第11話 馬鹿な判断かもしれないが(1)
リーゼロッテの朝は早い。
目が覚めた彼女は、ベッドの上で大きく伸びをしてからすぐに立ち上がり、身支度を始める。寝起きとは思えない、素早い動きと、精悍な顔つきだ。
剣というには武骨で大きすぎる鉄の板を持ち上げ、日課の朝の鍛錬に向かう。
本当は鎧を着て臨みたいのだが、部屋で鎧を着てしまうと金属がこすれる音と重い足音が宿中に響き、他の客の迷惑になる。
だから装備も持ち物も最低限にして、剣と小さな麻袋一つで外へ向かう。
これだけ早い時間だと、通りを歩いている者はいない。この町を独り占めしているようで、リーゼロッテは人が目覚める前のこのひとときが一番好きだった。
交差点を曲がったところで新聞配達をしている子供とすれ違う。町にはそれぞれ顔があるが、日が昇る少し前のこの時間だけはどこでも似たような雰囲気だ。
旅人リーゼロッテは町から町を渡り歩いている。普段は一日、長くても三日で次の町に向かうのだが、たまに一週間ほどの休息をとる。
この町はこの辺りでは最も発展している。各種設備が整っており、長期滞在するにはうってつけの町だ。
だが今回は二週間近く滞在している。だから明日には出発しようと考えていた。次、この町に来るのは、五年後くらいになるだろう。
そのときに、昨日話しかけてきたあのハルトとかいう、どうしようもない男は生きているのだろうか。
あのあと宿に戻る道すがら、リーゼロッテは二人のことを少し調べた。
ハルトはどうしようもない酒飲みで、あちこちに借金とツケがある。そのほとんどをメアリーに支払わせている、典型的なヒモ男だ。
ただ、人助けをしたという話もちらほらと聞くので、根っこから腐っているというわけでもなさそうだ。
逆にメアリーは誰に対しても優しく、自分の損得など考えずに人の世話をする。ハルトに対しても例外ではなく、衣食住のすべてを与えている。周りからはなぜあんなクズに尽くすのか、絶対にやめた方がいいと、再三言われているそうだ。
彼女が病気で床に伏していることはこの町の皆が知っており、そして誰もが心配していた。接点のなさそうなゴロツキまで心配していたのだから、本当に心優しい少女なのだろう。
リーゼロッテは「自分が動かなくても他人が助けてくれるだろう」という甘い考えが嫌いだった。それに、彼女一人で魔竜と戦っても、勝ち目がないことは事実だ。
(だからと言って、あの言い方はないな)
事実を言ったまでだが、少し言い過ぎたと反省する。協力する気はやはり起こらないが、出会ったら謝罪くらいはしておくべきだ。
律儀なリーゼロッテはそう考えながら、鍛錬ができる広場を目指す。その、途中だった。
どこからか男の怒声が響いてくる。どうやら喧嘩が起きているようだ。
角を曲がった先で、三人の男たちが、倒れている一人を一方的に足蹴りにしている。
見つけた以上、放置するわけにはいかない。リーゼロッテは走り、男たちに近づく。
近づくにつれて、蹴られている男の顔がはっきりとする。
ハルトだ。
白いラインが入った服は泥と埃で汚れ灰色にくすみ、ところどころに小さな穴が開いている。出血こそ見られないが、丸まった体にはいくつもあざが浮かんでいる。
リーゼロッテの中で助けなければという気持ちが薄れたが、それでも、見過ごすわけにはいかない。
「何をしているんだ、お前たちは?」
「おっと、これはリンチじゃねーぞ、姉ちゃん」
「それを決めるのは私だ。事情を話せ」
リーゼロッテの圧に男たちがたじろぐが、ハルトをもう一度見て、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「この男、俺たちに金を借りに来たんだけどよ、いつも自分で返さねぇで、女に返させてんのよ。要は、ヒモだ」
もう一人の男は吸っていた煙草を吐き捨てて、忌々しそうに踏みつぶした。
「しかも、その女が病気だってのに、見舞いにもいかずに町をふらふらして、酒を飲むための金を借りに来たんだ」
「俺らも裏の人間だ。俺らがモラルをどうのこうの言うのはお門違いだけどよ、さすがにコイツに金貸すわけにはいかねぇぜ」
「それでもしつこく絡みついてくるから、ちょっとお灸を据えているってことよ」
その話を聞いて、リーゼロッテは謝罪する気持ちすら吹き飛んでしまった。
だからと言って、暴力行為を見逃すわけにもいかない。いつもならきついお灸を据えるのだが、今回ばかりは止めるだけにしておく。
「理由はわかった。この男の素行の悪さは私も聞き及んでいるから、お前らの行為だけを非難するつもりはない。だが、このくらいにしておけ。これ以上するなら、憲兵に突き出すぞ」
リーゼロッテの只者ではないオーラに押され、男たちは顔を見合わせる。
「じゃあ、わりぃけど後片付けは頼むぜ」
「わかった」
「ま、まってくれ……」
ハルトが声を上げ、去っていこうとした男の脚を掴んだ。
「た、頼む。金を貸してくれ。必要なんだ」
「だから何に必要なんだよ!?」
苛立った声を上げた男が、大きく脚を振りかぶる。
その足がハルトに向かう前に、リーゼロッテが男の肩を掴んでそれを制止する。
男は心底不服そうな顔を浮かべたが、振りかぶった足で地面を強く蹴った。
「けっ! 女に養ってもらわないと何もできないような腐った男が! 俺たちの前に二度と現れんな!」
脚を振ってハルトの手を振り払い、男たちは去っていった。




