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d+d【先行公開版】  作者: Hilde
【先行公開版】第三章 戦闘 - Battles -

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バグダード - Baghdad - 4

◯アッバース国・首都直轄州・バグダード市・バグダード城壁・東門・隊長室(翌日・早朝)


東門守備隊長と東門守備隊副官、請願者たちがテーブルを囲んでいる。


請願者たち──商人組合長、市場監督官、イマームは、守備隊長を説得できぬまま夜を明かし、憔悴して項垂れている。

守備隊長は、一睡もせず、腕を組んでいる。テーブルの上には、勅命の巻物が置かれている。

副官は、イスマイールの書簡の切れ端を手元で弄んでいる。


部屋の外から、ドアがノックされる。

副官がドアを開けに行く。


息を切らせた見張りの兵が、慌ただしく入室する。

「報告いたします!

門前にホラーサーン軍、およそ1万!

その上空に…その…、魔神(ジン)が…4体…!

1体は、小さな子供を抱えております!」


守備隊長、立ち上がる。

「ムーサ総督だ…!」


見張りの兵「ホラーサーン軍の使者が、取り次ぎを求めております。

門楼までお越し下さい」



◯東門・門楼


守備隊長と副官、門楼に上がる。

城壁上では、既に配置についている銃兵と砲兵が、ホラーサーン軍の動きを注視している。


門楼から見下ろすと、薄い朝霧の中、環濠の向こうに一騎の使者が立っている。

その後方に、ターヒル将軍とイスマイール。

さらに後方には、軽騎兵が整然と並ぶ。

騎兵の間に配置された野砲の砲身が、朝日に照らされ鈍く光っている。


その上空には、白い長衣をはためかせている4人の仙道士たち。

その1人は、猿ぐつわを噛まされ、縄で縛られた総督ムーサを抱えている。


守備隊長、使者に向かって叫ぶ。

「私が門を預かる者だ!」


使者「イスマイール殿下の言葉をお伝えする!


ホラーサーン軍は、

市民の安全と財産を保証する。

市場の秩序を維持する。

降伏した兵は罪に問わぬ。

ムーサ殿下もご無事である。


イスマイール殿下は、無益な流血を望まぬ!

門を開けよ!」


守備隊長「私は、門を開ける権限を持たぬ!」


使者「バグダードを戦火に(さら)すおつもりか!」


守備隊長「私は勅命に従うのみ!」


守備隊長、(きびす)を返し、階段を降りていく。


副官、門楼から東方を一瞬見渡してから、守備隊長の後を追う。


副官、呟く。

「…市街地も農地も荒らされていない…」



◯東門・門前・イスマイール軍


イスマイール、どこか満足気に言う。

「職務に忠実な者だ」


ターヒル「…こちらとしては、やりにくい相手ですな。

──砲撃を開始しますか?」


イスマイール「…いや、しばらく待とう」


イスマイール、固く閉ざされた東門を見つめ、ゆっくりと城壁を見上げる。

「〝平安の都〟マディーナ・アッ=サラーム──

俺とラフィの喧嘩ごときで、この美しく豊かな円城都市を破壊したくない」


ターヒル将軍、太い腕を組む。

「後は…他の者共が動くかどうか…」



◯東門・隊長室


戻った守備隊長、請願者たちに告げる。

「間もなく、ホラーサーン軍の攻撃が始まる。

今のうちに、速やかにお帰りください」


商人組合長、悲鳴のように叫ぶ。

「守備隊長殿ー!!」

真っ青になって、守備隊長に取り(すが)る。


商人組合長「戦になれば、商品が全て燃えてしまいます! 全て!

市場が壊滅しますぞ!!」


市場監督官「市場の秩序は限界です。戦になれば、暴動へ発展しかねません」


イマーム「人々が血を流すようなことは避けるべきです」


守備隊長「私とて市民を見捨てるつもりはない。

だが、私はカリフの勅命を受けている」


市場監督官が立ち上がる。

「…私は、市民の窮状を何度も宮廷に訴えました。

しかし、有効な手立ては示されませんでした。

今も宮廷軍は現れておりません。

私には、もはや宮廷が市民を救う術を持っているようには見えません」


しん、となる。


イマーム「守備隊長殿は、カリフ陛下よりこの門を預かるお立場。その責務が重いことは、私も理解しております。

ですが、市民を救うために門を開くことが、直ちに反逆になると私は考えません。

無益な流血を避けることは、神の御心に適うものであります」


市場監督官「戦になれば、城外の市民が犠牲になります。

今や、市民を戦火から救えるのは、守備隊長殿だけです」


守備隊長「しかし…」

部屋の中を、せわしなく歩き回る。


それまで黙っていた副官が、静かに口を開く。

「──隊長、私の意見を申し上げても?」


守備隊長、立ち止まる。


副官「ムーサ総督を安全に宮廷へ帰還させる策ですが──何度検討しても、一つの解に行き着いてしまいます」


守備隊長「…その解とは?」


副官「──ホラーサーン軍に、ムーサ総督を黄金門宮へお連れさせること」


守備隊長「それは──! 開門するということではないか!」


副官「はい」


守備隊長「カリフは命に代えても門を守れとお命じなのだ!」


副官「はい。

ですが、ここでホラーサーン軍と干戈(かんか)を交えても、我々は負けます」


皆が、副官を見る。


副官「城壁は堅固です。

しかし、兵の士気が著しく低い。

ホラーサーン軍は〝魔神(ジン)〟に守られており、砲撃さえ届かない。

ムーサ総督を無傷で奪還することも不可能でしょう。


何より、この戦には、大義がない。


大義なき戦で、無益な血が流れ、都が荒廃する──」


副官、懐からイスマイールの書簡の切れ端を取り出し、守備隊長に差し出す。

「ならば、私は──皇太子殿下に賭けてみたい」


守備隊長、差し出された書簡の切れ端と、テーブルの勅命の巻物とを見比べる。


ゆっくりと、窓の外へ目を向ける。

住宅街と市場には炊事の煙が立ち、人々は日常の営みを始めている。

──ホラーサーン()軍が到着しているというのに。


脳裏に、ビラの一節がよぎる。

『汝らの家を傷つけず、財産を奪わず、血を流さぬことを神に誓う』


続いて、仙道士の声が(よみがえ)る。

「イスマイール殿下は、アッバースの民の安全を常に考えてイル」


守備隊長、力が抜けたように椅子へ腰を下ろす。

「…門を守ることが、都を守る唯一の道だと──そう信じていた」

勅命の巻物を見つめる。

「…それが、この都を戦火に巻き込もうとはな…」


額に手を当てうつむく。

「カリフの勅命に逆らって…、都を守り、市民を守り、ムーサ総督を守り…」

口を歪め、自嘲する。

「──その果てに…背命した反逆者として処刑されるか」


イマーム「ならば我らも共に裁きを受けましょう」


副官「私もお供します」


守備隊長、副官を見上げる。


副官、微笑む。

「宮廷に罪を問われたら、ムーサ総督を盾に取られたとでも弁明しましょう。恩赦もあるやもしれません」


守備隊長、かすかに笑みを返す。

「…お前の策に乗ろう…」


皆が見つめる中、守備隊長、立ち上がる。



◯東門・門前


ギガガガ…ガラン


門の内側で、巨大な閂が外される音が響く。


イスマイール軍が固唾を呑んで見つめる中、



ギギギギギィ…



巨大な鉄の門が──ゆっくり開け放たれる。

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