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シオンの咲く白昼夢 -ルブリケイティング/カテゴラ-  作者: yutsuki


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第五話 “運命”

「灯弥くん、今日も一緒に帰ろ?」


俺は夜咲とともに今日も帰宅していた。

幸せな時間。この時間がずっと続けばいいのに、そう願っていた。


「ねぇ。今度の土曜日、予定空いてる?」


「うん、空いてるよ。どこか行く?」


「駅前の中央通りに行きたいお店があるの!よかったら付き合ってくれない?」


「いいね、行こう」


お出かけ……いやデートと言ってもいいだろう。

俺が積極的に誘えないことを分かってくれているからか、夜咲から度々誘ってくれる。


誘ってくれる嬉しさ。これを分かっていながら自分から誘えないこのもどかしさ……不甲斐ない。


だが今回もデートに誘ってくれた。

その嬉しさに浸りながら自宅へと向かう。

ちょっとした坂道を下っているとき、後ろから気配がした。


「先輩ですか」


後ろを振り向くと小鳥遊先輩は少し驚いた顔をしていた。


「よく気付いたね」


「鍛錬を重ねていますから。成長の証です」


「そっか。君はいずれカテゴラの頂点に立つかもしれないね」


「いいえ、違いますよ。全ての頂点です。でなければ目的を達することができないので」


「全ての……ね。君ならできるよ、灯弥くん」


ニコリと笑顔になる先輩の姿はとても綺麗だった。


「それで、何か用があって来たんじゃないんですか?」


「用がないと来ちゃ駄目なのかな……?」


「いえ、そんなことないですけど」


「ふふ、用はあるけどね」


「あるんじゃないですか」


「うん、大切なこと伝え忘れてたからね」


「なんですか?」


小鳥遊先輩の表情が一瞬だが曇った。


「全部教えようか。本当は最初に行ったきり集会に参加してない君は知ってはいけないのだけれど」


「はあ。それ、聞いて大丈夫な話ですか?」


「大丈夫じゃないよ。だけど灯弥くんには特別に教えてあげる」


「……はい」


「1週間以内にテロが起きる」


「……はい?!」


テロ……?集会ということは、あの場にいたカテゴラが計画を企てているのか。


「一体……どんなテロを起こすんですか?」


「カテゴラの能力を悪用した、化物の大量発生。それを人が多いどこかで行う」


「………」


「どうしたの?」


化物の大量発生。

聞いただけで想像できる……死体の山ができる事を。

普通であれば人が多く集まる場所、駅や街中などで化物が湧いてくることはない。

負の感情が偏った状態で集まることがないからだ。

だがそれを意図的に行うとすれば——。


「カテゴラには意図的に化物を生み出す能力があるってことですか」


「まあ、そんなところだね。そして人が多い中で負へと感情が傾けば……どうなるか分かるよね」


「ええ。地獄絵図になることは間違いないでしょう」


「そう。だから——」


「灯弥くんはきっと立ち向かうのだろうけど、無理は禁物だよ」


小鳥遊先輩。貴方は——。


その夜、俺は夜咲に電話をした。

内容は言えないため、ただ注意してもらう他ない。


「そんなわけで、最近物騒みたいだから気を付けて。何かあったらすぐ電話してほしい」


「うん、わかった!ありがとね、灯弥くん」


暫くは、できるだけ夜咲の近くにいないと心配だな。

人が多い場所というは曖昧すぎる。

学校でも起こり得るということだからだ。

集会に参加している者たちで企てているということは……。


「タチバナ」


お前も実行するんだろ。

何が“怖い”だ。嘘つきが。


これも目先の利益のためか?

