第3話 呪い(2)
「? どうかされましたか?」
メアリーの右頬が、紙に墨汁を垂らしたかのように、黒く染まっていく。
頬だけではない。
細くしなやかな腕にも、少し桃色に染まった健脚にも、黒い雫が浮き上がり、円状に広がっていく。
そしてその黒い円の浸食が止まると、黒く染まった部分だけが、酷く乾燥したかのようにひび割れる。
メアリーは糸が切れた操り人形のように、力を失って地面に倒れた。
「め、メアリー!!」
抱き起こしたメアリーは、荒い息をつき、服越しでもわかるほどの熱を帯びていた。美しい乳白色の肌に、ぽっかりと穴が開いたかのような漆黒がいくつも浮かび上がっている。
(こ、これって……)
思い出したくない記憶が、頭の中を塗りつぶしていく。ハルトはこの病気を知っている。治せなかった場合の結末も、そしてこれが、どんな方法でも治せなかったことも。
目の前で起こっていることが信じられないハルトは、メアリーの名前を何度も呼び、体を揺さぶる。
その声が、深夜の町に響き渡る。
しばらくすると、上の階の扉が乱暴に開かれる音が聞こえてくる。
そのあとすぐに階段を下りてくる音が聞こえ、ハルトの前に体格の良い大柄な男と、ふくよかな女性が現れる。
メアリーの両親だ。自分たちの娘の名前が叫ばれていることに気がつき、慌てて出てきたのだ。
「メアリー!!」
そして、最愛の娘がぐったりとしている姿を見て、母親は悲鳴のような声で娘の名前を叫ぶ。ハルトを突き飛ばすように押しのけ、メアリーを抱きかかえる。
荒い息を吐く彼女は目を覚ます様子はない。
「メアリー、大丈夫か? 返事をしろ」
父親がメアリーの顔を覗き込み、必死に呼びかけるが、彼女の様子は変わらない。
尻もちをつき、錯乱する二人を見ていたハルトは、逆に冷静になっていく。
辺りを見渡すと、騒ぎを聞きつけて周りの部屋の人たちが出てきていた。
そしてメアリーの容態は先ほどよりも悪いように見えた。両親が心配する気持ちはわかるが、早くベッドに寝かせた方がいい。ハルトは必死に名前を呼び続ける両親に、恐る恐る声をかける。
「ま、まずはメアリーを家の中へ……」
その声にメアリーの父親が反応し、素早く立ち上がりハルトの胸ぐらを掴む。そして、その勢いのまま壁に押し当てた。
「ハルト!! お前メアリーに何をした!?」
「……な、なにもしてないっす」
衝撃で肺の空気をすべて押し出されたハルトは、カエルが押しつぶされたような声で、かろうじてそう答えるのが精いっぱいだった。
「嘘を吐くな、この馬鹿者が!!」
鋭い音が辺りに響く。
この疫病神がついに自分の娘に手を出した。そう考えた父親は、ハルトの左頬を思いっきり殴った。
ハルトの視界が大きく揺れて、意識を失う。
しかし、それだけでは怒りは収まらない。二発目を入れようと振りかぶったところで、様子を見ていた周りの住人たちが数人がかりで、その拳を止めた。
「親父さん。いくらハルト相手でも、それ以上はいけないっす!」
「おかみさん、そんなことよりも早くメアリーちゃんを中へ!」
泣き崩れる母親と怒り狂う父親。そして意識を失い、地面に倒れるハルトとメアリー。
深夜の町は騒然となった。




