第27話 また、やらかす(4)
ハルトが息を切らすほどに速足ではあったが、旅は非常に順調で、予定していた移動時間よりも早く町に着いた。しかし出発時間が遅かったので、太陽は地平線の彼方に沈みかけ、まだ明るさの残る空には気の早い星が瞬き始めていた。
綺麗な夜空とは裏腹に、険悪な雰囲気のままの二人は、部屋が空いている宿を探して回った。さすがにご飯時ともなると、部屋が空いている宿などそう簡単に見つからず、唯一空いていたお高い宿に泊まることになった。
いつも泊まるような安宿とは違い、磨き上げられた床材は木目がはっきりとしており、歩くたびに木材がほどよく軋み、足の負担を吸収してくれる。
重厚なオーク材の扉の向こうに広がる部屋は、お客様にくつろいでもらうための準備が整っていた。
真っ赤な絨毯が敷かれ、頑丈そうな木製のテーブルとイスが置かれており、遠目から見てもわかるほど柔らかいベッドが二つ用意されていた。すでに火が灯っているランタンの装飾も細かく、その淡い光が部屋を包み込んでいる。
何かの記念日に泊まるような、旅人が使うには豪華すぎる部屋だ。想定以上に財布が軽くなったが、治安の悪いこの町の片隅で野宿をするよりかはるかにマシだ。
ハルトはこんな部屋に泊まったことがなかったので、テンションが上がっていた。しかしリーゼロッテはそれを許さないかのように眉間にしわを寄せている。その原因は明らかにハルトにあるのだが、彼はあろうことかそんな彼女の態度に苛立ちすら覚え始めていた。
確かに、酔いつぶれて寝坊したのは自分だ。だから原因は自分にある。だが、寝坊くらいでこんなにずっと苛立たれたら、堪ったものじゃない。いくらなんでも長すぎる、俺も被害者だ。
そんなことを思いながら、できるだけリーゼロッテの方を見ないで荷物を下ろしていた。
そんなハルトに、リーゼロッテは「お前、今日は酒を飲むな」とぶっきらぼうに言った。
「なんでだよ?」
今日の失態を考えれば当たり前の話なのだが、ハルトは反射的にムッとした表情を作り、そう返事をした。
ハルトにとって酒は命を繋ぐ水と同じくらいに大切なものだ。とくに今日は、リーゼロッテの空気とペースに合わせて歩いたので、いつも以上に疲れている。さすがに昨日は飲み過ぎだったと反省しているが、完全に断つことは考えていなかった。
そんな、反省の色が見えないハルトに対して、リーゼロッテは露骨に眉を寄せる。
「今日、盛大に寝坊したのを忘れたのか?」
「今朝はちょっと疲れが溜まってただけだって。連日慣れない道を歩いたり、鉱石だって掘ってたんだから。それに、さすがの俺も今日は一杯にしておくってば」
ハルトはこの旅が順調に進みすぎていることで、明らかに慢心している。リーゼロッテはそう感じていた。
しかし彼女は今まで、他人の問題をストレートに指摘して、自身の理想像を押し付け、結果、何度もパーティを解散させてきた。そのため彼女は無意識に、言葉にしなければ伝わらないことまで口にするのを避けるようになっていた。
「そう言っているが、一杯飲みだしたらどんどん飲むだろう?」
「いや、そんなことないってば」
「……いいか、今日は絶対にこの部屋から出るなよ」
それだけ言って、部屋を出て行った。
彼女の最後の仲間たちならこれだけでよかった。長い月日を経てリーゼロッテのことを理解して、その言葉の裏にあることをしっかりと見極められる者ばかりだったからだ。
しかしハルトは違う。彼女のことを信頼してはいるが、彼女が本当は何を言いたいのかなど理解できない。その上、今は喧嘩中だ。言葉の裏を理解できる状態ではなかった。
「俺は晩飯、どーしたらいいんですかねー?」
リーゼロッテが出て行ってから、厭味ったらしく扉に声を投げるハルト。重厚な扉と壁に阻まれ、その声が彼女に届くことはなかった。
とはいえ、ハルトもまったく反省していないわけではない。さすがに今日は飲まないようにしようと心に誓う。そして、飲まなければ食事に行くくらいは怒られないだろうと思い、しばらく待ってリーゼロッテが戻ってこないことを確認してから、そっと扉を開ける。
手入れの行き届いた扉はハルトの味方で、音を立てずに滑らかに開き、周囲の人たちに気づかれることもなかった。
ハルトは廊下にリーゼロッテがいないことを確認してから、部屋を後にした。




