59-血着
盗みに入った。十二魔王に並ぶ神秘がいると知った上で。
どうしても、喉から手が出るほど欲しかった。あれは生半可な欲望なんかじゃあねぇ。渇望だ。必要だった。盗まなければ、生きていられなかった。
だから、来た。部下を引き連れ、栄光よりも結果を求めて、ひっそり潜入して盗もうとした。なぜバレた? 考えてみれば、当たり前。すべてを見透かすように、黄金と蒼月に俺の団は蹂躙された。
今でも目に焼き付いてる。あいつらが、俺の名を叫びながら干からび、金塊となり、枯れた森みてぇな景色になったのを。ここ数十年なかった失敗。
久々に感じた、1つ目の後悔。
「もう二度と奪わせやしねぇ。
どんな化け物どもが相手だろうと」
すべてを奪われて、のうのうと帰れる訳がねぇ。この盗賊王が、逆にすべてを盗まれるなんざ、無様にも程がある。
かと言って俺に、戦う力もねぇ。
俺にできることはたった1つ。選べた道も、1つだ。
盗んだ。盗んだ。盗んだ。本意じゃなくとも、それ単体には価値がなくても、必要だったから。英雄を引き込み、勇者を引き込み、戦力として利用する。非力な俺にできる、唯一の打開策。まさか、2人とも死んじまうとは思わなかったぜ。
本当に、心底残念だよ。
「もったいねぇ。これじゃまた懸賞金も上がっちまう」
なぜモルジアナだけ生かされてたのか、俺にゃわからん。
だが、どんな目論見があろうが怪しめるものか。
確実に巻き込むためにも、俺自身がまた入るしかなかった。
遊び半分の化け物どもの相手で、何度死にかけたことか。
俺が神秘でなけりゃ、とうに5回は死んでる。
許せねぇ。許せねぇ。許せねぇ。なのに盗み合いする余裕もねぇってか? ふざけやがって。
「間接じゃなくて、直接勝たせろやおい……!!
戦えねぇなりの、本気の勝負だぞこれはよォ」
ぶつける先の無い気持ちを、どうにか収める。
ま、結果欲しいもん全部手に入んなら、やり切れねぇ部分は飲み込むとするか。
俺は結局、一度もアレの目を引かなかった。
一貫して、楽しみのため利用する素材でしかなかった。
目ぇ付けられちゃ、堪ったもんじゃねぇが。
使われるだけ使われるってなぁ、それはそれで腹が立つ。
が、いい。俺はテメェの死を作った。
原因を、きっかけを、理由を生んだ。
ザマァ見やがれクソアマが!!
今の俺は血だ。地の底からでも、見えてるぞ。
散々理不尽を押し付けてきたテメェが、たかが生物ごときに追い詰められてるなっさけねぇ姿をよォ!!
「ククク、クハハハハッ!! 愉快だ!! 愉快だなァおい!!」
女王気取りの落伍者が、侍の突きに穿たれる。
星の礫に血を流す。勇者の剣に、顔を歪める。
嗚呼、なんて痛快なんだ。胸がすく思いだ。
あと少しで全てが終わりだ。
「さぁ、さぁ。さぁさぁさぁッ!!」
興奮して手を伸ばす。右手の中では、ずっと握っていた宝石が、命を得たかのように輝きを取り戻していた。
失っていた核が、移されていた意味が、還ってくる。
俺が欲しかったものが、本来の獲物が、今この手の中に!
「フィナーレだ!!」
耳をつんざく破裂音と共に、宝石はひときわ輝き、放射状に赤い光線をまき散らす。盗み切った。中身が戻り、ガワだけじゃない緋色の心臓の完成だ。
「ハッハッハ、ハーッハッハッハ!!
俺たちの勝利だぜ!!」
すべての危機から自由になった開放感。
策略でどん底からひっくり返した快感。
お宝どころか街すら掌握した全能感。
今ならどれだけ浸ったって、バチは当たらねぇ。
存分に噛み締めながら、手足を広げて地上へ浮上する。
「残る問題があるとすりゃあ、倒したのは女王だけってことくらいだなァ」
一瞬よぎるも、すぐに思考を止める。
ま、何とかなるだろ。最悪モルジアナの策に頼ればいい。
仄かな懸念を投げ捨てて、俺はただ、安らかな上昇に身を任せた。
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「ありえ、ないっ……!!」
血の牙城は解け、辺りは本来の街の姿へ戻る。
この状況が示すのは、ある一つの事実。女王が死んだ。
地面に這いつくばるアズールは、苦悶の表情を浮かべていた。
「人間ごときに、スカーレット様が、倒されたの……!?」
「あなただって、神秘を扱えもしない人間を相手に手も足も出ず、殺すどころか突破すらできなかったでしょう?」
律儀に返事をするのは、アズールを翻弄し続けたモルジアナだ。どこからか椅子を持ってきていた彼女は、足を組みながらティーカップを傾け、完全に気を抜いている。
「アズールは、まだ負けていないわ!
あなたを殺すことだけに集中すれば‥」
顔を上げ反論する。しかし、体を起こすことはなかった。
力が入る前に、地面に付いた手に穴が空いたから。
「え?」
遅れて銃声。しかし、音が聞こえた時には手遅れだ。
とっくに手は穿たれ、凄まじい重力がかかっているから。
そうして動けない間に、銃弾はさらに振り注ぐ。
反対の左手、両の足、肩、腹部。
飛び散る血を眺め、モルジアナは肩をすくめた。
「残念だけれど、もう無理よ。だって戦いは終わったもの」
1度は地面に潰れるが、アズールも神秘だ。
重さは変わらないものの、霧化した体で多少なりとも軽減すると、立ち上がる。その、心臓を。
「ッ……!!」
スナイパーは、的確に撃ち抜いた。
パクパクと動く口は、言葉を吐き出す余裕もない。
それでも、彼女は倒れず、揺れる瞳で敵を捉える。と、同時に。額を弾丸が通過し、アズールは完全に倒れ伏した。
「それに、生命を超越した神秘様が全力を出さなければならない時点で、既に試合には負けているのよ」
霧は消えない。霧は尽きない。けれど到底動けない。
地面に転がるだけとなったアズールへ、モルジアナは興味なさげに一瞥だけして背を向ける。
「お疲れ様、主人の役にも立てない路傍の水たまりちゃん」
神秘を殺す力のないモルジアナだが、心を砕くくらいはできる。何もできず、置き去りにされたアズールは、土に顔を埋めたまま強く唇を噛んでいた。
ありがとう、我が蒼銀の継承者。
この勝利はきっと、これから成す多くの偉業の第一歩。
今はまだ、手助けしかできないかもしれないけれど。
いつか必ず、君自身の手で打ち倒せることを……
英雄以上の存在になることを、信じてる。
そして、そんな君の活躍を見る、遠い未来の誰かよ。
才能に選ばれなかった、平凡なキミよ。
どうしてまだ、その場に踏み止まっているんだい?
この世界を占めるのは、大多数が才なき者
誰も彼もが、路端の風景
しかしだからこそ、僕たちは偉業を成した時ではなく、立ち上がった時にはもう、英雄になる
だから、どうかまだ見ぬキミ
彼の灯す明かりを目指し、歩き出せ
脈絡と続く英雄譚を、未来に繋げ
才なき世界で、僕らは無数の英雄たちの上に栄光を築く
その軌跡に刻まれる1人に、どうか――




