第四話 “境遇”
「失敗した。あぁ……!失敗した……!」
スペルシア第三支部所属のカナヤマは、病室の中で悔しげに叫んでいた。
「戌のカテゴラか。出現は3年ぶりだな」
今回新たなカテゴラが現れたとのことで、別のスペルシアからカナヤマに聞き取り調査をしていた。
「奴はただのカテゴラじゃないぞ……。気を付けろ。動きは獣そのものだ」
「獣……それは逸れ者なのか、敢えてその戦い方にしているのか」
「どうだろうな。奴は一人だったから助かったが仲間がいたら殺されていたかもしれない」
「しかし、逃してもらえたんだろう?」
「……私を侮辱しているのか?」
「いや?」
聞き取り調査をしていたスペルシアのポケットから着信音が鳴り響いた。
「はい、もしもし」
「おい、ここは病室だぞ」
カナヤマの発言が聞こえなかったかのように通話は続く。
そして狭く静かな病室では通話相手の音声が少し漏れて聞こえた。
「まだ性能を測れていないが、戦術太刀のプロトタイプが完成した」
「もう試作品が……!?」
「あぁ。最近は戌が暴れまわっているのだろう?丁度いい、直ちに本部へ受け取りに来い」
「了」
「期待しているぞ、神月」
病室をあとにした神月は無線を装着し、早足で本部へと向かった。
ーーーーー
夜咲に改めて気持ちを伝えてから、ひと月が経とうとしていた。
あの日からは毎日一緒に帰っていた。
だが今日は一人だ。
夜咲は祖父の家に行かなければならないというのとで、一緒に帰ることができなかった。
いつも帰りがけに二人で寄っていくカフェに足を運んだ。
夕方に珈琲を飲むと夜に寝れなくなると聞いたことがあるため、レモンティーを注文する。
いつも飲んでいるはずのレモンティー。
しかし今日は少し酸味を強く感じた。
「よお、元気してたか?」
声を掛けられた気がして、ふと横を見ると隣の席にはタチバナがいた。
「たまたま……か?」
「さあ、どうだろうな」
「それよりお前、最近は無駄なことをしてるらしいな」
タチバナの視線が鋭くなった。
「無駄なことってなんだよ」
「はっ、毎日鍛錬してる癖に今更恍けてるんじゃねぇ」
いきなり噛み付いてきたと思ったら……何なんだ?タチバナは考えが読めない。
「化物のことか?」
「化物、モンスター……もしくはひと括りに“カテゴリ”」
「そんなたくさんの呼び方があったのか」
「ああ。なんのつもりか知らないが、お前はカテゴリから派生した塵を消していってるな」
「そうだが。何か問題があるのか?」
ここでタチバナはゆっくりと珈琲を口にした。
「お前、殺されるぞ」
「覚悟のことなら……小鳥遊先輩にも言われたことだ」
「今、迷ってるな?」
「そんなことは……」
「梓と違ってな、俺は同じカテゴラであるお前を見殺しにはしたくない」
「だが俺はお前らの仲間になるとは言ってないぞ」
「それでもだ。お前はまだ若い、その手で大きな歯車を回すのは無理だ」
きっとタチバナはカテゴラ関係なく俺を心配しているのだろう。
もしかしたら裏があるかもしれないが、今はそんな回りくどいことをする人間には見えない。
「だったら……誰がその歯車を回せるっていうんだよ。回す奴すらいないから今の構造が出来たんだろ」
「あぁ、そうだ」
「タチバナならできるんじゃないのか?いや、できるだろ。でもやらないのは何故だ」
「……怖いからさ」
また一口、タチバナは珈琲を口にする。
「ふざけるなよ。いい歳した大人の癖して弱腰なんだな」
「だからなんだ。いいか、社会ってのはどれだけ上手く立ち回れるかだ。どれだけ正しいことをしても、損する役回りである限りデメリットしかないんだよ」
「結局は自分のことしか考えてないんだな」
「むしろ視野を広くし過ぎだ、少年。殆どの人間は目先のことしか見てない。分かるか?」
「分かってる。分かってるからこそ言ってるんだよ」
………。
しばらく沈黙が続いた。
もうレモンティーが飲み終わる頃、小鳥遊先輩が現れた。
「二人揃ってこんなところにいるなんて、怪しい以外の何も思いつかないね」
タチバナの顔を見ると普段の表情に戻っていた。
「何もないさ。俺が付けているこの腕時計の素晴らしさについて語り合ってたんだ。そうだよなぁ、少年」
「少年呼びやめろよ」
「まあいいじゃねぇか。これ、なかなかに精度が高くていい物なんだぞ?」
「今が一生の何分の一なのか確認でもしてるのか」
「はっ、だとしたらもう残り少ないかもなぁ」
くだらない話はもういい。
俺は片付けをして退店することにした。
そしてタチバナは最後に一言放った。
「視野は広く持て。それだけだ」
——そんなこと分かってるさ。
そう心の中で呟いて俺はその場をあとにした。
外は雨が降っていた。
折りたたみ傘を広げて家路につくが、雨音に妙な苛立ちを覚えた。
強くなれば。そうすれば全てがうまくいくのだろうか。
力で支配することは破滅へと繋がる。だが力がなければ現状を変えることができない。
