バグダード - Baghdad - 1
◯アッバース国・首都直轄州・バグダード市・バグダード円城外・西門付近(日替わり)
正円の城壁に護られた〝平安の都〟バグダード市。
その城壁に設けられた4つの門の西門、シャーム門。
その門から、荷馬車が続々と出ていく。
荷台には、大きな衣装箱や高価な絨毯が積み込まれ、
武装した護衛が周囲を固めている。
市民1「ほら見ろ、また高官の奥方が西へ逃げていく」
市民2「あの噂は本当なのか? カリフの軍が負けたっていう」
市民3「レイから急使が来たらしいからな」
空から白いものがヒラヒラと、いくつも舞い落ちてくる。
市民1「何だ? こりゃ」
拾い上げると、フスハー語の文面が記されている。
市民1「誰かの手紙か? お前、読めるか?」
市民2「いや。イマーム様のところに持って行こう」
◯バグダード市・バグダード円城外・カルフ地区・南部・市場
円城の外に広がる市民の生活圏、カルフ地区。
モスクを中心に市場や病院が充実し、住民や商人、職人たちの住居が密集している。
南部最大の市場では、日除けで覆われた通りが幾筋も伸びる。
通路の両側には多種多様な店が軒を連ね、多国籍の商人や買い物客でごった返している。
買い物客「おやじ、小麦を2袋くれ」
店主「2袋? 昨日も買っていただろう」
買い物客「あと、その干しナツメヤシも全部」
店主「おいおい、買い溜めか?」
買い物客「念のためな」
◯市場・入口
市場の入口周辺に、空から白いものが次々と舞い落ちてくる。
通りかかった商人「何だ? こりゃ」
拾い上げると、何やら文章が書かれている。
◯バグダード市・バグダード城壁・東門
円城都市バグダードの城壁に設けられた4つの門の東門、ホラーサーン門。
帝国東方へ通じるホラーサーン街道の起点であり、東方から都へ至る者は必ずこの門を通る。
分厚い石造りの城壁に守られた正門で、左右には重厚な望楼がそびえ、城壁上には射撃陣地が並ぶ。
「守りを固めろ!」
東門守備隊長が号令をかけ、慌ただしく防衛準備が進められている。
守備兵1「ホラーサーン軍は魔神に守られてるってさ」
守備兵2「魔神だぁ? 嘘くせぇ」
守備兵1「だが、砲撃が効かなかったんだとよ」
◯東門・望楼
空から白いものがヒラヒラと、いくつも舞い落ちてくる。
見張りの兵が拾い上げる。
「何だ? こりゃ」
見張りの兵、守備隊長に報告に走る。
ビラを受け取った守備隊長、文書に目を走らせる。
『
バグダードの民よ、勇敢なる宮廷軍の戦士たちよ、
我はイスマイール・イブン・ハーリド・アル=シャリーフなり。
我が目的はただ一つ。
先帝ハーリド・アル=シャリーフが定めた協定を回復し、アッバースの団結を取り戻すこと。
我は弟ラフィを討つために上るのではない。
協定を破り、帝国を争乱へ導いた者たちの過ちを正すために上るのである。
バグダードの民よ、恐れるな!
ホラーサーン軍は、汝らの家を傷つけず、財産を奪わず、血を流さぬことを神に誓う。我らは略奪者ではなく和解の使者だ。
宮廷軍の戦士たちよ、剣を収めよ!
汝らが攻撃せぬ限り、我らも剣を抜かぬ。汝らも、我らも、同じアッバースの民。共に手を携え、帝国の分裂を終わらせよう。
民よ、戦士よ、和平への道を開け!
我はただホラーサーン門を通り、協定の履行を求めるのみ。
帝国は争いによってでなく、団結と繁栄によって強くなる。
アッバースの旗を再び一つにしよう。
神の導きがあらんことを!
』
◯バグダード市・バグダード円城外・カルフ地区・南部・隊商宿(日替わり)
市場に隣接する隊商宿で、商人組合の会合が密かに開かれている。
穀物商である商人組合長が切り出す。
「隊商からの情報を総合すると、ホラーサーン軍の進軍速度が予想より速い」
油商「現在、大量発注をかけているが、間に合わなければ在庫が枯渇する恐れがある」
乾物商「買い溜めをする客が出始めている。
大勢の市民が買い溜めに走れば、店の棚はすぐ空になるぞ」
香辛料商「店に品物が無くなったら…倉庫に押し寄せるだろうな」
鉄器商「打ちこわしや、暴動もあるかもしれん…」
織物商「その上、ホラーサーン軍が来たらどうなる?
戦火で店や倉庫が燃えたら、破産だ」
宝石商「貴族方は財産を隠し始めている。
皇太子殿下のビラには、ホラーサーン軍は略奪しないと書いてあるが…」
軍馬商、首を振る。
「ホラーサーン軍が略奪せずとも、宮廷が兵糧や馬を徴発すれば同じことだ」
◯カルフ地区・南部・倉庫街
会合を終えた商人組合長、在庫確認のために倉庫街へ向かう。
裏通りの暗い路地に差し掛かった途端、頭上からふわりと白い人影が降りてくる。
商人組合長「ヒッ!」
思わず飛び退く。
中空に、白い長衣の男が浮かんでいる。
商人組合長、腰を抜かす。
「ジ…ジジ…魔神…!」
白い長衣の男、宙に浮かんだまま、片言のフスハー語で、尋ねる。
「商人組合長カ?」
商人組合長「は…はいぃ」
白い長衣の男、イスマイールの書簡を差し出す。
「イスマイール殿下ハ、略奪ヲ禁ジ、商人ノ財ヲ保護スル。
商人ナラ、戦ト開城、ドチラガ得カ判ルダロウ」
商人組合長の足元へ書簡を落とし、
白い長衣の男、掻き消える。




