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第四話 十回目の蛍

川の上には、淡い光が浮かんでいた。

揺れるたびに、水面と草むらの境目がゆっくりほどけていく。


「……十回目、なんだよね」

桜久の声は小さかった。

隣で立つ深雪は、ホタルの光を目で追ったまま頷く。


「そだよ」


「でも去年は……見てなかった」

その年、桜久の祖父は寝込んでいて、外に出ることすらできなかった。

ホタルを見に来ることもなかった。

川の音だけが、間に落ちるように続く。


深雪は少しだけ視線を上げる。

「見てなくても、十回目だよ」


桜久はすぐに返せない。

胸の奥に、言葉にならない引っかかりが残る。


「意味、わかんない」

深雪は笑わなかった。

ただ川の方を見たまま言う。


「続いてるから」

ホタルが一匹、桜久の視界を横切って消えた。

草の奥へ落ちるように、光がほどける。


「間が空いてもさ、抜けてもさ」

深雪の声は静かだった。

「全部まとめて、一つの流れでしょ」

桜久は目を伏せる。


「僕の時間は、止まったままだよ」

深雪はすぐには答えなかった。

川の方を見たまま、しばらく黙っている。

それから、真顔のまま言った。


「止まってないよ」


「サクは、そう思ってるだけ」


「馬鹿だから。」

ホタルの光が、さっきより少し増えた。

水面の上に、小さな点が連なっていく。

桜久は何も言えない。

遠くで、かすかな音が混ざった気がした。

太鼓とも笛ともつかない、祭りの練習。

深雪はそれに気づかないまま、ただ川を見ている。

桜久はゆっくりと顔を上げた。

光は消えていない。

ただ、流れ続けているだけだった。

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