争いは憎しみを生み、一度生まれた憎しみは連鎖し止まることのない醜さをを持っている。
つまり俺はその憎しみ全てを迎える覚悟がいるということだ。
「なんて、考えても疲れるだけだよな」
ポツリと放った一言は雨音の中で消えていった。
そして1週間が経った。
夜咲と帰ったあとは必ず化物を駆除しに街を周る。
今日は標的を切り替えた際に生じる、無駄な体の捻りを無くすことができた。
また一つ。成長は着々と進んでいる。
この調子でいけば多数の標的に対して苦戦するのとは完全に無くなるだろう。
そんなことを考えながら道を曲がったとき、人と衝突した。
「痛っ……すみません」
俺は咄嗟に謝るが、考え事をする中で衝突したことでバランスを崩し、地面に肘を打ち付けていた。
「君、大丈夫か?こちらこそ不注意だった。申し訳ない」
相手を見上げると、高身長かつモデルでもやってるのかと思うほど整った顔立ちの男だった。
「怪我しているなら、すぐ病院に連れて行く」
「いや……そこまでじゃないんで大丈夫です」
立ち上がる俺を男は支えてくれた。
「本当に大丈夫かい?」
「はい、これくらいなんともないですよ」
「すまない、何かお詫びでもさせてくれると助かる」
「そこまで言うなら……」
街中の交差点。その角にある鯛焼き屋のベンチで俺は鯛焼きを頬張っていた。
男の名前は“カミヅキ ライラ”と言うらしい。
大学生で何やら武術や戦術を学んでいるようだった。
独学で戦闘を学んでいる俺にとっては魅力ある話が数多くあった。
俺は具体的な内容は口にしなかったが、独自に学んだ複数目標への対処を話すとカミヅキは興味津々だった。
「鯛焼き、ご馳走様でした」
「こちらこそ、お詫びができてよかった。それに面白い話ができて楽しかったよ」
「ええ、こちらこそ」
「よかったらまた話をしよう」
「ですね。また戦術について聞かせてください」
こうして解散の流れになり歩き始めようとした。
その時——。
「ところで、一つ聞きたいんだけど。灯弥くんはその戦い方をどこで?」
カミヅキは少し低めの声で質問をしてきた。
何かを怪しまれている?
気のせいならいいが、ここで動揺は隠すべきだろう。
「あぁ、そういえば話していませんでしたね。実は昔から護身術を学んでまして。その延長で色々と研究をしているんです」
どうだ?咄嗟に思いついた言葉だが通じるかどうか。
「……そっか。とてもいいことだね。君ならきっと高いところまで成長できるんじゃないかな」
それからカミヅキは少し笑みを浮かべたあと、手を振って去っていった。
カミヅキの論理的な戦術は今までにない着眼点であり、もし今後も友好関係を築ければ更なる高みを目指せるかもしれない。
しかし、素性の分からない相手だ。
万が一を考えて、カテゴラだとバレないよう気を付けなくては。
そんな高揚感と不安を抱えながら家に帰った。
——3日後。
恐らく時間帯が一緒なのだろう。
再びカミヅキと道で出会った。
どうやらお互い帰宅途中なようで、また鯛焼き屋を目指して歩き出した。
「カミヅキさんはどのように多彩な戦術を学んでいるんですか?」
「どのように……か。俺は経験が人より多いと自負してる」
「経験ですか?」
「そう。昔、たくさんの人が巻き込まれる事件があってね。そこで俺は“みんなを助けないといけない”っていう気持ちで全力で動いてた」
「それを乗り越えてから気付いたんだ。”もっと余裕を持たなければいけない”ってね」
「そこから更に鍛錬を?」
「うん。大切な人たちを守るためにも、力は絶対だ。そしてその力は適切に扱わなければいけない」
「適切に……ですか」
「そうだよ。力は脅威にもなる。それを正義として保つには必要なとき、正しいと思ったときに使わなければ駄目なんだ」
「………」
「ん……?どうかした?」
「もし、その力が脅威として存在することで結果的に正義へと結びつくとしたらどうしますか?」
「そうだな……。それが正しいとは思わない。だけど、俺は自分を犠牲にしてでもやるだろう」
「俺も同じ考えです」
「灯弥くんは俺に似ているよね」
「です……ね」
きっとこういう人が出世街道を歩むのだろう。
誠意ある行いで、自分へ火の粉が降りかかると分かっていても貫き通す。
きっと自分と言葉が同じでも、中身が違う。
だから“もし生まれ変わったら”この人と再び話をしたい。
——もし俺がカテゴラでなければ。
だけど一度きりの人生だ。いつか本当のことを話さなくちゃいけない。
それが明日なのか……数年後なのか。それとも……。
「来週のどこかでカミヅキさんの”正義”を教えてくれませんか」
「うん、いいよ」
この人が俺の立場ならどうするのだろうか。
そんなことを考えながら薄暗くなった帰路についた。
その夜は原因不明の胸騒ぎで眠ることができなかった。
本能が何かを警戒していたのかもしれない。
数日後に起こる“それ”を——。




