第26話 また、やらかす(3)
「ハルト、遅れるなよ」
「お、おう」
町を出てからすでに二時間。今日は日差しが強く、行く先にはうっすらと陽炎が現れていた。しかし山から吹き下りてくる風が強く冷たいので、体感温度はさほど高くはない。森からも離れ、少し上り坂とはいえども見通しの良い平原のため、魔物に強襲される可能性もかなり低い。
旅はこれまで以上に順調に進んでいたが、二人の間に会話はほとんどなく、聞こえるのは風と足音だけだった。
「リーゼロッテ。寝坊したことは悪かったって。機嫌直してくれよ」
「過ぎたことだ。そこまで怒ってはない」
ぶっきらぼうにそう言う彼女は、目すら合わせようとしない。誰がどう見ても明らかに怒っている。しかしこう言われては、それ以上突っ込むわけにもいかない。二日酔いのだるさが残る体に鞭を打って、リーゼロッテの急ぎ足に合わせて歩くしかなかった。
ハルトは原因が自分にあることをわかっている。ようでわかっていない。彼は最近の成功体験のせいで増長していた。さらに今、雰囲気以外は旅が順調に進んでいることもそれに拍車をかけていた。
彼はとにかく謝ればそのうち許してもらえると本気で思っており、事あるごとに謝罪の言葉を口にしているだけだった。
リーゼロッテも今の状況は良くないと思っているが、簡単な謝罪を繰り返すだけのハルトを許すわけにはいかなかった。
いや、別に許してもいいのだが、彼女のプライドがそれを邪魔していた。
「また魔物か。ハルト、下がれ」
「お、おう」
どこからか飛んできた蜂の魔物が行く手を遮る。その数は二十匹ほどで、そのどれもがハルトの顔よりも大きく、腕くらいなら貫通しそうなほど大きな針が付いている。
急いでいるというのにという怒りと、その怒りも含めて戦いの最中は忘れられるという安堵が、リーゼロッテの心の中で複雑に絡み合う。
「毒はあるか?」
「毒は――ある。噛まれても注入されるタイプだ」
「わかった」
武器を構えたリーゼロッテの心はまだ乱れている。彼女の隙を感じ取ったのか、蜂の魔物たちが示し合わせたかのように、一斉に襲い掛かる。
しかしリーゼロッテは戦闘が始まればいつも通り冷静に、そして無慈悲に武器を振るう。
瞬きをする間もなく、蜂の魔物をすべて斬り伏せてみせた。
「すげぇ」
ハルトの嘘偽りのない感嘆の声すらも、今のリーゼロッテは聞きたくなかった。彼女は「行くぞ」と無機質な声で言って、彼を置いていくように歩き始めた。




