取引 - Deal -
◯白銀国・近郊の森(日替わり・午前)
数騎の護衛を伴った黒塗りの大型馬車が、白銀国に向かっている。
山道にもかかわらず、車内はほとんど揺れない。
パベル・カストルムが、柔らかなシートに深々と身を沈めている。
カストルム共和国の前大統領であり、現大統領と白銀国皇后エリーザの父。
攻城部のトップ営業から大統領に登りつめた叩き上げで、引退後もなおカストルムの国政に影響力を及ぼす怪老である。
側近「義肢部の主要な職人に対して、白銀国から盛んにヘッドハンティングの誘いがかかっているようです」
パベル、不機嫌そうに顎を撫でる。
「あの若造、うちの義肢部を丸ごと引き抜くつもりか?
そのうち我が国の切り崩しにかかるやもしれんぞ…」
車窓から流れる木立を眺める。
「我が国との提携解消をほのめかす大仰な書簡を寄越したかと思えば、今度は儂を呼び付けおって。
…何を企んでいるのやら…」
✕ ✕ ✕
◯白銀国・ジルバーブルク・銀冠宮・謁見の間
謁見の間に足を踏み入れたパベル、歩みを止める。
謁見の間の一角が、黒い衝立に囲われている。
パベルの護衛が、前に出る。
杖の音を響かせながら、白銀国前宰相フリードリヒ・アイゼンヴァルトが歩み寄る。
後ろには、宰相ヴィルヘルム・アイゼンヴァルトが続く。
前宰相と宰相、胸に手を当て、パベルに丁寧にお辞儀をする。
前宰相「久方ぶりでございます、パベル・カストルム殿。
益々ご壮健のこととお慶び申し上げます」
宰相が囁く。
「あの衝立の中身は、本日披露する、開発中の新製品でございます」
前宰相「刺客など潜ませておりません。ご心配なきよう…」
玉座の皇帝レオンが立ち上がり、パベルを出迎える。
「義父上、ご足労いただき感謝いたします。
我が国からの書簡は、お目通しいただけましたか?」
パベル「ああ。評議会で、まだ討議中と聞いている。
──もしや、隠居した老人に返答させるためだけに、わざわざ招いたのではあるまいな?」
皇帝レオン、穏やかな笑みを返す。
「いいえ、とんでもない。
画期的な技術を開発しましたので、義父上に一刻も早くご覧いただきたく、ご連絡したのです。
極秘開発中ゆえ国外へ持ち出せず、お越しいただく形になってしまいました」
パベル「画期的…?」
皇帝レオン、声を潜める。
「はい。これよりお見せするものは、どうかご内密に願います」
皇帝レオン、宰相に合図する。
宰相、侍従に指示を出す。
「衝立を外しなさい」
侍従が衝立を外すと、胸に手を当てたエミールと、義手を装着したアントンが立っている。
黒い布を垂らした衝立を背景に、白っぽい服装の二人が浮かび上がって見える。
皇帝レオン、二人の前に置かれた椅子にパベルを誘い、自分も隣に座る。
宰相「始めよ」
エミールとアントン、パベルに向かってお辞儀をする。
アントン、右腕の義手を掲げる。
左手を使い、義手の親指から小指まで順に内側に曲げていく。
関節一つ一つが、音もなく滑らかに動く。
小指まで曲げ終えると、今度はゆっくり開いていき、物を軽く掴むような形へ整える。
パベル「…貴国のハイエンドモデルの動作だな。
カストルムの普及版より、滑らかに動く。
──だが、目新しい機能は無いようだが?」
宰相「左様でございます、前大統領殿。
ご覧いただきたいのは、ここからでございます」
エミール、口を開く。
「閉じよ」
フィィ…ン…
軽い駆動音がして、義手の親指が動き出し、人差し指の先にくっつく。
「開けよ」
フィィン
親指が人差し指から離れる。
ワイングラスを載せた盆を捧げ持った侍従が、アントンに近付いて盆を差し出す。
フィィ…ン…
親指がゆっくりと閉じ、人差し指と中指の間にワイングラスの脚が収まる。
アントン、グラスを上げて口に運び、ワインを飲み干す。
空になったグラスを盆の上に置く。
フィィン
親指が開き、グラスから義手が離れる。
