レイの戦い - Battle of Ray -
◯アッバース国・ジバール州・レイ市・近郊の平野
この世界最大の大陸、アルテラシア大陸。その中東に位置する大帝国、アッバース国。
その東西を貫くホラーサーン街道の要衝、レイ市。
その近郊の平野を、イスマイール軍がバグダードを目指して疾走している。
軍勢の上空には、白い長衣をはためかせた4人の仙道士が、同じ速度で飛行する。
その1人は、猿ぐつわを噛まされ、縄で縛られた総督ムーサを抱えている。
先頭を駆けるターヒル将軍が、イスマイールに叫ぶ。
「レイは要衝です。バグダードの軍との接触も間もなくかと」
仙道士隊長、高度を落とし、イスマイールに並走して報告する。
「殿下、前方に敵軍ヲ確認。
我が軍の4倍規模デス」
イスマイール、うなずく。
「各々、打ち合わせ通りに」
ターヒル「はっ」
仙道士隊長「御意」
✕ ✕ ✕
どこまでも広がる平坦な平原で、ラフィ軍4万とイスマイール軍1万が対峙する。
ラフィ軍は、地平線まで埋め尽くすかのような大軍勢。
戦列歩兵が銃を構えて壁のように並び、その背後の騎兵の兜がギラギラと陽光を反射する。
後方では砲兵隊が砲口を向け、合図を待っている。
対するイスマイール軍は、ターヒル将軍とイスマイールが先頭に立ち、後方に軽騎兵が控える。
ターヒル「殿下、参ります」
イスマイール「頼んだぞ」
ターヒル将軍、旗下20騎を従えて前へ出る。
その頭上には、ムーサを抱えた仙道士副隊長が、静かに浮遊する。
中空に浮かぶ仙道士を見たラフィ軍にざわめきが広がる。
兵士1「見ろ! 宙に浮いてるぞ!」
兵士2「あの白い者は、魔神か?」
ターヒル将軍、低く太い声を響かせる。
「ムーサ殿下は、この通りご無事だ。
我らは流血を望まぬ。
求めるは、イスマイール殿下の総督職の保証と、先代カリフの協定遵守のみ。
軍を退け。バグダードへの道を開けよ」
ラフィ軍から、司令官マルワーン・イブン・イーサーが、配下の将軍たちと共に前へ進む。
先代カリフから仕える血の気の多い老将である。
「反逆者の言い分には耳を貸さぬ。
我らは、カリフより逆賊討伐の詔を戴いておる。
速やかにムーサ総督を引き渡し、投降せよ」
両者、数十歩の距離を隔てて睨み合う。
マルワーン司令官、仙道士をちらりと見る。
「あの者は、魔道士か?
魔道士は協会の掟により、戦に加わらぬと聞くが?」
ターヒル将軍、不敵な笑みを見せる。
「生憎、こやつは魔道士ではない。仙道士という。
仙道士は、れっきとした軍人だ。攻撃魔法を使う。
今すぐに剣を納めねば、うぬらは地獄の業火に焼かれよう」
マルワーン司令官、警戒の視線を仙道士に向ける。
「んーっ、んーっ!」
仙道士に抱えられたムーサが、じたばたと暴れる。
マルワーン司令官、血相を変えて、
「今すぐに、ムーサ総督の枷を外せ!」
ターヒル将軍、仙道士副隊長にうなずく。
仙道士副隊長が、ムーサの猿ぐつわを外す。
ムーサ、ぺっぺと唾を吐き、マルワーン司令官に向かって叫ぶ。
「偽りだ! この者たちは、宮廷軍に攻撃しないと話していた!」
ターヒル将軍、天を仰ぐ。
ムーサ「だから、早くやっつけて!
