第16話 旅立ち(3)
ハルトは集合場所の正門へと向かっていた。
命の保証もない旅だ。歩き慣れたこの町を見るのもこれが最後になるかもしれない。そう思うと、足を止めてじっくりと辺りを見渡してしまう。
大通りは活気に満ち溢れており、出店からは熱気とともに香ばしい匂いと陽気な声が流れてくる。通りを挟むように建てられた古いレンガ造りの家々は、その歴史を物語るように色あせているが、まだまだ現役を退く気はなさそうだ。光や風をほどよく遮り、通る人たちを優しく見つめている。
地面に敷かれた白色の石は、踏まれて汚れ、灰色になっていたが、不貞腐れることなく行きかう人々の足を支えている。。
ふと顔を上げると、歩く人の中に飲み友達を見つける。反射的に声をかけようとしたハルトは、自分が今からこの町を旅立たなければいけないことを思い出し、踏みとどまる。
幸いなことに友人はハルトに気がつかず、そのまま人混みの中に消えていった。
「今は、この町のことを懐かしんでる場合じゃねーよな」
そう呟き、再び歩き出す。一歩進むごとに歩幅が広くなり、速度もどんどん上がっていき、いつの間にか小走りになっていた。少しでも速度を落としてしまうと、そのまま立ち止まり、メアリーの元に戻ってしまいそうだったからだ。
町の景色にも、空気にも、さらには知り合いにも一切目もくれず、一心不乱に正門を目指す。
しばらくすると家々の間から石造りの外壁が顔をのぞかせる。この町は、高さ五メートルほどの壁にぐるりと囲まれている。
遥か昔は人間の侵攻を防ぐため、少し前までは魔物の襲撃を防ぐために増改築されていったその壁は、用途が変わるたびに形が変わり、素材も色もバラバラで、石でできたパッチワークのようになっている。そんな継ぎはぎの城壁を見るたびに、この町の歴史の長さを感じる。
大通りを抜けると少し開けた場所に出る。この町の玄関である、正門の前に設置されている噴水の近くに、リーゼロッテが腕を組んで、堂々と立っていた。
彼女の風格がそうさせるのか、行きかう人々は、自然と彼女を避けるように歩いていた。
ハルトが手を上げると彼女も気がつき、手を上げて合図をくれた。
「うむ。ちゃんと来たか」
リーゼロッテは感心したように一つ頷いた。
そんな彼女が身にまとう漆黒の鎧はわずかな意匠すら排除されており、その背中に担がれている大剣も鉄の塊と見間違えるほど武骨で、どちらも、戦闘に不要なものを徹底して削ぎ落とした造りになっている。その風貌は魔王直属の暗黒騎士を彷彿とさせ、肩から掛けている麻袋がなければ、旅人とは思われないだろう。
そんな彼女が得意な属性は光と雷だ。銀色の鎧を着ていれば、勇者と名乗っても違和感はない。
ハルトを映す瞳は力強くまっすぐで、静かに立っているだけで周囲の空気が引き締まる。思わず息を飲み、こんな本当の強者が自分に協力してくれたことに感激を通り越して、眩暈を覚える。
対してハルトは、少し大きめの肩掛けの麻袋を持っているくらいで、あとは護身用のナイフと小さなつるはしを腰にぶら下げているだけだ。防具の類は肘と脛を守る粗末なつくりの鉄の板くらいだ。戦えない彼にとって重しとなる防具を着込むよりも、逃げるために軽くした方が都合がいいのだ。
色々な者と旅をしてきたリーゼロッテは、何も言わずともハルトの狙いがわかっていた。そして、それが正しい姿だと考えていた。
「準備は万端のようだな。手続きは済ませてある。行くとしよう」
「うん。よろしく頼む」
ハルトにとっては三年ぶりの旅だ。不安と期待を胸に正門を抜けた。
彼の止まっていた時間が動き出した。




