第33話 ハルト、捕まる(3)
「うぅ……」
意識が戻ったハルトがうめき声を上げる。
後頭部の痛みと激しい吐き気に耐えながらまぶたを持ち上げると、誰かの足が見える。視線を上に向けると、先ほどの勝負師と後ろでハルトを取り囲んでいた連中の顔が映る。
ハルトの意識が戻ったことに気がつき、勝負師の男が意地の悪そうな表情を作る。
「おやおや、気がつかれましたか」
「……ここは、どこだよ? 俺に何するつもりなんだよ? お前らは何者なんだよ?」
錯乱したハルトが矢継ぎ早に質問をすると、男の顔が怒りに満ち、思いっきり腹部を蹴り上げた。
いきなりの攻撃に苦悶の表情を浮かべ、堪えきれずに胃の中の物を思いっきりぶちまける。
そんなハルトの姿を見て、男は汚いものを見るような表情を浮かべ、唾を吐きかけた。
「まったく、育ちが悪いですね。質問は一度に一つと教わりませんでしたか?」
言葉尻は先ほどと変わらないが、態度は高圧的になっていた。
「私たちの店で騒いだあなたを、これから奴隷として売ります」
「奴隷って、何を、させるつもりだよ?」
「それは買い手が決めることですよ。ですが、それはもう、想像を絶する苦痛を与えられてから、殺されるでしょうね」
男が嘘を吐いていないのは、目を見ればわかる。
(俺は、殺されるのか?)
ハルトの手は後ろ手に縛られており、両足首に枷を付けられている状況だ。戦うことも逃げることもできない。リーゼロッテもまだ食事を楽しんでいるだろう。それに、彼女は今怒っている。率先して自分を探すとは思えない。今、ハルトはこの男たちに運命をゆだねる他にない状況だった。
初めて感じる死の恐怖がハルトに襲い掛かる。死にたくないと思えば思うほど、自分の意志とは関係なく体が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴る。そしてまた、腹の奥から何か気持ち悪いものがせり上がってくる。
震えるハルトを見て、勝負師の男だけでなく、先ほどまで彼を取り囲んでいた男たちも一緒になって、笑い出す。
この男たちもグルだったのか。ハルトはそこでようやく、あの酒場が人を狩るための場所であることを理解した。
(くそっ、どうしてだよ!?)
ここまでずっと上手くいってきたのに、どうしてこんな目に遭わないとといけないのかと、苛立ちすら覚えてくるハルト。それもこれもすべてリーゼロッテが機嫌を悪くしたからだ。そう思い、さらに苛立ちが募っていく。
しかしそんな感情も、床に伏したメアリーのことを思い出した途端、吹き飛んでしまった。
ハルトがもしこの場で殺されてしまえば、彼女に薬が届くことはなくなる。リーゼロッテがいくらお人好しだとしても、一度しか会ったことのない少女のために、命を懸けて魔竜を倒そうとはしないだろう。つまり、ハルトの死はそのままメアリーの死に直結する。
そのことに気がついたハルトは、自分の行いがそのままメアリーの運命を左右することを、ようやく心の底から理解した。
(最近、上手くいってたから調子に乗ってた。俺が調子に乗れるのは、メアリーが回復したときだけなんだ)
今更気がついたところで、この状況を打開する術はない。唯一信頼してくれていたメアリーを道連れにしてしまったと思うと、涙があふれ出てきた。
「おいおい。この男、殺されるって聞いたら泣き出したぜ」
「さっきまでの威勢はどこへいったんだよ、ハルトさんよー?」
先ほどまで取り囲んでいた男たちが口々にハルトをあおり、嘲り笑う。
彼はそんな男たちのことなど意にも介さず、自分が取り返しのつかない状況を作ってしまったことに、ようやく気がつき、涙を流していた。




