第23話 鉱石を求めて(6)
見事に対岸にたどり着いた二人は、川に沿って森を抜け、ようやく元の道へたどり着いた。
そこからはなだらかな坂道が続いたが、藪漕ぎをするよりもはるかに楽で、足取り軽やかにとはいかないにしろ、順調に歩を進めた。
さらに小一時間ほど歩くと、木々の間から、他の木が子供に見えるほど大きな木が現れる。
「あれだ! あの木の近くで採れるらしい」
目的の大樹を見つけたハルトの足取りが自然と速くなる。近づくにつれて、その異様な大きさがはっきりしていき、視界に全体が収まらなくなった。
岸壁から斜めに生えるその大樹は、全長二百メートルほどはあるだろうか。地面に収まりきらなかった根が複雑に絡み合い、まるで手のようにしっかりと大地を抱え込んでいる。苔むした幹の直径は、ハルトの身長を軽く超えているほど太い。
その根の間に、人が一人は入れるほどの、小さな洞窟がある。
そこにはつるはしを乱暴に叩きつけたであろう、無数の採掘跡があり、アキヒロが記した内容と完全に一致していた。
「こんなところで採れるのか」
「ああ。手帳によると、間違いなくここで採ったらしい」
念のために手帳を開き、特徴が一致しているか照らし合わせる。
この場所で鉱石を採ったのは、ハルトが加入するより前の話だ。そのため真偽のほどは定かではない上に、今でも採掘できるのかはわからない。だが、それ以外の情報はないので、ここにかけるしかない。
疲れた。面倒くさい。見つかるわけがない。そんな後ろ向きな気持ちがあふれ出てくるが、それらを無理やり押し込め、手袋をはめ、つるはしを持ち、土壁に向かって力いっぱい叩きつける。
土壁がほんのわずかに剥がれた。
もちろん、鉱石らしいものは何も見えない。
「ここからは忍耐との勝負だな。荷物が邪魔だろう」
そう言って、ハルトが下げていた荷物を受け取るリーゼロッテ。
「俺が頑張るから、リーゼロッテは辺りの警戒を頼む」
「わかった」
ハルトはもう一度、つるはしを壁に叩きつける。
一センチほど、土壁がえぐれた。
もう一度叩きつける。
今度は三センチほどの土の塊が剥がれ落ちた。
もう一度叩きつける。
先ほどとは別の場所に当たる。
何度も、何度も、無心でつるはしを振るう。振り下ろした刃が土壁に沈み、ドスッという鈍い音が辺りに響く。
汗で服が重たくなってきても、腕が棒のようになっても、腰が酷く痛んでも、決して止めない。
持参していた手袋には大きな穴が開いており、ほとんど素手と変わらない状態になっていた。露出した皮膚は擦り切れている。
体の悲鳴など無視して、一心不乱につるはしを壁に叩きつける。いつの間にかハルトは泥だらけになっていた。
リーゼロッテはその光景を見ながら、決して手出しはせず、言われた通りに周囲を警戒していた。
何百回、何千回とつるはしを振り下ろし続けたハルトの目に、緑色の何かが見える。きらりと光るそれは、少なくとも鉱石のようだ。
「あった……」
鉱石の周りの土を払って確認する。
「あった!!」
露出した鉱石を何度も確認する。間違いなく探していた鉱石だ。死にかけていたハルトの目が生き返るどころか、初めておもちゃを与えられた子供のように、爛々と輝く。
手はまめがつぶれ、皮がめくれ、血が滲みだしていた。しかしそんなことなどお構いなしに、ハルトは鉱石を掘り起こしていく。
そうしてさらに数十回壁を削ると、親指ほどの大きさの鉱石が、ぽとりと落ちた。
「やった!」
ハルトが薄い緑色の鉱石を拾い上げ、沈みゆく太陽の光にあてる。中には木の根が入っているのが見える。それはまるで鉱石に血管が通っているかのようだった。
「リーゼロッテ、当たりだ!!」
大きな声でリーゼロッテを呼ぶハルト。
リーゼロッテが鉱石を受け取り、中を確認する。ハルトの見間違いではなく、確かに木の根が入っていた。
「よくやったな」
「へへ……」
照れ臭くなったハルトは、鼻をかいた。
「それにしても不思議なものだな。その辺にある根ではなく、石の中に入っている根が薬の材料になるのだから」
「そうだよな。……今更だけど、あの本ってあってるのかな」
「それはわからんが、他に手がかりらしい手がかりはないのだろう? なら、さっさと集めて薬を作ろう」
「そうだな」
「それよりも手を出せ」
言われるままに手を出すと、リーゼロッテが回復魔法を唱える。
淡い緑色の光が手を包み込み、ハルトの手がじんわりと温かくなる。
リーゼロッテが詠唱を終えると、手は白くぶ厚い皮に覆われていた。
治りきっていないのか、皮を押すと内部が痛んだ。ハルトが思わず愚痴をこぼす。
「まだちょっと痛いんだけど」
「私の魔法では、このくらいが限界だ」
「なら、こんな風になる前に、回復してくれたらよかったのに」
「それも考えたが、私が止めたら、続きは明日に回すなどと言っていただろう?」
「それは、そうだな」
あと一振りだけ、あと一振りだけと自分に言い聞かせて、何とか頑張っていた。もし一度でも手を止めて休憩なんてすれば、きっと再開できなかっただろう。
「そろそろ日が落ちる。食事にしよう」
「わかった。ところで、野営地はここでいいのか?」
「ああ、目線は切れるし、襲われるルートも少ない。それに今から探しても、いいところが見つかるとは限らんからな」
「それもそうか」
木の根に挟まれたこの洞窟は、野営するにも都合の良い場所だった。欠点は、虫の羽音がうるさいことだろうか。
(こんな俺でも、やればできるんだな)
太陽を押しやって瞬きだした星たちを見上げ、小さくガッツポーズをするハルト。
この世界に来てから、初めて自分の力で成功を勝ち取った。何の能力もない自分でも必死に努力すれば、現状を変えられるのかもしれない。
自信が付いたハルトだったが、この自信――いや、慢心が、後に大きな悲劇をもたらすことになるとは、このときの彼は考えもしなかった。




