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薄暗い天幕の中、簡易椅子の上に腰掛ける。
傍らには、魔杖部隊の部隊長であるエルマ。
彼女にかいがいしく頭の包帯をかえてもらっていた。
「気分が優れぬようだな、魔女殿。『名誉の負傷』がそれほど痛むのかな?」
正面に立ち、私の手当の様子を見ていたアヴリーヌ伯爵が、からかうように問いかけてくる。
一層ぶすりとした顔を深めつつ、私はアヴリーヌ伯爵を見上げる。
「ええ、すごく痛いですね。ふん、共和国兵に呪いあれ! ……なんてね」
冗談めかしてそんなことを言うが、半分本気である。
アヴリーヌ伯爵は肩を竦めて見せた。
「呪詛を振りまくのは止めてくれんか、魔女殿。これ以上兵力が減ってはかなわん」
「……分かっていますよ」
キリコ将軍の暴発。その結果、一万を優に超える兵力を損耗した。
被害は甚大だ。
単純に兵力が四万に目減りしたというだけではすまない。
混戦の結果、士官も少なくない数が失われた。
おかげで指揮系統は滅茶苦茶。
更に同志討ちなんぞ、最悪なことをしでかしたせいで、兵の士気はどん底だ。
一口に四万の兵力と言っても、通常の四万の軍団とは比べるべくもない。
その戦力は惨憺たるものだ。
ハッキリ言ってピンチもピンチ、大ピンチである。
クソジジイめ……。よくもやってくれたものだ。
好好爺とした雰囲気とは裏腹に、とんでもない激情家だったよう。
読み違えたわね。流石にこんな馬鹿をしでかすなんて……。
それとも煽り過ぎたのかしら? うん、少し煽り過ぎたかも。
そこは反省すべきところね。うん、雫反省。
なんて、適当に反省していると、アヴリーヌ伯爵が口を開く。
「暴発したキリコ派の軍人たちは皆、殺害ないし拘束したが……。さて、この後はどうしたものやら」
「この後……ですか」
「うむ。魔女殿、率直に聞くが、現状の共和国軍にオクキデンス城を陥落させる能力があると思うかね?」
「無理ですね。城攻めするだけ無駄と言うものです」
アヴリーヌ伯爵の問い掛けに、私はすっぱりと即答した。
兵力減少、士気低下、指揮系統の乱れ? 負のトリプル役万じゃないか。
無理無理、こんな状況で城攻めなんて無謀もいいところ。
こんな状況で、辛く厳しい攻城戦を展開すれば……。
当然長期戦になるだろう。
すると、益々厭戦感情が増幅され、士気がさらに悪化する。
最悪、第二のキリコショックを引き起こしかねない。
「そうだな。城を攻め落とすのは不可能であろう。では、どうするべきか?」
「城攻めが無理なら、敵軍を野戦へと引き摺り出す。それ一択です」
「……確かに理屈ではそうだ。しかし、上手くいくかね?」
アヴリーヌ伯爵が疑問に思うのも無理はない。
そう簡単に敵軍を城から引き摺り出せれば世話は無いというもの。
だって、城に籠った方が圧倒的に有利なのだ。
わざわざ、条件が五分の野戦に応じる必要なぞ敵軍にはないのである。
そう、理性的に判断するならば。
しかし、人は常に理性的に行動できる生き物ではない。
時に非合理な行動をとる。
そう、感情や欲に引き摺られる形で。
「圧倒的劣勢に立たされれば、人は保身に走るでしょう。しかし、一度チャンスが舞い込むと、色気を出してしまうものです」
「色気……か」
「はい。そも、軍人という人種には、好戦的な性格の者が多い。それが亀のように閉じ籠れば、不満も溜まるでしょう。そこに攻勢のチャンスが舞い込めば……」
「思わず喰らい付く。積極的な行動に出てきても可笑しくない……か」
私は頷いて見せる。
「そのために、既に手は打っています」
「ほう。その手とは?」
「共和国軍の現状を包み隠さず、噂として方々にばら撒かせました」
「なんと……!」
本来、自軍の弱みなどひた隠しにするものだ。
それを私は堂々と喧伝させた。
相対するマグナ王国第七軍に、勝利できるのではと希望を抱かせるため。
野戦へと誘い出す為に。
