第五話 時の歩み
ホタルは、一昨年よりも少なかった。
川の上に浮かぶ光が、まばらになっている。
去年より確実に減っているのに、理由は誰にもわからないままだった。
「……少なくなってるな」
桜久がぽつりと言う。
深雪は川の方を見たまま、小さく頷いた。
「うん」
光が一つ、草の奥へ消える。
「去年は見てないから、余計わかんないけど」
桜久は視線を落とす。
「なんか……変わっちゃうよね。」
言葉にすると、余計に胸の奥がざわついた。
ホタルも、川も、じいちゃんも…。
気づいたときには、もう一年前と同じではない。
「置いてかれてる気がする?」
深雪がちらりと桜久を見る。
「サクが?」
「うん」
川の音だけが続く。
しばらくして、深雪は小さく息を吐いた。
「……うちさ」
その声は、少しだけ今までと違っていた。
「両親、離婚するんだよね」
「えっ…。」
混乱する桜久。
「母さんと暮らすことになると思う」
ホタルの光が一つ、揺れて消える。
「だからさ、たぶん……ここにも、あんまり来なくなる」
桜久は深雪を見た。
深雪は笑っていた。
いつもの笑い方のはずなのに、どこか薄い。
「サクとホタル見るのも、今年が最後かもね」
その言葉が、川の音よりも静かに落ちた。
桜久は喉の奥が詰まる。
「……そういうの、急すぎるだろ」
「そんなもんだよ」
深雪はあっさり言った。
それから、少しだけ間を置いて続ける。
「でもさ、仕方ないじゃん」
ホタルが、ゆっくりと増え始める。
増えているのに、なぜか遠く感じた。
桜久は拳を握る。
「じいちゃんの時もそうだった」
声が少しだけ震える。
「気づいたらいなくなってて……」
深雪は桜久を見た。
今度は、ちゃんと見た。
「サク!」
少し大きな声で呼びかけた深雪。
「サク、私が見えてる?」
桜久は息を止める。
深雪は少しだけ笑った。
さっきよりも、ほんの少しだけ自然な笑い方だった。
「だからさ。また会えるよね」
桜久はすぐには答えられない。
川の上で、ホタルが一斉に揺れた。
光の数が、少しだけ増えた気がした。
深雪はそれを見ながら、何事もなかったように言う。
「ほら、まだ終わってないし」
桜久はその横顔を見た。
幼なじみだ。
だからわかる。
今の笑いは、いつものそれとは違う。
それでも深雪は、川の光から目を逸らさなかった。




