欺瞞 - Deception - 2
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・会議室
閣僚たちの議論が一段落したところで、
カストルム共和国営業ヨハン、改まった口調で切り出す。
ヨハン「少々気になることがあります。
緊急特別総会では、カナン地区の現状が詳しく報告されました。
今後、シオン国に向けられる国際社会の視線は、かなり厳しいものになると予想されます」
閣僚の一人、シオン国経済産業相ダヴィド・レヴィンが口を開く。
「新聞に緊急特別総会の記事が載り、カナン地区の様子が世界に知れ渡れば、新聞記者がカナン地区に取材に来ることも考えられるな」
シオン国家治安相レオニード・カプランが提案する。
「ならば、南北の検問を強化し、新聞記者は入れないようにしよう。
万が一、カナン地区で記者が見つかった場合は──」
シオン国首相イツハク・ベンダビッド、低く鋭く即答する。
「カナン地区を報道することは、すなわちテロ行為だ」
国家治安相、頷く。
「──では、その方針を現場に通達しよう」
しばらく思案した後、首相が口を開く。
「西側諸国が我が国に理解を示しているとはいえ、国際社会での評価を損なうのは得策ではない。
我が国が人道に基づいてカナン地区を併合していると印象付けたいが──何か手立てはあるか?」
経済産業相「〝人道財団〟を設立し、カナン地区の『退避済み区域』に食料配給所を設けては?
難民に最小限の食料と医薬品を配給すれば、大規模な飢餓という印象は避けられる。
その上、我が国が人道的配慮を行っていると国際社会に示すこともできる」
首相「それはいい。革新的な解決策だと宣伝しよう」
国家治安相「しかし、食料配給所に飢えたカナン人が殺到すれば、現場は混乱するだろう。
食料を強奪しにテロリストが襲撃してくる危険もある」
シオン国防相エフラム・ハザノフが口を開く。
「配給所で民間人に被害が出ることは避けねばならんが、即時の脅威を排除するための威嚇射撃であれば認めてもよいだろう」
国家治安相「──では、警備部隊には、脅威を感じた場合、狙撃を許可しよう。
そして、テロリストが生きていれば、尋問にかける」
国防相、含み笑いを浮かべる。
「いい考えだ。
──それと関連して、もう一つ提案がある」
閣僚たちの視線が国防相に集まる。
国防相「新しく建設する〝人道都市〟も、国際社会に向けて宣伝してはどうだろう?」
国防相、腕を広げる。
「荒廃したカナン地区に、新たな都市を建設する計画がある。
南部のラファフ市に住民を移動させ、過激思想を矯正し、思想検査に適合した者のみ収容する。最終的にはカナン地区の全住民の収容を目指す」
国防相、ヨハンに目配せする。
ばさり。
ヨハン、大判の紙を取り出して、広げていく。
長い会議卓の上に、色鮮やかに描かれた、近未来的な都市のイメージ図が広がる。
「おお…っ」
見た者たちから、思わず感嘆の声が漏れる。
ノストルム海の沿岸に立ち並ぶ、瀟洒なホテル。
大きな港湾には、豪華客船や大型船が停泊している。
南北を貫く大通りと運河が整備され、鉄道も走る。
近代的な集合住宅の完成予想図や、間取り図まで用意されている。
ヨハン「『新・カナン』計画です」
国防相、胸をそらす。
「私と経済産業相、ヨハン殿で計画した」
経済産業相が、イメージ図を一つ一つ指し示しながら説明していく。
「マスタープランを説明しよう。
カナン地区を、20年かけてハイテク都市にする計画だ」
閣僚たちが身を乗り出す。
経済産業相「開発は4段階に分け、南部のラファフ市から開始し、徐々に北へ進め、最終的にはガザ市に及ぶ。
『新・ラファフ』は、カナン地区の行政・物流の中心都市にする。
まず集合住宅地を整備し、再教育施設・技術学校・病院・行政施設を設置する。
その後、農業地帯、工業地帯と、段階的に開発していく。
大型インフラの建設にも着手する。
最新の港湾をアッバース国境付近に建設する。
貨物鉄道、物流回廊、新しい高速道路ネットワークも整備する。
さらに、アッバース国と我が国の国境が交わる地点に『3国間通行地点』を設けて経済特区とし、カナン地区を中東の物流拠点・自由貿易都市にする計画だ。
沿岸部は、ノストルム海に面する好立地。
マリーナやビーチを整備して高級リゾート地へ変貌させ、世界中の富裕層を呼び込み、収益化を図る」
国防相「カナン地区周縁には安定化部隊を配置し、テロ再燃の防止と治安維持に当たらせる」
首相、手を叩く。
「実に素晴らしい計画だ」
他の官僚たちも目を輝かせて、頷き合う。
ヨハン「都市の建設は、カストルムの築城部が請け負います。
長年の経験と高度な建築技術を持つ職人集団が、美しく堅牢な高層ビルやホテルを短期間で建て上げることをお約束いたします」
国防相、満足気にうなずく。
「『新・カナン』計画が始動する頃には、大シオン構想にも着手できるだろう」
ヨハンが、進言する。
「…ハザノフ国防相、その構想については、少々急ぐことをお勧めします」
国防相「何故だ?」
ヨハン「近々、アッバース国で内戦が始まります。
イスマイール皇太子が動き始めました」
国防相、顔を上げる。
「なんと、皇太子とカリフの内戦か!?」
ヨハン「はい」
参謀総長「…国を二分する大戦になるでしょうな。
アッバース最強と謳われる皇太子軍と、数で勝るカリフ軍──長期戦になるかもしれませんな」
副参謀総長「長期戦になれば、アッバース国は弱体化します。
そうなれば、大シオン実現のまたとない好機となりますぞ」
閣僚たち、顔を見合わせる。
シオン国防軍主席祭司エイラム・カリマン、静かに手を組む。
「…『わたしはこの地をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテまで』(創世記第15章18節)」
首相「カナンよりはるかに広大な──〝約束の地〟だ」
軍主席祭司「我らシオンの民が〝約束の地〟を全て手中に収めれば、神の贖いの時が到来するでしょう」
国防相、即座に指示を飛ばす。
「カナン平定は急ぎ仕上げに入ろう。
参謀総長、進捗状況の報告を」
参謀総長「ははっ」