「魔女殿、それは……。いや、確かに上手い手かもしれん」
「ええ。しかし、これだけでは、敵軍を釣り出せるかは不確かです」
「うむ」
「そこでもう一手、……エルマ、地図を」
「はっ」
エルマは短く返事すると、羊皮紙を取り出す。
それは、大雑把にマグナ王国全土を記した地図である。
「我々は現状、マグナ王国首都に向けて真東に進軍しています」
私は地図上に指を差しながら説明する。
「このまま進めば、第七軍の籠るオクキデンス城。その直前で南東へと転進する」
「む? 南東へ?」
「はい、南東へ。敵は思うでしょう。我々は攻城戦を断念して、マグナ王国の南方から進軍するアルルニア軍に合流しようとしている。あるいは、南方に配したマグナ軍三軍を、アルルニア軍と挟撃しようとしていると」
「ふむ……」
「第七軍は、これを素通りさせるわけにはいかない。違いますか?」
「……………………」
私の問い掛けに、アヴリーヌ伯爵は暫く黙考する。
「……あからさまに過ぎぬか? 陽動の可能性に気付かぬとは思えんが……」
「はい。そこまでお馬鹿さんじゃないでしょうね」
「うん? それでは意味がないではないか?」
アヴリーヌ伯爵が疑問の声を上げる。
「いえ、そうとも言えません。陽動の可能性に気付いても、我々の真意を断定することはできない」
「む? ……そうか! 成程な。陽動かもしれんし、陽動ではないかもしれん。陽動なら捨て置いてよいが、そうでないのなら……」
私はにやりと笑って見せる。
「素通りさせたとあれば、第七軍の面目は大いに潰れます。それだけは避けたいでしょう。逆に陽動なら……野戦になりますが、勝機が皆無なわけでもない。ならば、野戦覚悟で城を出撃すべき……と、敵軍内の攻勢派は勢いづく」
そう、大きな決断に直面した集団は、当然意見が割れる。
積極派と慎重派。ここでいえば、攻勢派と守勢派か。
この陽動行動は敵を騙す為のものに非ず。
そう、敵軍の攻勢派を勢いづかせるための行動なのである。
アヴリーヌ伯爵は興奮したように何度か頷く。
「よし、よし! これなら、敵を釣り出せるやもしれん! なら後は……!」
「後は?」
「うむ。後は、実際に野戦をやって、勝てるかどうかだが……」
「ああ、それは確かに……」
私は思わず苦笑してしまう。
何せ、ばら撒いた共和国軍の惨状は、欺瞞情報ではなく紛れもない真実だ。
兵数は敵軍の二倍だが……。
必ず勝てる保証は何処にもない。
まあ、それでも……。
「……攻城戦よりましでしょう。まだ勝てる目もあります」
「それは……その通りだ。その通りだが……」
条件五分の野戦でも、勝利が疑わしい現状。
敵軍有利の攻城戦では、お話にならない。
敵軍は悠々と城を守り切るだろう。
その間に、アルルニア諸侯軍は、マグナ軍三軍に壊滅される。
そうなれば、ジ・エンドだ。
マグナ軍三軍は返す刃で、共和国軍を蹂躙するだろう。
だったら、野戦で勝つしかない。
それこそが、私たちの生き残る唯一の道筋なのだ。
「うーむ、覚悟を決めねばならぬか。よし! それでは我が部隊は、決戦に向けて鋭気を養うとしよう」
「それが良いでしょう、伯爵」
「うむ。魔女殿も、その『名誉の負傷』を癒しておきたまえ」
思わず青筋が浮かんでしまう。
「……伯爵、『名誉の負傷』、『名誉の負傷』と余り言わないで貰えます?」
意識して、いや意識しないでも低い声が出た。
「ははっ! お冠かな? ならば、魔女に呪いを掛けられぬ前に退散しよう」
そう言って、アヴリーヌ伯爵は天幕から出ていった。
全く、人のことをからかって!
いや、別にこの頭の傷は恥ずかしいものではないのだ。
そう、先の同志討ちの際、死線を潜り抜けた証。
きっと、誰もが称える雄々しき戦いをしてついたもの。
そう、そういうことにしよう。いやそうだったのだ。
決して、慌てて転んでぶつけた傷などでない。ないったら、ないのだ!
私は自分自身すら騙す為、自らの記憶の改竄に腐心するのだった。




