第三話 “迷い”
ひたすらに噛みちぎっていた。
身体の中から感じるほどの嫌悪感。
化物はどこにでも湧いてくる。
(今日はやけに数が多いな……)
俺は毎日歩き回っては嫌な感覚のする方へと向かい、化物を討伐していた。
場数を踏んでいるお陰か、戦闘での動き方も無駄を減らし始め怪我をすることも少なくなった。
しかし所詮は我流だ。粗さはまだまだ残っている。
これから更に経験を積まなければならない。
タチバナとかいう男や、スペルシアという組織。
それらは俺の中で脅威の対象だ。
なんとしても独りで立派に戦えるようにならなければいけない。
——小鳥遊先輩。
あの人の立ち位置はどこなんだろうか。
そんな余計なことを考えながらもう一体の化物の首を噛み千切る。
「そこにいる者、止まりなさい」
化物が粒状に消え去っていくのと同時に後ろから声を掛けられた。
「なんですか?」
「その動き、そして何より気配。カテゴラだな?」
“カテゴラ”を知っている者。こいつ、どちら側だ?
「はぁ。あんたは?」
「私はスペルシア第三支部所属のカナヤマだ」
スペルシア……。初めての遭遇だ。
情報も全然持っていない。ここは一旦引くか?
「司令部へ伝達。カテゴラを発見。解析求む……新種か」
いいや、ここは引かない。
こいつは俺のことを"人間”として見ていない。
「俺を殺すのか?」
「ああ、そうだ。カテゴラ排除令により例外なく消し去らなければならない」
「そうかよ」
呟いた俺はつま先を大きく踏み込み、相手へ一気に距離を詰める。
「なっ」
そうして武器を持つ右腕に大きく噛み付いていく。
だが相手も弱い訳じゃない。
俺は速さが取り柄だが動きが単調すぎる。
真っ直ぐ突進する動作は読みやすく、避けられやすい。そのため腕の半分も噛み付くことができなかった。
出血はしている。右腕に持つ武器を扱うには痛みを伴うだろう。
しかし、まるで痛みなど無いのではと思わせるほどの俊敏さで、武器の先端に光る刃が俺の頬を掠めた。
——だが、まだ視える。
躱す動作と同時に相手の足を蹴り、体勢を崩す。
地面へと近づく顔に膝を入れ、右腕は掴んで関節の逆方面へと折る。
悲鳴を上げ倒れる相手に戦える余力は無くなった。
「俺はどちらの敵でも味方でも、中立ですらない。そして、人間を殺せるほど化物になってはいない」
「待て……」
「お願いだから逃してくれ。別に戦うことが趣味じゃないんだ」
現場を静かに去る俺は最後まで睨めつけられていた。
他のカテゴラと同列に見られていたことに虫唾が走る。
カテゴラに碌な奴はいない、それは集会で理解した。
——小鳥遊先輩を除いて。
そして今日、スペルシアも同様だと分かった。
カテゴラという枠で敵対視し、対話をしようとしない。
どちらもゴミだ。
考えれば考えるほどイライラする。
「街の清掃をしても目をつけられるだけだよ」
真横から声がした。
気配など一切なく、俺は咄嗟に距離をとった。
「……先輩か。驚かさないでくださいよ」
そこには小鳥遊先輩が立っていた。
「そんな張り詰めていても物事は解決しないからね」
「分かってますよ。でもこれは正義とか、そんな薄い理由でやってるわけじゃないんです」
「知ってる」
先輩は表情を緩めて話を続けた。
「君は必死に強くなろうとしてる。まるで拮抗してる今の勢力図から、第三の勢力……それも抑止力のような存在を目指している」
「ただ、それも半分は嘘。本当は正義のためでもあるよね?」
まるで心の中を見られているような感覚だった。
"正義のためじゃない"
それは自分に吐いている嘘だ。
被害者を減らすために、毎日のように化物を倒す。
だが世の中から見れば俺自身も化物だ。
だから、正義面はしないほうがいい。
「先輩には全部見透かされてしまいますね」
「可愛い後輩のことなら丸わかりだよ。そもそも君は分かりやすい」
「でもその真っ直ぐな気持ちが、いつか危機をもたらすトリガーになるかもしれない」
「だとしても、俺はやり遂げてみせますよ」
「そう……。じゃあ一つだけ教えてあげる」
「なんですか?」
「いつかスペルシアの中でも並外れた者に遭遇すると思う。そのときは……覚悟したほうがいいよ」
