第19話 鉱石を求めて(2)
その姿が小さくなったところで、リーゼロッテがハルトに声をかける。
「さて、どうする。迂回するとなると二週間、開通を待つとなると一か月ほどかかるようだが」
ハルトは何も答えない。
彼はまだ一日も経っていないというのに、さっそく自分ではどうすることもできない大きな壁が立ちふさがったことに絶望していた。
やはり無理なのではないか。諦める理由が頭の中を埋め尽くし、黒い感情がじわじわと心を蝕んでいく。中心までその闇が迫ったとき、自分を信じて送り出してくれたメアリーの笑顔を思い出す。
(絶望するのはまだ早い。まだ、まだいけるはずだ)
彼女は待ってくれているのに、自分が諦めるわけにはいかない。ハルトは気合を入れなおす。
「行商の馬が通れないだけで、人だけなら通れるかもしれない。一回見に行かないか?」
「わかった。そうしよう」
呆れられるかと思ったが、リーゼロッテはあっさりと了解し、足早に歩み始めた。
ハルトはあっけにとられたため、少し出遅れた。小走りでリーゼロッテの横に並ぶ。
「いいのか? 無駄足になるかもしれないのに」
「人からの情報だけでなく、自分の目で見ることも大切だ。まぁ、話を聞く限り無駄だとは思うが」
その言葉に、ハルトは露骨に肩を落とす。
リーゼロッテはコロコロと表情が変わるハルトを見て、少し微笑んだ。
「橋がないのなら、泳げばいい。もっとも、泳げるようになるまで二、三日は待たないといけないかもしれないが……」
「泳ぐって……あの川は平時でも流れが速いみたいだぞ?」
これもアキヒロの手帳に書かれていたことだ。
「川上に行けば多少緩くはなるだろう。大丈夫だ。泳ぎにも自信がある」
「なんか、リーゼロッテって意外と脳筋なんだな」
ハッとなり口を押える。はっきりと言ってしまった言葉は、当然リーゼロッテにも聞こえていた。しかし彼女は怒るどころか、勝ち誇ったような顔をした。
「能力が高い人間が、その能力を使って無理やり解決するのも、立派な戦略だろう。それに、川を渡る手段なんていくつもあるさ」
そう言いながら背中の大剣を抜き、立ち止まる。しばらくすると、木々が大きく揺れ、その隙間を縫うように巨大な蛇が現れる。体長は二十メートルほどあり、人一人ほどの太さの胴体は暗い茶色をしているが、鱗が光を跳ね返して黄金色にも見える。その体中に黒い斑紋が等間隔で並んでいる。
その斑紋が、最後に見たメアリーの姿を思い出させる。
「ハルト。この蛇、毒は持っているか?」
「あ、ああ。調べる」
斑紋に気を取られていたハルトは、リーゼロッテの冷静な声で我に返る。
大蛇はこちらの出方を窺っているのか、じっと見つめるだけで攻撃してこようとはしない。
ハルトがスキャンの能力を使うと、相手の情報が浮かび上がる。毒を持っていれば「特徴」の欄に表示されるはずだが、何も表示されなかった。
「毒はない。それに能力もリーゼロッテの十分の一くらいだ。でも単純に大きさが違いすぎるから、当たったら骨くらいは持っていかれるかもしれない。気をつけてくれよ」
「ああ。わかった」
そう言ったリーゼロッテは、大蛇に向かって歩いて行く。逆にハルトは数歩下がり、周囲を警戒する。
大蛇は彼女の体を一口で飲み込もうと、舌なめずりをしながら、冷静にそのタイミングを計っている。
もし攻撃を受ければ、リーゼロッテといえども無傷とはいかないだろう。
ハルトが見ているのはあくまでも数値だ。体格差から発生する優劣や、技量から生み出される強さは考慮されていない。握力の数値が高くても喧嘩に勝てないのと同じで、数値以上に他の要素が重要なのだ。
とはいえども十倍の差がある状況だ。まず負けることはないだろう。
そしてふと、一般的に強い魔物と分類され、ハルトの数倍の数値を誇る大蛇よりも、さらに十倍も数値が高いリーゼロッテは何者なのかと、当然の疑問を抱く。
そんなハルトの気など知らず、真正面から大蛇の射程に入ったリーゼロッテ。大蛇はそれでも微動だにせず狙いを定め、確実に仕留められる距離まで引き付ける。そして、大きく体をしならせた瞬間、ばねが弾けたような勢いでリーゼロッテに襲い掛かる。
比較的動体視力の良いハルトでさえ、その動きを捉えきれなかった。
リーゼロッテがその場からいなくなり、飲み込まれたと思ったハルトは、慌てて彼女を探す。
彼女は、天高く舞っていた。
そのまま落ちる勢いを使い、大蛇の首を一刀両断する。大蛇の頭が胴から離れ、おびただしい量の血をまき散らしながら、地面を転がった。
その目は真っ白になっており、もう息がないことがはっきりとわかった。息絶えた大蛇が光に変わって消えていく。
唖然としているハルトの元に、リーゼロッテが戻ってきた。
「ハルト。毒の情報、助かった。先に進もう」
「お、おう」
このくらいはできて当然。そう思っているのか、リーゼロッテはほとんど無表情でそう言うと、すたすたと歩き出した。
また少し遅れる形になったハルトは、小走りで彼女の後を追う。
毒の情報なんてあってもなくても、結果は変わらなかったのではないかと思うハルトだった。




