第18話 鉱石を求めて(1)
また一時間ほど平原を歩くと、正面に見える森を迂回するように、道が左右に分かれる。
魔竜の住むとされている山は左手の道の先にある。しかしその前に鉱石が眠っているとされる山に行くために、右手の道を選ぶ。
「ここからは魔物も頻繁に出てくるだろう。気をつけろよ」
「わかった」
右手に先ほど歩いて来た平原が地平線の彼方まで広がり、魔物の姿は一つとして見当たらない。対して左手には深い森が不気味に佇んでおり、重なり合う木々に遮られて、その奥を見通すことができない。
魔物は動物と同じく、森や山のような人の手が入りにくく、障害物が多いところに住み着く傾向がある。
この道はまさに、魔物が人間を襲うには好都合な道であった。
足を進めると、案の定、森の中から出てきた魔物に襲われた。しかし、そんなことなどなかったかのように、リーゼロッテがあっさりとすべてを斬り伏せた。
彼女にとって脅威となる敵はおらず、持ち物や特殊な能力を持っている魔物もいなかった。そのため、ハルトの能力はまったく活躍しなかった。
三十分ほど歩くと前から行商の一行がやってきた。荷物を山ほど乗せた荷馬車を、鎧に身を包んだ一団が取り囲んで歩いている。
「もしかしたら鉱石を持ってるかもしれないよな。ちょっと話を聞いてみようぜ」
アキヒロの手帳には、確かにこの先の山で対象の鉱石を採った記録がある。しかしもう採りつくされている可能性もある上に、そんな都合よく採掘できるとも限らない。物があるのなら、ここで購入してしまった方が確実だ。
ハルトが手を振ると、周りを警護する男たちが武器を構え、近づいてくる。
敵意がないことと商談がしたいことを伝えると、ふくよかで気のよさそうな男が馬の上から降りてきた。
「毎度ありがとうございます。何かご入用のものがありますか?」
「この鉱石って持ってないですか?」
アキヒロの手帳を見せると、商人は眉を寄せ、手元のリストをパラパラとめくる。紙のこすれる音が何度か続いたあと、その手が止まる。そして、申し訳なさそうに顔を上げた。
「大変申し訳ありません。その品は取り扱っておりません」
「そうですか。あの、どこか売っていそうな場所を知りませんか?」
「う~む。先日までフランカルの町にいましたが、あの町にはありませんでしたね。行商人仲間も持っていなかったと思います。根が入っている物は珍しいですから、見かけたら覚えていると思うのですが」
「わかった。ありがとう」
「いえいえ、とんでもございません。お力になれず申し訳ありません。またのご来店をお待ちしております」
「待て」
丁寧に頭を下げてから馬に乗ろうとした行商人をリーゼロッテが呼び止める。本人にその気はないのだが、睨みつけるような目つきになり、周りの護衛たちが武器に手をかける。
そこで自分の目つきの悪さを思い出した彼女は、軽く手を上げて敵意がないことを示しながら、努めて笑顔を作る。
「先日までフランカルの町にいたと言っていたが、なぜ引き返しているのだ?」
フランカルの町は先ほどの分かれ道を左に行った先にある町だ。つまりこの商人は、来た道を戻っていることになる。
商人はその言葉を聞いて、「ああ、そこのことですか」と言って胸をなでおろした。
「先日大雨が降っていたでしょう。そのせいか、この先の川が氾濫していまして、橋が流されていたんですよ。それでいったん町に戻って、迂回ルートを目指そうかと」
「橋が流されているのか。川はどんな感じだ?」
「濁流というほかない状態ですよ。橋の復旧も当面無理でしょうから、一か月は通行できないでしょうね。迂回ルートでも二週間はかかります。いやはや、自然の力は驚異的ですね」
行商人が苦笑いを浮かべて言ったその言葉は、鈍い一撃となってハルトの頭を揺さぶった。軽く眩暈がして、倒れそうになるのを必死に堪える。
近くに鉱石が売っていない以上、この先の山で採掘するしかない。しかしそれが今、不可能になってしまった。
リーゼロッテは動揺しているハルトを一瞥してから、商人に向き直った。
「こいつが探している鉱石、至急必要なのだが、採れる場所を知っていないか?」
商人が唸って考える。珍しくもなければ需要もない、それこそ石ころと変わらないような鉱石だ。採掘場所なんて知っているわけがない。
しかし、リーゼロッテは商人たちの情報で、何度も命を繋いできた。彼らのネットワークはどんな情報屋よりも広く、それでいて新鮮だ。だから、ダメもとでも聞いてみる価値はある。
「申し訳ありませんが、知りませんね。珍しいものではないですから、その辺りを掘れば出てくるかもしれませんが……」
「情報ありがとう。止めて悪かったな」
「いえいえ、とんでもございません。お二人の旅の無事を祈っております。では、失礼いたします」
二人は去っていく行商人たちを見送る。




