第2話 呪い(1)
「あ、あの。ハルトさん、大丈夫ですか?」
「あ、うん……。なんか、すごい女の人だったな」
彼女は怒っていたわけではない。
だが一言でハルトの酔いは醒め、自然と背筋が伸びた。まだ顔は赤いが、ぼやけていた頭と視界ははっきりとしていた。
「歩けますか?」
「大丈夫。酔い、醒めちゃったから」
「じゃあ帰りましょうか」
人通りのない夜道を、二人で歩く。
いつもなら不服そうな顔で小言を言う彼女だが、先ほどのリーゼロッテの圧にあてられたのか、少し萎縮しているように見える。
ハルトはそんな彼女を改めて見る。
男性にしては細身のハルトよりもさらに細く、背も子供かと思うほど低い彼女は、どこか小動物を思わせる。
そんな吹けば飛んでしまいそうなほど華奢な彼女に、金だけでなく、家事や炊事など、生活のほぼすべてを頼り切っている。
考えれば考えるほど、自分が情けなくなってくる。何とか涙は堪えたが、いつからこんな風になってしまったのか。そんなことを考え出した。
悲観的なハルトとは対照的に、メアリーは先ほどリーゼロッテに言われたことを思い出し、一人静かに頬を赤らめていた。
「あんな男のどこがいいのか」周りからはいつもそう言われている。
だが、彼女にとってハルトは命を救ってくれた恩人であり、自身の生き方を決めた師匠であり、そして、愛する人なのである。だから、今こうして彼に尽くしていることは、まったく苦ではなかった。
ヒモ生活を続ける自分のことを情けなく思う男と、他人から夫婦と見られていることを恥ずかしがっている女。
そんな対照的な二人は、別々の理由で黙り込んだまま、夜道を歩く。静まり返った町に、二人の足音だけが響いていた。
十分ほど歩くと、周りによくなじんだ、この町では珍しい集合住宅が見えてくる。
メアリーの両親が営んでいる集合住宅で、ハルトが住んでいる場所でもある。
ハルトがこの町に流れ着いて早三年。
ロクに働きもせず、メアリーからもらえるお小遣いを、酒とギャンブルに使いこむ生活を続けている彼に、彼女はこのアパートの一室を貸している。もちろん両親には反対されたが、無理に無理を重ねて押し通した。
部屋だけではなく、今日のように酔いつぶれた場合の迎えまで、ハルトの生活はすべて彼女が献身的に支えている。
今はこんな状態だが、彼もいつかは元の凛々しい冒険者に戻るはずだ。そのときこそ一緒になりたい。メアリーはずっとそう思ってきた。
しかしそんな想いを露ほども知らないハルトは、部屋の賃料どころか、一文もメアリーに返したことはなかった。
ハルトも自分が最低の男であることはわかっている。だが彼には他の転生者が持つ強力な特殊能力もなければ、秀でたところもない。元の世界でもすべてが平均以下の何もできない学生だったのだ。
頑張っても自分には何もできない――ハルトはこの世界に来て、冒険者として旅をして、とある事件を通して、そう痛感した。
だからいつも反省し、自分を変えないといけないと思っていても、嫌なことがあればすぐに諦めてしまうのだった。
「あ、メアリー。今日はここまででいいよ。なんか、酔いがさめちゃったし」
「ここまで来たら、ハルトさんを寝かせるのも変わりませんよ」
メアリーはハルトを寝巻に着替えさせて、ベッドに寝させるところまで世話を焼く。酒が入っていると、彼はベッドまでたどり着かないからだ。
慣れた手つきで部屋の鍵を開けるメアリー。彼女の鍵束には、当然ハルトの部屋の鍵もついている。
仕事で疲れているだろうに、かいがいしく世話を焼いてくれる。そんな彼女を見ていると、いつものことだが自分が惨めで、情けない人間に思えてくる。
目頭に熱いものを感じ、ハルトはそっと涙をぬぐった。
笑顔のメアリーが部屋の扉を開けてくれている。
彼女に「ありがとう」と一言伝えてから前に進み、部屋に入ろうとする。
ハルトの体がピタリと止まり、涙ぐんでいた顔が、ゆっくりと驚いた表情に変わっていく。