だったら壊してやるよ。そして刑務所に送ってやる。

いや、スペルシアに喰わせるのもいい。

目先しか見てない奴らの計画だ。折角なら俺の長期計画の短縮に活用させてもらおう。


どうせ化物が大量発生すればスペルシアも集まる。

そこで共闘できるとは思っていない。

だが化物を掃討して、タチバナを差し出せば何かしら状況が変わると見込んだ。


——壊す。この対立した構造すべてを。

その先のことはまたその時考えよう。



ーーーーー



土曜日の朝。

朝早く目が覚めた。


そして俺は今日……夜咲に伝えた想いを持ち帰ることにした。

きっとこの想いは空虚へ消えていくのだろう。


俺がカテゴラになってしまった時点でハッピーエンドなんて存在しない。

そして今の関係はお互いの負荷を高めるだけだ。

悲しい。だけど進むための正解はこれしかないだろう。


本当は自分に嘘を吐いているのかもしれない。

本当は不正解で、別に正解があるのかもしれない。

けれど、俺は自分でも分かるほどに不器用だ。

不器用なら不器用なりに選択する他ない。

だとしたらこれは正解であり、運命だ。


そんな複雑な思いを抱えながら、部屋の隅で膝を抱える。

やがて時間は過ぎ、俺は集合場所へと向かった。


「おはよう!」


「やあ、おはよう」


「あれ、どうしたの?少し元気ない?」


「そんなことないよ。早朝に目が覚めて少し眠気があるからかな」


「それならいいけど……無理はしないでね!」


夜咲はいつだって元気をくれる。

相手の小さな変化だって見逃さない。

もちろん、そんなところが好きだ。


「夜咲は……さ」


「千花でいいよ?」


「……わかった」


「千花はさ、誰も動かせない大きな歯車を……誰かが犠牲になって動く引き金になったとしたら」


「うん」


「そしたらその先に明るい未来はあると思う?」


「うーん」


「ごめん、変なこと聞いちゃったよね」


「……引き金になった誰かは勇敢だけど、その人に未来は無いよね。全体で見れば明るくなるかもしれないけど、その人の周りは暗くなるよ」


「それでも、誰かがやらなくちゃいけないとしたら」


「ねぇ」


夜咲……いや千花が俺の手を握る。


「どこにも行かないで。そんなの嫌だよ」


俺は——。

千花の手を握り返すことができなかった。


少し暗い雰囲気を変えるため、俺たちは近くの喫茶店で休憩し買い物に行くことにした。


「これ、ずっと探してた猫シリーズの最新グッズなの!」


「どう?この服似合うかな?」


「お、灯弥くんにはこれが似合いそうだね!」


「この商品便利なんだよ〜!」


ひたすら千花の買い物に付き合っていた。

店に寄る度に見せる笑顔は何度見ても飽きない。


「灯弥くん、見て!」


ペットショップに来ていた。

白猫がゴロゴロ転がりながら千花のほうを見ている。

ふと白猫の目線が俺と合うが、どこか警戒した様子で小さな小屋に戻ってしまった。

しかし小屋からこちらの様子を伺っているようだ。

その瞳にはまるで俺に怒りをぶつけるかのような鋭い感情が宿っていた。


気が付けば夕刻に差し掛かっていた。

土曜の街中は人の往来が多く、俺と千花は自然と手を繋いでいた。


「今日も楽しかったね!」


「あぁ、とっても楽しかった」


「うん!」


「千花。ちょっといいかな」


「どうしたの?」


「実はさ、伝えたいことがあって。いいかな?」


「うん、いいよ」


「しばらく前の告白の件なんだけど……その……さ。やっぱり……」


「うん」


そのとき、近くで悲鳴が聞こえた。

俺も千花も周りにいた人々全てが驚いた顔で悲鳴があった方へと顔を向ける。


「ば、バケモノだ!」