お祖母様にお前のことを良く言ってあげるから!」
マルワーン司令官、胸に手を当て、ムーサを見上げる。
「殿下、このマルワーン・イブン・イーサー、身命を賭してお救い申しあげます」
続けて、ターヒル将軍を冷たく見据える。
「攻撃せぬのなら、空を飛ぶだけの見世物よ」
マルワーン司令官、さっと剣を抜き放ち、高々と天へ掲げる。
「殿下、反逆者どもを一人残らず討ち取ってみせましょう!」
「砲兵! 反逆軍本隊を砲撃せよ!!」
ラフィ軍の旗手が、合図の軍旗を翻す。
次の瞬間、砲兵隊の野砲が一斉に火を吹く。
イスマイールの親衛隊が動き、イスマイールを囲む。
イスマイール「仙道士!」
仙道士隊長「御意」
仙道士隊長が手を上げ、イスマイール軍の頭上に厚い障壁を張る。
ガアアアーン
ボッォォン
バァァァン
ドバァァン
砲弾が次々と炸裂し、砂煙が舞い上がる。
──身を伏せていた軽騎兵たちが、おそるおそる顔を上げる。
自分たちが無傷であると知った瞬間、歓声が湧き上がる。
ラフィ軍では、驚愕のどよめきが広がる。
魔道士や仙道士の存在を知らない者たちが、恐怖の叫び声をあげる。
兵士3「魔神だ!」
兵士4「魔神が守ったぞ!!」
自軍に駆け戻ったマルワーン司令官も、目を疑う。
「砲撃が効かぬ!?」
しかし即座に剣を上げる。
「ならば、銃兵、前進!」
戦列歩兵の列が整然と前進を始める。
ターヒル将軍、イスマイール軍に駆け戻ると、
先頭にイスマイールと並び立つ。
軽騎兵が、後方へ細長く隊列を整える。
先端が尖り、縦長の陣形──その全周を、仙道士の透明な障壁が包む。
イスマイール、号令をかける。
「これより、敵陣を突破する!
総員、迷わず進め!」
剣を掲げ、ターヒル将軍と共に駆け出す。
イスマイール軍の突進に、マルワーン司令官が即座に銃兵へ号令を飛ばす。
「目標、ホラーサーン軍前列! くれぐれもムーサ総督に当てるな!」
「構え!」
「撃てーーッ!」
パパパパパパパンッパパパパパパパンッ!!
パパパパパパパンッパパパパパパパンッ!!
銃列が、一斉に火を吹く。
ターヒル将軍、イスマイールを庇うように前へ出る。
ガガガガガガガガッガガガガガガガガッ!!
ガガガガガガガガッガガガガガガガガッ!!
ターヒル将軍の前方の障壁が、全ての銃弾を弾き返す。
イスマイール、兵に向かって叫ぶ。
「見たか!
我らは魔法の力で守られている!
砲弾も、銃弾も、我らを傷付けることはできぬ!
よって、一切の交戦は不要!
目指すは黄金門宮!
バグダードまで突き進めーーっ!」
「うおおおおおおおーーーーッ!!」
鬨の声を上げ、イスマイール軍が硝煙を蹴散らしながら、ラフィ軍に突っ込む。
イスマイール軍を囲む障壁が、ラフィ軍の兵と馬を左右に押しのけていく。
兵士5「うわっ、押される!」
兵士6「魔神の魔法だ!」
兵士7「触ったら呪われるぞ!」
マルワーン司令官が叫ぶ。
「怯むな! 銃剣を構えろ!」
数人が勇気を振り絞り、障壁へ銃剣を突き立てる。
ガッ!
ガッ!
虚しく跳ね返される。
恐怖が波のように広がる。
前列の兵が後退し、その背を見た後列も後ずさりを始める。
密集していた戦列は見る間に裂け、イスマイールの前に道が生まれる。
舟が大海を切り開くように、イスマイール軍が4万のラフィ軍を割る。
マルワーン「逃げるな! 隊列を保て! 道を開けるな!!」
しかし、兵は止まらない───
イスマイール軍、ついにラフィ軍を突破し、首都バグダードへ破竹の勢いで駆けていく。
マルワーン司令官、声を嗄らして叫ぶ。
「追え! 追えぇーっ!!」
しかし、反応がない。
振り返ると、兵がバラバラの方向に四散している。
大半が、一番近いレイ市を目指して逃亡を始めている。
兵士8「魔神に守られた軍と戦えるかっての」
兵士9「給金も払われねぇのに死ねるかっ」
マルワーン司令官、忌々しげに吐き捨てる。
「…烏合の衆めがっ」
残った少数の親衛騎兵と共にバグダードへ馬首を巡らせる。
「…宮廷に報告せねばならん」