その夜、部屋の明かりを消しカーテンを開けて外を眺めていた。
今の構造は腐っている。
世の中はいつもそうだ。社会の中で自然と構築される固定観念は安定を求め続ける。
それが何百年も昔から築いてきたものであればあるほど、化石のように固められている。
だから変化など期待できない……してはいけないんだ。
「覚悟……ですか」
ふと夜空に寂しさを覚えながら、不安で手が震えた。
……もし変化を起こすことができるとしたら、誰かが歯車になり錆びついた構造を少しでも動かすしかない。
その微量な動きが後に大きな変化へと結び付くことになる。
だけど……。
夜咲、答えを聞かせてくれないか。
君の一言で俺は——。
いや。自身の覚悟を人に委ねるのは最低だ。
だって、友だちであれど他人なのだから。
翌日。
至って普通の一日が過ぎていき、やがて下校時間となった。
鞄を手に持ち廊下を歩いていると、後ろから駆け足で近付いてくる人物がいた。
「照内くん」
振り向くと、夜咲が思い詰めた顔でこちらを見ていた。
「夜咲、どうした?」
「その……最近さ、美人な先輩と一緒にいるでしょ?」
「ん?あぁ、小鳥遊先輩のことかな」
「聞いてもいいのか分からないけど……どういう関係なの?」
「どういう関係って、うーん。よくよく考えたらどういう関係なんだろうか」
ふと廊下の向こうをみると、小鳥遊先輩がこちらに歩いてきていた。
どういうタイミングだよ。
勘違いされても不味いし、ここは移動するか。
「少し歩かないか?」
「え?う、うん」
少し不自然だが、この流れで先輩と遭遇するのはよくないと直感で移動することにした。
昇降口に向かう階段よりも奥側。
ここなら先輩が歩いてくることもない。
「それで、よかったら答えてほしいな」
「なんて答えたらいいか……。神出鬼没な人なんだよ」
「何それ……真面目に答えてくれないの?」
「ご、ごめん……でも、そのくらいよく分からない関係なんだよ」
必死に説明をしていたその時、後ろから影が現れた。
「どうしたの?“灯弥”くん」
影の正体は小鳥遊先輩だ。
そして今——。
「え……今、名前で……」
夜咲が驚いた表情でこちらを見ている。
それから悲しそうな顔をして言葉を放った。
「そっか、そうだよね。こんな美人な先輩に目を付けられたら照内くんだって断れないよね……」
「ちょっと待って。夜咲、何か勘違いを……」
「ううん。いいんだよ、はっきりしなかった私が悪いんだから」
そう言って夜咲は踵を返すと、昇降口のほうへ早足に向かっていった。
「待っ……!」
俺は急いで駆け寄る。
だが夜咲は俯いたまま一切止まろうとしない。
仕方なく夜咲の行く手を遮ることにした。
目線こそ合わないが、ゆっくりと夜咲の顔がこちらを向く。
「待ってくれ。夜咲は恐らく勘違いしてる」
「でも……そしたら、さっき名前で呼ばれてたのはなんで?少し前、あの先輩が教室に来たときは名字だったでしょ?」
「名前で呼ばれたのはさっきが初めてなんだ。本当だよ」
「そんなの……嘘を吐いてるようにしか聞こえないよ」
わかってる。自分でも馬鹿みたいな返事だってことは。
「嘘じゃない……!だって、俺は……」
「俺は夜咲千花が好きだ!」
少しの間を置いて夜咲は頷きながら、目尻に涙を滲ませていた。
少し落ち着いてから一緒に下校したあとは、夜咲に一通のチャットを送信した。
『今日はごめん。でも俺は夜咲が好きだから』
送る前に見返すと恥ずかしさがこみ上げて来たが、本心を綴っているだけだ。
構わず送信ボタンを押して、5分後には返信が来ていた。
『こちらこそ、ごめんね。改めて気持ちを伝えてくれてありがとう』
あぁ、気持ちを声に出したせいだろうか。
好きという気持ちが高まっている。
と、同時に……。
カテゴラとしての不安が混ざり合って、心がバランスを失っていくのを感じた。
感情の色がじわじわと溢れ出て、やがて闇へと染まっていく。
蒸発してはまた溢れることを繰り返す。
繰り返すことで余計に分からなくなってしまう。
このループを抜け出すには……。
そんなことを考えながら部屋の電気を消すことにした。