「キャー!!」


突如広がる叫び声。そして止まぬ悲鳴。

嫌な予感がした。


——1週間以内にテロが起きる。


小鳥遊先輩の言葉。これが今、目の前で起きたとしたら。


咄嗟に千花の手を取り、悲鳴が起きた地点から走り去る。


「灯弥くん……!?」


後ろから千花の声が聞こえるが、振り向いている暇はない。

必死に走って向かう先は千花の家だ。


「はぁ……はぁ……」


気付けば街からはかなり遠ざかっていた。


「ねぇ灯弥くん、さっきのって……」


「走らせてごめん、千花。少し見えたけど、事件が起きてたんだ。だからすぐ逃げないと危なかった」


「そうだよね、ありがとう」


「一緒にいるときでよかった、本当に」


「うん、灯弥くんがいなかったら動けなかったと思う」


一息ついて、俺は悩んでいた。

街中に戻らなくちゃいけない。

きっと今この瞬間もたくさんの人が化物に襲われているに違いない。


「街にいた人たち大丈夫かな……?」


「大丈夫。きっと治安維持組織が動くさ」


「だといいけど……」


「千花、家の中でゆっくり休むんだ。鍵をちゃんとかけてね、家族以外は入れちゃ駄目だから」


「灯弥くんはどうするの?」


「俺は一回家に戻るよ。大丈夫、また戻ってくるから」


千花が俺の袖をギュッと掴む。


「嘘だよ」


「嘘じゃない、ちゃんと戻ってくるから」


「一緒にいてよ。駄目なの?」


「あぁ。すぐ戻ってくるから」


「絶対だよ?約束だよ?」


「うん、約束する」


千花が家に入るのを見届けたあと、街へ戻るため踵を返す。


悲鳴が起きた地点に戻る道中も既に悲惨だった。

襲われ見るも無惨な光景に思わずたじろぐ。

だがここで止まるわけにはいかない。

あちこちにいる化物を倒しては道を進む。

進めば進むほど化物と倒れた人々の数は増え、道に染まる朱殷は広くなっていく。


やがて悲鳴が起きた地点のすぐ近くまで進むことができた。

ここに来るまでも無視をしていたが、戦っている人たちがいる。


——スペルシアか。


だがそんなことはどうでもいい。

今は一刻も早く化物を掃討しなければいけない。これ以上の犠牲者を出してはいけない。


尻餅をついているスペルシアに襲いかかる化物を弾き飛ばしながら俺は次々と化物を喰らっていく。


一体。また一体。

日々の鍛錬から学んだ戦術を確実に活かせていた。

街中をぐるぐると走り回る。

倒す直前には次の化物へと目標を定める。

高速移動で飛び回るその姿は誰が見ても気味が悪いだろう。


——100体は討伐しただろうか。

いくら鍛錬を積んでいてもこの数を相手するのは大きく体力を消耗した。

化物の数もかなり減ってきたところでスペルシアの話し声を聞く余裕が出てきた。


「なあ、あれカテゴラだよな?」


「どうする?」


周りはスペルシアだらけだ。

ここで俺がターゲットにされた場合の勝率はかなり低い。


残りの化物の数からしてもスペルシアが捌ききれるだろう。

そう判断して俺は街中から離脱することにした。


後ろから呼び止める声が聞こえるが全力で振り切る。

速さなら負けない。負けるはずがない。


こうして追われていないと確信できるエリアまで進むことができた。

高すぎる心拍数を落ち着かせるため、ゆっくりと歩く。

ふと見上げた先にある夕焼けが不快だった。


そのとき、嫌な感覚を覚えた。

化物の臭い。

千花の家がある方面だ。


歩きを早め、走り出す。

不安と焦燥に駆られる。


自然発生であればよいが、今日はそんな楽観視する余裕などない。

何より千花の家がある方面というのが心配だ。


走りながらスマホを取り出し電話をかけようとしたが、画面がつかなかった。

チッ!

