第8話 光を失う(1)
「おかみさん、ごめん。俺、あの女と話があるんだ。俺には酒も食事も一切出さなくていいから、中に入れてくれ。頼む」
このチャンスを逃せば次はない。その思いが、ハルトの語気を強めていた。鬼気迫るものを感じたのか、それまで一方的にまくし立てていた女将の言葉が止まる。そして、「絶対にお酒は出さないからね」と念を押してから、しぶしぶハルトに道を譲った。
ハルトは一言礼を言い、飲み仲間になど目もくれず一直線に歩いて行き、リーゼロッテに声をかけた。
「ちょっといいか?」
「ん? なんだ少年?」
「俺のこと、覚えてるか?」
「ナンパか? 間に合っている。よそを当たってくれ」
「違う違う。この間、路上で酔い潰れている俺に声をかけてくれただろ?」
女性はしかめっ面をして、しばらく考えて思い当たったのか、「あのときの男か」と言った。
「思い出してくれたようで何よりだ。あのときは助かったよ。ありがとう」
「たいしたことはしていないさ。それより、また飲むつもりなのか? あの子のためにも早く帰った方がいいぞ」
あのときと同じくらい睨みを利かせてくるリーゼロッテ。酔っていたからまだましだったが、今は素面だ。何か言い訳をすれば殺される。そんな恐怖を感じたハルトは逃げ出しそうになる体を必死に押さえ、
「そのことで、話があるんだ」
そう、声を絞り出した。
神妙な面持ちのハルトを見て、ただ事ではないと思ったリーゼロッテは、横の席に座るように促した。
「実は――」
ハルトはメアリーの身に黒いあざができて倒れてしまったこと、それを治すための薬を作りたいこと、その素材に魔竜の血が必要なことを話した。
肩の力を抜き、静かに話を聞いていたリーゼロッテは、少し考えた後、遠い目をしながら言葉を紡ぐ。
「つまり、一緒に魔竜を倒してほしい。そういうことだな?」
ハルトは一つ頷く。
リーゼロッテは酒を飲み切り、追加を頼んだ。
「キミがとても困っていることはわかった」
「じゃあ――」
「だが、私にとってなんのメリットがある?」
その言葉に、頭を横殴りにされたような衝撃が走った。
当然の問いなのに、ハルトは返す言葉が思いつかない。何か言おうとして口がわずかに開くが、言葉は一つも出てこない。
そんなハルトを横目に、リーゼロッテは話を続ける。
「キミの言う通り、私は群を抜いて強い。竜と戦ったこともある。だがあれは私と同程度の仲間がいたから何とかなったのだ。魔竜ともなれば、私一人では倒すことはおろか、戦いにすらならん」
そこで一区切りして、追加の酒を受け取り、まるで見せつけるかのように飲む。
「キミが戦いにおいて相棒になれないこともわかる。なら、私が一人で命をかけて、魔竜と戦う必要があるか?」
彼女の言う通り、渡せるものなど一つもない。何か言い返そうとしても、言葉が浮かばない。
ハルトは改めて自分が何も持っていないことを思い知った。
微かに見えた希望すらなくなってしまった。ハルトはこみあげてくる涙を何とか堪え、視線を外し、床を見つめた。
何も答えられないハルトに興味を失ったのか、彼女は追加の酒を一気に煽る。空になったグラスを置き、カウンター越しに店主に会計を頼む。
店主は酷く項垂れているハルトが気になったが、何も言わずにリーゼロッテの会計を済ませた。
立ち上がり去る前に、彼女はハルトの肩に手を置いた。
「少年、一つ言っておくが、私はキミの身内じゃない。心境は察するが、相手も相手だ。誰もキミの依頼を受けることはないだろう。下手な気は起こさずに、少しでも長くお嫁さんのそばにいてあげた方がいい」
リーゼロッテはそう言い残し、店を後にした。




