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第20話 鉱石を求めて(3)

 焚火がぱちぱちと音を立て、揺れる橙色の光が小さな洞窟の中をぼんやりと照らす。ハルトはアキヒロの手帳を開き、川を渡る手がかりがないかを探していた。


 大蛇を倒した後、山道に入っていった二人は、商人が言っていた川にたどり着いた。


 川の様子は二人の想定を超えており、地面が動いているかと錯覚するほど茶色く濁った塊が、轟音を響かせながら我先にと押し寄せていた。

 川岸もかなり荒れていた。長年森を支えてきたであろう大木が、根元からもぎ取られたような無残な姿を晒しており、下流域とは思えないほどの巨石がいくつも転がっていた。


 もちろん、泳いで渡ることなど不可能だ。一応、リーゼロッテに聞いてみたハルトだったが、「私でも即死だ」と、当たり前の言葉が返ってきた。


 その後、いったん諦めざるを得なかった二人は、道中で見つけた洞窟で野営することを決めた。


 先ほどまでの出来事を思い返し、改めてどうしたものかと悩むハルト。見ていた手帳を閉じて、大きな欠伸をする。

 顔を上げて洞窟の外を見ると、黒く塗りつぶされた空に、星だけが綺麗に瞬いていた。


 洞窟の中は少し寒かったが、火を焚いていればほどよく暖かく、日中の激しい運動と食事を済ませたことも手伝って、ハルトは眠気を感じ始めていた。


 対するリーゼロッテは、まったくと言っていいほど眠気を感じていなかった。そもそも彼女は睡眠時間が極端に短く、数日徹夜しても体調が変わらない。

 それに彼女は、ハルトが熱心に見ていた手帳が気になって仕方がなかった。ダメ人間代表の彼が、古ぼけるまで使い込んだ手帳を、これほど丁寧に扱っているとは思えなかったからだ。

 だから、自然と声をかけた。


「ハルト、先ほどから何を熱心に読んでいるんだ?」

「ああ、前一緒に冒険していた奴が書いていた手帳だよ。今向かってる鉱石が採れる場所も、魔竜の居場所も、この手帳に書かれているから知ってたんだ」

「ほぉ。少し見せてもらえるか」


 手帳を受け取り、適当なページを開くリーゼロッテ。その表情はやや険しく、その目は文字を追うたびに鋭さを増していく。まるで弟子の成果を見極める師匠のようだった。


 ハルトが採点されているわけではないのだが、変な緊張で体が硬くなる。リーゼロッテをじっと見つめ、居住まいを正して講評を待っていた。


 いくつかのページを読み終えた後、リーゼロッテの表情が緩くなり、ハルトに手帳を返す。


「私も色々な者と旅をしてきたが、ここまでしっかりと書き込まれた手帳は初めて見た。ハルトの仲間は、すごい奴だったのだな」

「ま、まぁ。すごくまめな奴だったからなぁ」


 ハルトは自分が褒められたかのようにどこか誇らしげに胸を張る。アキヒロが褒められていることが、まるで自分のことのように嬉しかった。


「さすがに魔竜を倒す術は書いてないのだろう?」

「そりゃ、俺たちの力じゃ竜なんて到底倒せなかったし。考えたこともなかったよ」

「あ。すまない、決して馬鹿にしたわけではない」

「ああ。大丈夫。わかってるよ」


 そう言ってハルトは天を仰ぐ。元の世界と違って、星は温かく瞬いており、まるでアキヒロとメグミが見守ってくれているようだった。


「そういえば、リーゼロッテは竜を倒したことがあるって言ってたよな?」

「ああ、普通の翼竜だがな。前も言ったが、五人いて何とか倒せた。もっとも、私たちは今より数段弱かったが」

「それでも竜を倒したってことは、桁外れに強かったんだろう? そんな人間が五人も集まるなんて、まるで勇者パーティだな」


 魔王を討伐したのは、確か勇者というよりは戦士といった風貌の男で、四人組だったはずだ。その人数で、竜よりも強いとされる魔王を倒したのだから、やはり神の加護を受けているというのは嘘ではないのだろう。


「そのときはどうやって倒したんだ?」

「私たち前衛三人がとにかく時間を稼いで、その間に後衛の二人が強化魔法と弱化魔法を重ねがけした。何とか攻撃が通り、敵の攻撃も数回なら受けられるようになってからは耐久戦だ。朝から夕方まで戦ったよ」

「それは、俺たちじゃ無理だな」

「そうだな」


 わかっていたが、リーゼロッテの力だけで何とかするというのは現実的ではない。何か別の作戦を考えなければいけない。


「そのパーティはいまどうしてるんだ?」

「神官と戦士の一人は住んでいる場所を把握しているが、ここから馬で二か月はかかる。あとの二人は旅に出ていると思う。音沙汰がない」

「そうか」


 ハルトのため息にも似た声は、空に消えていく。

 あわよくばそのうちの何人かに手伝ってもらえればと考えたが、どうやらそれも叶わないようだ。


「今の私なら、あの翼竜といい勝負ができるかもしれない。だが、仕留めるのは無理だろう。体力が人間の数十倍はあるからな。さらに魔竜ともなれば格が違う。下手をすれば今の私でも即死だ」


 リーゼロッテがそう言うのだから、その通りなのだろう。


 ぱちぱちと、焚火がはぜる音だけが洞窟に響く。ハルトは時折火の粉を散らす焚火をじっと見つめていた。


 どうせ倒せないのだから帰ってメアリーのそばにいた方がいいんじゃないか。ハルトはそんなことを考え出す。

 逃げだとわかっているが、そう考えるのが自然なほど状況は悪く、手詰まり感があった。


「いや、待てよ……」


 ハルトは、ある勘違いをしていることに気がつく。


「必要なのは魔竜の"血"だ」

「ああ、そうだな」

「内臓じゃないんだから、魔竜を倒す必要はないんじゃないか?」


 それを聞いてリーゼロッテもはっとする。

 二人とも、いつの間にか魔竜を倒すことが目的になっていた。


「それはそうだな。だが、どうやって傷をつける? そして、戦いの最中にどうやって血を回収する?」

「……ぜんぜんいい案はないっす」


 リーゼロッテはため息とともに「だろうな」と言ったが、顔を上げるとどこか満足げな表情を作った。


「だが、確実に一歩前に進んだな。魔竜のところまではまだ時間がかかる。方法はじっくり考えよう」


「我ながらなんとも情けない回答だ」と俯きかけていたハルトの気持ちは、その言葉で前を向いた。


「ああ、そうだな」


 そのあと、唸りながら色々と策を考えたが、結局、実現可能な案は出なかった。それでも一歩前に進んだことは、ハルトの自信になった。


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