その様子を、パベル、瞬きもせず凝視している。
皇帝「──我が国は、
使用者の意思で義手を動かす技術を確立しました」
パベル、思わず腰を浮かす。
「馬鹿な…、そのような事が…」
アントンが、前に屈む。
事前にほどいておいたブーツの紐が垂れている。
フィィン
親指が閉じ、人差し指との間で紐をつまむ。
緩んだ結び目を引き締める。
フィィン
フィィ…ン
左手で補助をしながら蝶結びを完成させる。
皇帝「──ご覧の通りです」
低く唸ったパベル、腕を組んで椅子に深く座り直す。
皇帝「内部機構について詳細は申し上げられません。
我が国との提携を継続するなら、カストルムの普及版にもこの機能を搭載しましょう。
しかし、解消するのであれば、白銀国のハイエンドモデル専用とします」
パベル、しきりに顎や頰を撫でる。
皇帝「カナンでは、多くの住人が砲撃で手足を失い、戦闘終結後は大量の義肢装具の需要が見込まれます。
その時に『白銀国がこれを見越して侵攻継続に加担したのでは』と諸外国に疑われては、我が国の体面に関わります。
また、貴国によるシオンへの武器供給、攻城部の拡大、そして新兵器開発における非人道的手法についても、問題視しております。
我が国との提携継続を望まれるならば、姻戚国として相応の振る舞いを求めます」
パベル、額に手をやり黙考する。
皺だらけの指先が、額を一定の調子で叩く。
──しばらくして、ようやく口を開く。
「…応じよう」
皇帝「世連の再討議で、皇后が我が国の代表に反対を指示することはありませんね?」
パベル「…娘に話を通しておく」
皇帝「シオンへの武器提供も停止していただけますか?」
パベル「…儂の一存では決められん。
だが、カナンが世連に加盟すれば、需要は自ずと減る」
皇帝「攻城部の拡大と、新兵器開発については?」
パベル「…少なくとも、対シオン向け増産計画は凍結になる。
…実戦検証を前提とした計画も──見直しが必要であろうな」
パベル、忌々しげに顔を上げる。
「…それで、どうだ」
皇帝レオン、笑みを浮かべる。
立ち上がり、パベルに握手を求める。
「──取引成立ですね」
✕ ✕ ✕
◯カストルム共和国・バウシュタット・攻城部ビル・営業フロア・営業オフィス(日替わり・午後)
午後の業務が始まり、書類を捌く音と複数の会話が飛び交う営業オフィス。
ヨハンが、黒革の鞄に最新カタログを詰めている。
壁の行先掲示板に『シオン国・NR』と書き込み、輸送担当の仙道士と出入口に向かう。
そこへ、バタバタと営業部長が駆け込んでくる。
営業部長「ヨハン!
アッバースに納品予定の新型銃3,000丁はどうなってる!?」
ヨハン、足を止める。
「…その件なら、作業停止済みですが。
先日の営業会議で、部長が指示されましたよね?」
営業部長、がなりたてる。
「作業を再開しろ! 今すぐ!」
ヨハン「…は?
しかし、当面はシオンとの取引に注力する方針では?」
営業部長「方針が変わった。──上の命令だ」
ヨハン「…はあ」
営業部長「それと、お前、シオンの担当を外れろ」
ヨハン「はあ!?」
営業部長「世連総会が終わるまで、あそこには誰も行かせん」
ヨハン「…はあ」
さっさと自席へ戻っていく営業部長の背中を見送りながら、
ヨハン(──白銀国皇帝が動いたか…)
シオン国に渡すはずだったカタログの詰まった鞄を抱え、肩を落とす。
──が、すぐに切り替えて、顔を上げる。
ヨハン「…だそうです」
状況を飲み込めずにいる仙道士、
「は…?」
ヨハン、仙道士にテキパキと指示を出す。
「世連総会が終わるまで、営業はシオンに行かないことになりました。
仙道士部隊と傭兵部隊には、その間、余計な波風を立てぬよう伝えてください」
そう言い残すと、営業管理担当のデスクへ足早に向かう。
「アッバース向け3,000丁、出荷保留を解除します。部長承認済みです」




