ。


「参謀長、小官からもよろしいでしょうか?」


 私の高い声が、大会議室に響く。

 室内の全ての視線が私の顔に吸い寄せられた。


「…………勿論だ、少佐。話してみたまえ」

「ありがとうございます、参謀長」


 言葉とは裏腹に、嫌そうな顔を隠し切れていないバッハ中将。

 私はその顔をまっすぐと見詰める。


 軍内の階級では、私の方が遥かに下だ。

 しかし、私は七将家の一、ギュンター家の娘。

 この場にいる第七軍幹部たちにとって、主家筋の令嬢である。


 階級だけに囚われぬ、言わばワイルドカード。

 少し反則染みた手で、褒められた行為ではないが、今回は目を瞑ってもらおう。

 私ならバッハ中将が、上官が相手でも遠慮なく発言できる。


「敵軍が永遠に混乱しているわけではない。参謀長はそう仰いましたね?」

「……確かにそう言ったが、それがどうしたのか?」


 警戒心を多分に滲ませたバッハ中将の声。

 私は一つ頷くと、言葉を続ける。


「敵軍が混乱を鎮めるのにどのくらいの時間を要するか? それは憶測するしかありません。そう簡単にいくとは思えない。しかし、予想に反して早い可能性もありえます」

「何が言いたいのかね、少佐?」


 苛立を隠しきれぬ声音で、バッハ中将が問い質してくる。


「いざ城外に出て、敵軍と相対した時、既に混乱が鎮まっていればどうされるお積りか? 我が軍は倍する敵勢に蹂躙されるだけでは?」

「それは憂慮し過ぎだ。そんなに早く混乱が鎮まるわけがない」

「その根拠は? 根拠が無ければ、唯の楽観論。危険に過ぎます」


 私の発言は、難癖以外の何物でもない。確かに、敵軍の混乱がそう簡単に鎮まるとは思えない。

 しかし、その根拠は? と問われて、明確な答えが返せる問いでもない。

 現にバッハ中将の顔は形容しがたい表情になっている。


 他の人間が私と同様の発言をしたなら、中将は罵倒でもしてしまえばよいが……。

 この場では目下の立場とはいえ、主家筋の令嬢を罵倒などできないでしょう。

 

 なれば、どう返してくる?


「根拠……根拠は……」

「参謀長、答えずともよい」


 上座からの声が、バッハ中将の言葉を遮った。


「戦場には、戦場の霧と呼ばれるものがある。それを知らぬわけではあるまい、少佐」

「それは……」

「神ならぬ身で百パーセントの確度を保障するなど無理な話。なれば、より確率の高いであろう事態を想定すべきだ。その点、参謀長の予想は確度の高いものと私は信ずるが……。貴官は違うのかね?」

「……………………」


 流石にここで違うとは言えない。


「私には貴官の言が、決戦を避けたいが故の言い掛かりにしか聞こえぬ」

「大将閣下、それは……」


 私が反論しようとするのを、兄が右手を上げて押し止める。


「ああ、貴官の懸念は分かるとも。しかし言わせてもらえば……この世に安全な戦などあるものか。どんな戦にも危険は付き纏う。それを恐れるなら、戦場になど出るな」


 突き離す様な言い草。

 そして、その言葉尻には納得しかねるニュアンスが含まれていた。


「……閣下の言い回しでは、まるで小官が臆病風に吹かれて野戦を避けたがっているように聞こえるのですが?」

「まるでではない。まさにだ。私は貴官の戦意に多大な疑義を抱いている」

「ッ!!」


 頬が赤く染まる。頭があわや沸騰しかけた。


 勇敢さこそが騎士の誇り。

 故に騎士にとって、それを疑われる以上の恥は無い。

 ましてや、満座の席で総司令官から直接指摘される屈辱たるや!


 ギリリと奥歯を食いしばる。思わず怒鳴り返しそうになるのを必死で堪えた。


 駄目だ。ここで感情に任せてしまっては、こちらの負けだ。

 冷静さを欠いた提言など、吟味すらせず、切って捨てられても文句は言えない。

 冷静になれ、冷静になれ……。


「……小官が恐れるは危険な戦場でもなければ、強大な敵でもありません」

「ほう。ならば、何を恐れる?」


 私は兄の眼を真っ直ぐに見つめた。


「小官が恐れるのは、我ら将校の過ちにより、兵卒らを無駄死にさせることです」


 言った。言ってやった。

 私は声を荒げず、努めて冷静な声でそう語る。

 しかしその声量に反して、列席者全てに衝撃を与えるに十分な言葉であった。


 平静さを装っていた兄の顔が遂に歪む。


「リリー! 貴様……!」


 続く兄の怒声を予想して、誰もが身を縮こまらせる。

 ただ予想に反して、兄の怒声が響くことはなかった。

 その前に慌ただしいノックの音が、大会議室に響き渡ったからだ。


「軍議中、失礼します!」

「…………何事だ?」


 軍団長のドスの利いた声音と鋭い眼光に、哀れ闖入者はただでさえ針金のように真っ直ぐにした背筋を、更にピシリと伸ばす。

 そして震えそうになる声音で、されど、しっかりと報告を果たす。


「て、停止していたラティオ共和国軍、突如進軍を再開!」

「ほう。ではこちらに向かってきているのか……」

「はい! いいえ! 共和国軍は南東へと転進しております!」

「何? 南東だと!?」


 俄かに大会議室にどよめきが起こる。


 持ち込まれた急報により、軍議の流れは変化を余儀なくされるのだった。


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