欺瞞 - Deception - 1
◯シオン国・エルサレム市・首相官邸・会議室
軍議のために、シオン国の閣僚と国防軍の上層部が集まっている。
その末席に、カストルム共和国営業担当ヨハンの姿もある。
シオン国首相イツハク・ベンダビッド、国防軍の面々を労う。
「昨日は遅くまで、カナン蜂起の対処に当たってくれたそうだな。
諸君の速やかな対応のおかげで、テロ攻撃から国民を守ることができた」
シオン国防相エフラム・ハザノフも頷く。
「初動対応が的確だったおかげで、民間人の被害が出なかった。
戦死した兵は、国を守った英雄として手厚く葬ろう」
「ご配慮、感謝します」
シオン国防軍参謀総長以下、頭を下げる。
参謀総長、ヨハンに声を掛ける。
「仙道士部隊隊長の迅速な第一報により、テロ攻撃に即応できた。
砲撃支援もよくやってくれた。敵騎馬隊の7割は、市街地に到達する前に撃破されたと報告を受けている」
ヨハン、笑みを浮かべて一礼する。
「お役に立てて何よりです」
シオン国家治安相レオニード・カプラン、嘆息しながら頭を振る。
「しかし──
無事に鎮圧できたから良かったものの、やはりカナン人どもは野蛮な殺人者だ」
首相、頷く。
「現存する脅威を殲滅しなければならない。我が国は完全勝利を目指す」
国防相、会議室の壁掛け時計を見上げる。
「予定より早いが、始めよう」
各閣僚が着席し、軍議が始まる。
最初に、ヨハンが控えめに手を挙げる。
「僭越ながら、私から発言してもよろしいでしょうか」
国防相「許可しよう」
ヨハン「まだ新聞には出ていないと存じますが、
昨日、世界連帯構想の緊急特別総会が開かれ、カナン地区の加盟決議が審議されました」
「なんだと…!」
閣僚たちが一様に驚愕する。
ヨハン「しかし、我がカストルムの姻戚国である白銀国が反対し、否決となりました。
カストルム共和国大統領の妹君、白銀国エリーザ皇后陛下が代表団に反対を指示され、事なきを得ました」
首相、胸をなでおろす。
「皇后陛下のご英断に感謝せねばならんな」
参謀総長、顎に手をやる。
「…もしや、カナン地区の蜂起は、緊急特別総会に合わせたものか?」
ヨハン「世界連帯構想の加盟国は、国境に魔道士協会の防壁が築かれます。そのため、国境の拡張を狙った蜂起と考えられます」
国防相、冷や汗をかく。
「…危ないところだったな」
シオン国防軍主席祭司エイラム・カリマンが手を組む。
「カナンの国家など、未来永劫、存在させてはなりません。
カナン川からノストルム海に至る一切の土地は、神によってシオン人のみに与えられたもの」
シオン国家治安相レオニード・カプラン、声を上げる。
「そうだ。カナン地区が国家になるなど、我らの存亡の危機だ」
ヨハン「…もう一点、申し上げます。
こちらも、いずれ新聞に載ると思われますが、
カナン地区の国家元首を名乗ったのは、アッバース国のイスマイール皇太子殿下でした」
首相、目を丸くする。
「アッバース国の…あの皇太子か?」
ヨハン、頷く。
国防相が、鋭く割って入る。
「ヨハン殿は皇太子と取引があったはずだ。何か聞かなかったのか?」
ヨハン、首を振る。
「いいえ、全く…。私も寝耳に水でして、大変驚きました」
国家治安相、忌々しげに言う。
「…食えない若造だと思っていたが、裏で糸を引いていたとは…」
(──全くだ。カストルムの新型銃をカナン地区の蜂起に使わせるとは)
ヨハン、目を伏せながら、シオン国防軍上層部の顔を順に盗み見る。
(しかし、それに気付いている者は、いないようだ。
傭兵部隊隊長には、現場の噂の範囲に留めておくよう、きつく言っておかねば)
首相が、低い声で尋ねる。
「カナン地区の加盟決議は、再び行われるのか?」
ヨハン「日程を改め、再討議されることになりました」
閣僚たちが、顔をしかめて見合わせる。
ヨハン、安心させるように笑みを浮かべる。
「しかし、何度採決されても──結果は変わりません」
国防相「頼もしいな」
参謀総長が口を開く。
「…しかし、再討議の日に、再びカナン地区で蜂起が起こる可能性がありますな」
ヨハン、頷く。
「その可能性は高いです。
再討議の日程が決まり次第、皆様にお知らせいたします」
国防相「頼むぞ。その日に向けて警戒態勢を取らねばならんからな」
参謀総長と副参謀総長が頷く。
ヨハン「かしこまりました」
ヨハン、恭しく一礼しながら、
(アッバース国に来週納品する新型銃3000丁も、再討議の日に使われる可能性が高い。
そうなれば、さすがにシオン国に隠し通すことはできないだろう。
シオン国とアッバース国、どちらにも角が立たぬよう立ち回らねば…)




