アル=マワシ - Al-Mawasi - 1
◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・破壊の跡の残るアパート・1DK・外壁の壊れた部屋(夕方)
陽が傾き、部屋に斜めの影が落ちる。
昼間より少し涼しくなった風が、外壁の代わりに張られた帆布をはためかせる。
マットレスの上に横たわっているハサンとカースィム。
ボォン
バァァン
ラファフ県の方角から、砲撃音が絶え間なく響いてくる。
ハサン、肘をついて少し身を起こす。
「一日中続いてやがる…シオン教徒ども、ラファフ県を吹き飛ばす気か?
くそ、あっちに弟夫婦が居るってのに」
◯同アパート・1DK・ダイニングキッチン
市場で食料を調達し、聞き込みをしてきたカリドとユスフが帰宅する。
カリド「昨日、ラファフ県で大きな抵抗運動があったそうだ」
「抵抗運動?」
テクラとヘナン、顔を見合わせる。
ユスフ「土地を失った首長たちを中心に、避難民が蜂起したんだ。
だが失敗して…、参加者のほとんどは殉教したと聞いた」
ライラ、青ざめる。
カリド、テクラに、
「…ハイファの首長と、俺の昔の仲間も抵抗運動に加わって、全滅したそうだ」
テクラ、口を両手で覆う。
「神が彼らを慈悲で包んでくださいますように…」
ユスフ「ラファフ県への砲撃は、シオン国の報復だと思う」
カリド「砲撃が収まったら、ラファフ県へ向かおう。ハサンさんの親族の安否が気がかりだ」
◯同アパート・1DK・外壁の壊れた部屋(夜中)
ドォン
ガァァン
夜半を過ぎても、ラファフ県から砲撃音が絶え間なく響いてくる。
帆布の側で寝ているヤット、眠れず寝返りを打つ。
暗闇に目が慣れてくる。
淡い月明かりに、部屋の中が浮かび上がる。
いびきをかいて眠る男たちの中、天井を見上げるカースィムの瞳だけが、月明かりを反射している。
目が合ってしまい、気まずいヤット。
カースィムが、小声で話しかけてくる。
「…お前たち兄弟も、孤児なのか?」
ヤット、皆を起こさぬように、声をひそめて返答する。
「…いや。父親が北ガザ県に居る。
俺たちは外から来た傭兵だ。北ガザ県のマフムード首長と契約している」
カースィム、視線を天井に戻す。
「…そうか」
しばらくして、
「…せいせいするだろ」
ヤット「…えっ?」
カースィム「ラファフ県に行けば、もうお別れだ。
俺のクソ係から解放される」
ヤット「…怪我で動けないんだから、仕方ないだろ。
こういう時は、お互い様だ」
カースィム、鼻で笑う。
「綺麗事を言うな。こんなの、看護婦にやられたら、軽く死ねるぞ」
ヤット「…今だけだ」
カースィム「お前が、ライラにやられてもか?」
「……!!?」
ヤット、顔を赤くして、カースィムを凝視する。
カースィム、ぶっ、と吹き出す。
「気付かれてないと思ってたのか?」
カースィム、ツボに入ったのか、くっくっと笑い続ける。
「多分、弟は気付いてるぞ」
ヤット「まさか…」
ヤット、はっ、と青ざめる。
「…ライラは…?」
カースィム「気付いてないだろ」
ヤット、消え入りそうな声で、
「…言わないで欲しい…」
カースィム「言うかよ。お前はまだ…ちょっと頼りない。今は知られるな」
ヤット、返す言葉もなく黙る。
まだ肩を震わせているカースィムに、ヤット、背を向けて寝転がる。
「…いい加減、笑いすぎだ」
カースィム「悪かった。悪気はないんだ。
…久しぶりに笑ったから」
笑いすぎて滲んだ涙を、カースィム、そっと拭う。
(…こんな事で、俺はまだ笑えるんだな)




