第29話 それぞれの夜(2)
「おいお前ら、この勝負も俺がもらうぜ!」
後ろを振り返るハルト。
するとギャラリーたちは蜂の巣をつついたかのように盛り上がる。
「せっかくだ。全額賭けるぜ」
「う、うむ。全額ですか?」
「どうしたんだ? 自信があるんだろ?」
「か、完全に想定外ですが、私も勝負師の端くれ。自らが挑んだ勝負から逃げることは致しません!」
そう言って袋を机に置く男。その袋はハルトの袋の倍ほど大きく、もし勝てば硬貨は二倍以上になるだろう。
「オッサン、俺が勝ってから、泣き言を言うのはなしだぜ?」
「もちろんです。そちらこそ、そこに置いた硬貨はすべてもらいますよ」
「もちろんだ!」
その一言で、ギャラリーがさらに熱狂し、盛大なハルトコールが響く。この異様なまでに高揚した雰囲気に、明らかに勝負師の男は押されていた。
「では、イカサマ防止のために、このボールにサインをしてください」
ハルトは布でできたボールと細い筆を渡される。少し押しつぶして面を作り、自分の名前を書き込み、一番右端のカップの中にボールを入れる。
運命を分ける勝負が始まろうとしている。ハルトの鼓動はいまだかつてないほど胸を激しく叩き、全身は熱を帯び、握りしめた手のひらは滑るほど汗ばんでいた。
(目線さえ切らさなければ、絶対に勝てる勝負なんだ)
ギャラリーの声援など聞こえなくなるほど集中したハルトは、目の前のカップをじっと睨む。
「では、参りますぞ」
静けさの中に、勝負師の男の声だけが響く。そして、本番が始まる。
ハイアンドロー、ポーカー、ブラックジャック。
この酒場に来てから、ハルトは一度も負けていない。誰がどう考えても勝ち過ぎだった。
それもそのはず。この酒場はハルトのような旅人を狩るための場所だ。勝ちに勝たせて、積み上がる硬貨を見せて常識を吹き飛ばし、より大きな勝負にいざない、そして最後にすべてを奪う。
目の前でカップをシャッフルする勝負師の男が元締めで、この店のマスターも、今勝負の行方を見守っているギャラリーたちも、そのほぼすべてがグルだ。
ハルトは希少鉱石の発掘や昨日から続くギャンブルでの大勝など、この数日でかつてないほどの成功体験を積み上げていた。それは元の世界にいたころから渇望していたもので、ハルトを調子づかせるには十分すぎる成果だった。それに、今持ちかけられているのはどう考えても負けることのない勝負である。だからこそ、いつも以上に「負けることはない」という思いが強かった。
そんな自信のせいで、勝負師の男がシャッフルの途中、机の角からボールを落としたことにも、机の下に潜んでいる男がそれを受け、素早く別のカップに入れたことにも、気がつかなかった。
まるで気がついていないハルトを見て、馬鹿で助かったと言わんばかりの悪い笑みを浮かべた勝負師の男が、手を止めてカップを一直線に並べる。
「さぁ、どれですかな?」
「これだ!!」
自信満々にそう言って、左端から二番目のカップを勢いよく持ち上げるが――
「な……!?」
そのカップの中に、ボールはなかった。
「う、うそだ……」
「残念ですね。実はこっちのカップですよ」
マスターが指をさすカップを慌てて持ち上げるハルト。そこにはまぎれもなく、先ほど自分がサインをした布のボールが入っていた。
まさか、途中で見逃したのか。確かにこのカップは第二候補だった。
先ほどまで熱を帯び、火を噴きそうだった体が凍り付いたように冷え、頭が働かなくなる。しかし汗だけは滝のように流れており、それがなお一層、ハルトの体を冷やしていく。
「おいおい、ハルトさん……」
「白けちまったぜ」
見間違えたのかと思い、落胆するハルト。
調子に乗りすぎたと反省する彼の脳裏に、ある映像が思い浮かぶ。
シャッフルしているカップを、テーブルの縁から半分だけだしてボールを落とし、机の下に潜んでいる人間が別のカップにボールを入れる。仕掛けは簡単だが、知らなければ意外と気がつかない、イカサマの動画。
ハルトが足元を確認すると、机には足を入れるスペースがない。つまり机の下に誰か隠れていてもわからない。
ハルトは慌てて立ち上がり、勝負師の男を押しのけ、机の下を覗き込んだ。
勝負師の男側にはスペースがあり、そこにはあざだらけの男の子が、怯えた表情でハルトを見つめていた。




