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d+d【先行公開版】  作者: Hilde
【先行公開版】第三章 戦闘 - Battles -

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バグダード - Baghdad - 2

◯アッバース国・首都直轄州・バグダード市・バグダード円城外・カルフ地区・南部・市場(スーク)(数日後・午前)


パン屋の前に長蛇の列ができている。


買い物客1「もう残ってないのか?」


パン屋「今日の分はここまでだ!」


買い物客2「まだ昼前だぞ!」


買い物客3「値段を釣り上げた上に、出し惜しみか!?」


パン屋「小麦が入ってこねえんだ!」


買い物客4「散々待たせて、それかよ!」


買い物客5「ふざけるな!」


並んでいた客から、不満の声が次々と上がる。



◯バグダード市・バグダード円城外・東岸ルサファ地区


円城から東、バグダード市を流れる大河の東岸に広がる市民の生活圏、ルサファ地区。

モスクを中心に市場や住宅街が連なり、その周辺には農地が続いている。


東の地平線から、騎兵隊がホラーサーン街道を駆けてくる。

隊列は乱れ、兵の顔色も悪い。


父親の畑仕事を手伝っていた男の子が、騎兵隊を指さす。

「お父さん、兵隊さんだよ。僕たちを守ってくれるの?」


父「…あれは、戦に敗れて逃げてきた兵たちだ」


騎兵隊、円城に向かって一目散に駆けていく。



◯バグダード市・黄金門宮・外廷・宰相府(午後)


泥と汗にまみれたマルワーン司令官が、ファドル宰相の前に膝をつく。

「申し上げます。

レイにて、ホラーサーン軍と交戦。

仙道士の魔法により、砲撃・銃撃ともに効果なし。

軍は壊走。

ホラーサーン軍は、バグダードへ進軍中。

数日のうちに円城へ達するものと思われます」


ファドル「…迎撃の軍は出せぬのか?」


マルワーン、頭を低くする。

「…レイで壊走した兵が、未だ再集結しとりません」


ファドル「…近衛軍と守備隊がおるではないか!?」


マルワーン、さらに身を縮める。

「…恐れながら、近衛軍と守備隊を合わせても、ホラーサーン軍は止められぬでしょう…」


ファドル宰相、しばし沈黙した後、口を開く。

「ムーサ殿下は、今も敵の手中か」


マルワーン「はっ」


ファドル「御母后陛下は、ムーサ殿下が捕らわれたことに心を痛めておられる。

何としてもお救い申し上げねばならん」


マルワーン司令官、沈痛な面持ちで頭を垂れる。


ファドル「ホラーサーン軍を円城へ入れるわけにはいかぬ。

ムーサ殿下も、一刻も早く救出せねばならん」


マルワーン「……」


ファドル宰相、側近へ向き直る。

「書記官を呼べ。

直ちに勅令を起草させる」



◯バグダード市・バグダード城壁・東門・門楼(夕方)


東門守備隊長が門楼の壁に寄りかかり、東の地平線を見つめている。


東から通じるホラーサーン街道は、城壁を取り囲む環濠に遮られる。

門へ至るには橋を渡り、狭い門前を突破するしかない。

第一の門を抜けても、第二の城壁と門が行く手を阻む。

城壁上には銃兵と砲兵が並び、さらに二重の城壁に挟まれた空間には騎兵も待機している。


守備隊長(…環濠円城の守りは完璧だ)


風に乗って、城壁を巡回する守備兵の会話が聞こえてくる。


守備兵1「こんな時期に東門配備なんて、貧乏くじ引いちまった」


守備兵2「俺なんか、先週子供が生まれたばっかだぞ」


守備兵3、声をひそめる。

「この前のビラさ、あっという間に回収されちまったけど、読んだ奴が居るんだよ。

『お前たちが攻撃しなければ、こっちも攻撃しない』と書いてあったんだと」


守備兵2「それ本当か!?」


守備兵1「そもそもさ、カリフが先代カリフの協定を破ったのが原因だろ?