心の中で舌打ちをしながらひたすら走り続ける。


カテゴラの力を調整しながらすぐに千花の家に到着した。

家に破損はなく、庭の近くに化物が7体湧いていた。


この程度なら今の体力でも余裕で片付けることができる。

一体。二体。三、四——。

六体目を倒しきったその時、七体目が消滅した。


咄嗟に消滅地点から距離を取る。


そこには人が立っていた。

その姿は見覚えのある人物。

高身長で整った顔立ち。


「カミヅキさん」


「ターゲットを確認。目標は戌、Urgent対象」


カミヅキはインカムに向かって報告をしている。


「了解。ACPSb-17fを使用し実験データを収集しろ」


「この対カテゴラ用戦術太刀……ですか」


「そうだ。貴様ならACPSb-17fを十分に扱うことができるだろう。目標を討伐しろ」


「……了」


カミヅキがインカムから手を放した。

ただ黙ってこちらを見ている。


「貴方なら対話ができるはず……まずは話し合いませんか?」


話しかけても返答はない。


「カミヅキさん……!!」


「君は……」


ポツリと呟くようにカミヅキの口が開いた。


「君はカテゴラだったんだね」


「………」


「まさか、君が例の戌だったとはね」


「貴方も……スペルシアだったなんて」


「それが何を意味するか解るだろう?」


「……はい」


カミヅキは素早く横に動き出した。

身構えていた俺も合わせるように後ろに下がり回避に徹する。


そしてカミヅキは得体のしれない武器を構えると、その場で大きく薙ぐ。

その動作から出される攻撃を予測するのが一瞬遅れた。

俺は跳ねるように左に大きく回避すると、先ほどまでいた場所は衝撃波で抉れていた。


そして、俺の右肩に衝撃波が少し掠め出血していた。


距離を取ったら負ける。

だから今は懐に潜り込むのが得策だ。

移動なら俺の得意分野だ。

斜めに移動しながら最短距離で接近できるルートを選ぶ。


カミヅキの持つ太刀は全身で振るように扱わなければ衝撃波は飛ばせないようで、俺の移動速度に合わせて構えることしかできていなかった。


そして俺はその太刀に向かって思い切り咬み付いた。

さらに手で地面に向けて体重をかけた。


「貴方なら……!理解してくれると思っていたのに……!!」


「………」


「結局はカテゴラであること自体が悪で、俺も化物だと認識されているんですね!」


「それは違う…!!」


「それなら何故……!!!」


太刀を持ち上げようとするカミヅキと、太刀を押さえつける力勝負。


「……もしカテゴラと知っていてもっと前から会っていれば君とは親友になれたかもしれない」


「タラレバなんて!」


「いや!君とは今も親友だ!しかし……スペルシアとして命令に背く訳にはいかないんだよ!」


「結局、貴方も……誰も変わろうとしない!それじゃ永遠に平穏なんて訪れないんだ……!!」


カミヅキの力がグっと強くなる。


「それなら俺を殺してみせろ、灯弥くん。その覚悟が君にはあるんだろう!」


徐々に太刀が地面から浮いてくる。


「グゥッ!」


俺の押さえる力はどんどん弱くなり、カミヅキは太刀を取り戻した。

それと同時に構える姿勢が見え、回避行動を取るしかなかった。


再び距離が開いた。

すかさず太刀は振られる。


その時、後ろから声がした。


「化物!?」


この声は……千花だ。

そして俺の行動が一瞬だが遅れた。


このまま避けても負傷は確定している。

そして、避けても避けなくても衝撃波の範囲は千花を覆っているだろう。


——ならば。


俺は避けることを止め、後ろに向かって全力で駆ける。

驚く千花を抱き寄せながら地面に倒れ込んだ。


キーンと鳴る音で一時的に耳が聞こえなかった。

とにかく背中が熱い。


顔を上げると千花が何か大声で話しかけてきているのが分かる。

よかった。無事みたいだ。


しかし、おかしいな。

体に力は入らず立ち上がることができない。


やがて耳が聞こえるようになる。


「……やくん!灯弥くん!!」


千花は動けない俺をゆっくりと動かし、壁にもたれかかるようにしてくれた。


「千花……無事でよか……」


口の中が血だらけでうまく喋れない。どうしたものか。


「灯弥くん、無理に喋らないで。動くのも駄目だよ」


「どうし……て」


もはや自分がどうなっているのか分からない。

ただ千花の目には涙が浮かんでいた。


「いいから……あのね、聞いてほしいの」


駄目だ。俺が今すぐ伝えたいことがある。

今じゃないと駄目だ。そんな気がしてる。


「千花……本当に」


「灯弥くん!私はね、灯弥くんのこと」


「好きだ」


「好きなの」


あぁ。

この言葉が言えてよかった。

その言葉が聞けてよかった。


こんなにもそばに居てくれたんだ。

でも、その言葉を聞くまで不安だった。

もしかしたら俺の勘違いかもしれないって。


だから——。


「ありがとう」


視界が次第に曇り始める。

きっと出血が止まらないのだろう。


千花は手を握ってくれたが、その感覚も遠ざかっていく。

まるで自分が自分を着ているかのように感覚が分離する。

しかし何故だろう。

不思議と今まで抱えていた不安は消え、見えない希望を感じる。


ザッと土を踏む足音が聞こえる。

顔を上げる力はない。

だが目の前にカミヅキがいることは分かった。


「目標は瀕死。戦闘終了」


「終了を拒否。とどめを刺せ」


「しかし、大量出血によりまもなく死に至ります。何より一般人が近いため、これ以上の攻撃は不要と判断します」


「命令だ。確実に殺せ」


「……了」


カミヅキは通信を終えるとまた一歩近付いてきた。


「ぐ……、あ……」


俺は既に喋ることすらまともにできなかった。

千花が俺を守るように抱き寄せる。


「灯弥くん、俺は君のとどめを刺さない」


「……」


「初めてだ、命令に背くのは。でも俺にその引き金を引かせたのは紛れもなく君だ」


「………」


「君は強かった。君なら本当に実現できたかもしれない……だから、俺が君の意思を継ごう。約束する」


この状況でそんなことを言われたら、信じるしかない。

万全な自分なら……カミヅキに勝てたかもしれない。

でも、これも運命だ。

照内灯弥の寿命はここまでだった、それだけのこと。


ふと目尻から涙が零れ落ちる。

こんなにも温かい気持ちで溢れているのに、死ぬのが嫌で……寂しい。


最後の力を振り絞って、千花を抱きしめようと背中に腕を回した。


——世界中の何よりも君が大好きだ。

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