第12話 馬鹿な判断かもしれないが(2)
その姿が見えなくなってから、リーゼロッテはため息を吐き、ひざを折って簡単な回復魔法を使う。そして癒えたハルトに問いかける。
「お前に言いたいことは山ほどあるのだが……お前、この状況で借金してまで酒を飲みたいのか?」
「そうじゃねーよ。金は、あんたを雇うために借りるつもりだった」
その言葉に、リーゼロッテが少し目を見開く。
「私を?」
「ああ。あんたの言う通り、俺が渡せるものは何もない。だから、金を集めてあんたを雇おうとしたんだ」
「ま、誰も貸してくれなかったけどな」と自嘲気味に付け足すハルト。その目から涙があふれだし、頬を伝う。
その姿を見て、リーゼロッテは、彼がなぜそこまで必死なのかが気になった。
「少し調べたが、彼女の実家は裕福なのだろう。お前が言っていた薬がなくても、優秀な医者か薬師が治すはずだ。どうして、あの薬にこだわるのだ?」
「それじゃ、無理なんだ……」
ハルトは泣きながら、初めて自分の過去をさらけ出した。
自分が転生者であること。かつて、転生者三人で旅をしていたこと。そしてメアリーと同じ病、正確には呪いでその仲間を失ったこと。
仲間を亡くした後、酒に溺れていた自分を、メアリーだけが助けてくれたこと。だから今度は彼女を助けたいこと。
今まで恥ずかしくて言えなかったこと、それらをすべて口に出した。
助けてくれなどと言える空気ではないことは、百も承知だった。でも、言わなければメアリーは助からない。その強い想いが、彼の口を動かした。
「なぁ。今の俺は確かに何も渡せないし、何もできない。でも、絶対に後悔させない何かを渡す。一生あんたの奴隷として働いてもいい。だから、だから頼む。魔竜を倒すのを手伝ってくれ。メアリーを助けたいんだ」
規格外の強さを誇るリーゼロッテをもってしても、一人で魔竜を倒すことはできない。
だが、彼女以外なら勝負にすらならない。だから彼の願いは、彼女にしか叶えられないものだ。
リーゼロッテは顔色一つ変えず、冷めた表情でそれを聞いていた。そして静かに息を吐く。
旅を続けているのは、彼女にしか解決できない問題を持つ人を、一人でも減らすためだ。
だが、訪れた町で頼ってきた連中は、私利私欲のために彼女を利用することだけを考え、誰一人自分から動こうとはしなかった。そんな連中を相手にしているうちに、どこか冷めてしまった自分がいた。
今目の前でみっともなく泣いている男は、他の誰かのために頭を下げている。それだけでも、助ける理由になるのではないか。
目を閉じ、ゆっくりと自分に問いかける。
(そうだ。私はこういう人を助けたかったはずだ)
彼女の心が決まった。彼女はゆっくりと目を開き、ハルトを見据える。
「お前は、実に馬鹿だな。仮にお前が私の奴隷となったとして、飲んだくれのひ弱な男が、何の役に立つのだ。売っても金貨一枚にもならないだろう」
ハルトは押し黙る。その目尻には大粒の涙が浮かんでいる。彼女の言う通り、彼がいたところで何の役にも立たない。むしろ邪魔なほどだ。
「いいだろう。魔竜の討伐、協力してやる」
そう言って手を差し伸べる。
金も名誉も得られないのに命をかける。我ながら馬鹿な判断だと思う。
それでも、彼の涙と懺悔、そして何とかしたいという熱い想いが、彼女の心に火を付けた。
そんな彼は完全に呆けた顔をして、リーゼロッテの顔と手を交互に見ていた。
「え? ほ、本当か?」
「ただし、魔竜を正面切って倒すのは無理だ。別の方法を考える必要がある。最悪、なければそれまでだ」
「ああ、わかったよ」
「なら決定だな。最後まで足掻いて、最高の結果にしようではないか」
「そうだよな、そうだよな……。ありがとう、本当に、ありがとう」
ハルトは深く頭を下げ、リーゼロッテの手を取った。そして、あふれる涙を堪えられずに、大きな声で泣いた。