俺ら、とばっちりだよな」


守備隊長、守備兵たちを見下ろす。

階段を上がってきた東門守備隊副官も足を止める。


守備隊長「…聞こえたか」


副官、一瞬だけ守備兵たちへ視線を向け、

「宮廷より使者が参りました」


ほどなくして、漆黒の外套を羽織った使者が階段を上がってくる。


使者、守備隊長の前で立ち止まる。

「東門守備隊長殿に、カリフ陛下の勅命をお届けする」


革筒から巻紙を取り出す。

封泥にカリフの印章(ハータム)が押されている。


守備隊長、膝をつき、両手で受け取る。


使者、周囲の守備兵たちを見回し、写しを読み上げる。

「カリフ・ラフィ陛下の勅命である。


『ホラーサーン門を堅守せよ。

敵軍を一歩たりとも城内に入れることなかれ。

併せて、ムーサ総督の救出に努めよ。

諸隊は望楼および城壁を死守し、持ち場を離れることを禁ず。

命に代えても門を守れ』」


守備隊長、副官、守備兵たちが頭を垂れる。


守備隊長「──確かに承りました」



◯バグダード市・バグダード円城外・カルフ地区・南部・倉庫街(日替わり)


穀物商の焼きレンガ造りの大倉庫を、大勢の市民が取り囲んでいる。


市民1「小麦を売ってくれ!」


市民2「どっかに隠してんだろ!?」


警備にあたっている従業員たちが叫ぶ。

「こちらでは、販売していません!

市場の店舗へお問い合わせください!」


市民3「店の棚がカラだから、こっちに来てんだろが!」


市民4「子供が腹を空かせてるんだ! 早く出せよ!」


石が飛ぶ。


従業員の一人に当たり、額から血が流れる。


警吏を従えた市場監督官(ムフタスィブ)が走ってくる。

「何をしている! 解散せよ!」


市民5「市場監督官だ! 逃げろ!」


市民6「警吏も居るぞ!」


蜘蛛の子を散らすように逃げ出した市民を、警吏たちが追う。


市場監督官、額を押さえてうずくまる従業員に駆け寄る。

「大丈夫か!?」


従業員「…他の商人の倉庫も、襲われています。

皆、飢えて気が立っているんです。

このままじゃ、暴動になりますよ」


市場監督官、苦々しく返す。

「…私も、宮廷に何度も訴えているが…。

『在庫が急に無くなるはずがない。流通の目詰まりを解消して調整せよ』との返答しかない」


従業員「開戦の噂で隊商が止まってるから、モノが無くなって当然なんです!」


従業員、すがるように尋ねる。

「監督官殿、皇太子殿下のビラは…本当ですか?

『ホラーサーン軍は、略奪や危害を加えない』って書いてありました。

抵抗せずに門を開ければ、市場はこれ以上被害を受けずに済みますか…?」


市場監督官、周囲を見回す。

「…滅多なことを言うな」



◯カルフ地区・南部・市場(スーク)付近の住宅街・市場監督官(ムフタスィブ)宅(夕方)


市場監督官、市場からほど近い自宅に帰宅する。


玄関をくぐり、水盤のある中庭を通り抜け、居間に向かう──途中で、ぼんやりとした白い人影が目に入る。


市場監督官「!?」


中庭の中空に、白い長衣の男が浮かんでいる。


市場監督官、自分の目をこする。


白い長衣の男、片言のフスハー語で、尋ねる。

「市場監督官カ?」


市場監督官、声も出せずにうなずく。


白い長衣の男、イスマイールの書簡を差し出す。

「イスマイール殿下ハ、市場ノ秩序ノ回復ヲ約束スル。

ホラーサーン軍ガ入城スレバ、流通ハ速ヤカニ再開スルダロウ」


市場監督官、書簡を受け取ったまま、動けない。


白い長衣の男、掻き消える。

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