第28話 それぞれの夜(1)
「うおっ! すげぇぜこのにーちゃん」
「いやマジでつえーよ」
「ちょっと引くな、これ」
ハルトを取り囲む十人ほどの男たちが、恐れ交じりの称賛を送る。
彼はリーゼロッテの言いつけをしっかりと破り、薄暗い裏通りにある酒場に足を運んだ。
わざわざ裏通りを選択したのは、表通りで食事を済ませるはずのリーゼロッテと出くわすことを避けるためだ。
そこで食事を済ませて、飲まないようにしようとしていたが、酒を一杯だけ飲んだ。
二杯目もつい手が出そうであったが、さすがの彼も昨日の反省を生かし、今はオレンジジュースをちびちびと飲んでいた。
しかし酒一杯では彼の鬱憤が晴れることはなかった。
そんなとき、勝負師を名乗る男が勝負を持ち掛けてきた。
ギャンブルならお金は減るが明日遅刻することはない。そう考えたハルトは、金貨十枚までと決めて遊ぶことにした。
結果、過去一番というほど勝ちこんだハルト。今日の宿代で中身が減って底の見えていた袋は、いつの間にか口からあふれ出るほど金貨が詰まっていた。
そんな勝ちに勝っていたハルトの周りには人だかりができていた。
「いやぁ~。お兄さん、お強いですね」
そう言って頭を掻くのは、ハルトに勝負を持ち掛けてきた、綺麗に整えられた口ひげがどこかうさん臭さを醸し出している勝負師の男だ。
この男はさまざまな店の一部を借りて客とギャンブルを行い、それで生計を立てている。少なくとも、ハルトにはそう説明をしていた。
「へへっ。そうだろう? 俺の運は天下一品なんだぜ?」
対するハルトは、ここまで連戦連勝だったこともあり、根拠はまったくないが自信満々だった。そんな姿を見て勝負師の男は、小さく唸った。
「ここまで負けては仕方がありません。禁じ手ですが、私の十八番、カップ・ザ・ボールで勝負しましょう!!」
「カップ・ザ・ボール?」
聞いたことのないギャンブルの名前に、眉を顰めるハルト。そんな彼を気にも留めず、店主が木製のカップと薄汚い薄茶色の布を丸めただけの粗末なボールを取り出し、説明を始める。
勝負の内容は至極簡単だった。ボールをカップで覆い、並べた五つのカップを高速でシャッフルする。そしてボールがどこにあるかを当てる、いわゆるシェルゲームだ。
いくら酔いつぶれた者が多い場所といえども、これほど圧倒的に客側が有利な勝負を挑んできた男に対し、ハルトは疑惑の目を向ける。
「待て待て。そんな簡単な勝負を持ちかけるなんて、絶対にイカサマするだろ?」
「そんなことはありません。ワタシ、こう見えてもこのカップ・ザ・ボール、勝率七割を超えているのです。私の超奥義、見ていただければ納得いただけますよ」
そう言って机に並べたカップを素早く入れ替え始める男。
初めはゆっくりと、しかし次第に早くなっていき、しまいには人間離れしているほど速くなる。さらに入れ替える手の位置が絶妙で、少しの間とはいえ腕に遮られ、カップが隠れる。無駄な動作から繰り出される視線誘導も上手く、酔い潰れた客なら騙せるかもしれないと思わせるだけの技量だった。
しかし、ハルトは動体視力や注意力には自信があった。それに少し気分が良いとはいえ、酔っているというほどではない。十分に見切れる。
この勝負、百パーセント勝てる。身構えていたハルトは、安心したように椅子に深く腰掛けた。
「面白そうじゃん。やろうぜ」
「ふふっ。ですが、あまりにも私が有利すぎますからね。お金をかける前に、一度練習をしておきましょう」
口ひげを軽くなで、自信満々にそう言う男は、左のカップにボールを入れて、五つのカップを目にもとまらぬ速さで入れ替えていく。
木製のカップが動き回り、机を軽く叩き、小気味よく弾む音を奏でる。時折混ざる停止と無駄な動き、そして先ほどよりも美しい手さばきで、当たりのカップを見極めさせない。
やがてその動きが止まること、勝負師の男は完全に手を離し、ハルトの決断を促す。その表情は自信に満ち溢れていた。
しかし、ハルトの動体視力と注意力はこの男のカップ捌きを超えており、正確に当たりのカップを持ち上げる。
すると中からは布の玉が出てきた。それを見て、男の顔がわずかに歪み、声が漏れる。そして、後ろのギャラリーたちが一斉に盛り上がる。
「な、なかなかやりますな。しかし私が自ら挑んだ勝負、ここで引くわけにはいきません!!」
「いいぜ。何回でもやってやるよ」
そこで止まっておけばいいものを、勝ちに勝ちまくっているハルトは、この勝負に負けるわけがないと、絶対の自信を持っていた。それに後ろから聞こえる、ハルトを称賛する声も彼を高ぶらせていた。
彼は硬貨の入った袋を、テーブルに叩きつけるように置いた。机が揺れ動くほどの衝撃に、勝負師の男は少したじろいだ。




