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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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60-星昇る夜に

カルミンブルク。それは、魔王種スカーレットが支配していた、血に塗れた不気味な街。禍々しい牙城から元の街に戻るのであれば、まだ吸血鬼の影響が色濃く残る、赤い街になるのが自然なことだ。しかし現在、無人の街は――


「……綺麗だ。それにすごく、眩しい」


澄み渡る青い空を仰ぎ、刀を納めたシスイがつぶやく。

天にも地にも、既に生産区だった時の名残りはない。

星の瞬く空は透き通り、街には血の一滴すら消えていた。


「だが、質素になったとは思わない?

それに、とても狭くなった」


涼やかな声が降ってきて、シスイは反射的に振り返る。

視線の先には、屋根の上に座る麗人が1人。


「! クレア・オル・フラメル……!?」


シルクハットを押さえ、風に吹かれながら微笑を浮かべる魔王種がいた。刀の柄に手を添えるシスイを見ても、彼女は笑みを崩さない。優雅に足を組み、傍らに畳んであった布を膨らませる。


「そう身構えないでくれ給え。私はただ、少しばかりお喋りをしに来ただけだよ。私もスカーレットちゃんも、基本的には人類愛者だからね。あと、この娘を送り届けに」

「ブライヤちゃん!」


捲られた布から出てきたのは、避難しているはずのブライヤだ。地上にへたり込んでいたシエルが、彼女を確認した瞬間に姿を消す。


「どの道保護するつもりだったのだろう? 私も敵意がないことの証明ができる。Win-Winというやつさ」

「なぜ、僕らのところに来たんだい?」


同時に2カ所にいた。そう思わせるスピードで、シエルは少女を抱きしめ元の位置に立つ。両者の間にいるシスイは、油断なく半身に構えて圧を放っていた。


「ハハハ、わかりきったことを。バーサーカーは見ている方が面白いじゃないか。それに、これ以上あの勇者を突いたら、私が殺されてしまうよ」


今現在、神秘ではなくなったとはいえ、シスイは相当な強者だ。敵対して無事で済む保障はない。にも関わらず、クレアはなおも雑談ムードだった。失礼な軽口に、シスイは眉をひそめている。


「僕らは殺さないと? それとも、殺せないとでも思っているのかい? 舐めていると受け取っていいかな?」

「感情で動かない、と言っているんだよ。

いいじゃないか、少しくらい付き合ってくれても。

どうせもうやることもないだろう?」 


発言を否定せず、褒め言葉に変える。

あくまでも暇つぶし、といった態度に、シスイも刃が覗いていた刀を渋々納めた。


「今回の戦いは、実に面白かったよ。

スカーレットちゃんも、きっと満足しただろう。

あぁ、安心してくれ。私は別に黒幕じゃない。

ありふれた感想だとも」


今度は先んじて釘を刺す。

本当に敵対する気はないようだ。

かといって、企みがないという訳でもないらしく。


「ただ、より良いものにしたい、という気持ちはあってね。

君たち、この街のことをどれくらい知っているかな?」


かすかに体を揺らすクレアは、唐突にそう問うた。

よそ者のシエルたちに、わかるはずがない。

住民のブライヤにだって、意図がわかるものか。怪訝な顔をする少女たちに対し、クレアはより口角を上げていく。


「いやぁ、正直なところ、この街では本当に死者は出なかったんだよ。死を受け入れ天寿を全うする者や、侵入者みたいな娯楽品以外ではね」

「うそだ! あたし知ってるんだから!

何人も干からびるまで血を吸われた人がいること!」


ブライヤが間髪入れずに反論する。

そう、敵対の原因はそれだ。この訴えがなければ、ベルたちはアリババをとっちめるだけで帰っていただろう。


外敵ではない、領域内で勝手に暴れて出ていくだけの、はた迷惑な侵入者に過ぎなかった。それを彼女は、引き止めた。

もはや、認められない営みどころではない。

命を懸けさせた重みが、この主張にはあった。


「なるほど。だがそれは、両立しない話ではない。

少なくとも、この街では。意味がわかるかな?」


利用された、危険に晒した、街の安全を失わせた。

クレアの言葉は、どう受け取っても少女を苛むもので。

顔をしかめたシエルが、魔術でブライヤの耳を塞ぐ。


「……血という中身を空にして、新たな器に移し替える、とか? 悪趣味だし、殺した事実に変わりはないけど」


シエルの考察に、クレアは笑みを深める。

ニンマリと笑い、指を立てる。


「血を吸い尽くす人間はこの3つだ。今すぐにでも望む者、病に侵された者、死を迎えた者。その血を元に、肉体と魂を私とスカーレットちゃんが創り出す。これがこの街における大多数の吸血鬼だよ。死者は出ず、現役世代も増えるため、街はどんどん肥大化していく。その結果の巨大都市さ」

「何が、より良いものにしたいですって……!?

この子やリチャードに、どれほどの傷を与える気なの!?」


幸い現在、子どもたちは聞いていない。聞かせていない。

しかし決して、その事実は揺るがない。

シエルは杖を現しながら怒鳴り、抜刀したシスイも屋根まで跳んで斬りかかっていた。


「アハハ、その方が面白いだろう?」


シスイは家屋を両断したが、黄金の翼を生やしたクレアには届かなかった。彼女は斬撃の勢いを利用して、高く羽ばたいていく。


「満たされた人間ほど退屈なものはない。

ただ、我々が人間の尊厳を蔑ろにしていたのもまた事実。

君たちの選択は、人類の視点では正しかったとも。

住民たち本人から見て、どうであろうとね」


善か、悪か。その問いにはきっと、答えはない。

けれど、街に生きる当事者にも、人を救った本人にも、各々の答えはあるのだ。


前者のような恐怖がない代わりに、後者には苦悩が付きまとう。それを煽るように、クレアは手の届かない高みから嗤い追い打ちをかけた。


「恐怖だけではなく、死からも解放されていたこの街の人々は、統治者の消失にどう思うかな? その目で子孫を見守る権利を得ていた人々は、恩人の死をどう思うかな?」

「黄金の、クレアッ!!」


魔術を放つも、自由に空飛ぶクレアには当たらない。

ご機嫌にゆらゆらと揺れ、光に満ちた街を見下ろしている。


「あぁ、勘違いはしないでくれ給え。私たちは彼らを隷属させている訳では無い。満足した者がいれば、その魂は解放されるとも。それが夜空に飛び立つこの光。安全の保障がなくなったんだ。昇天を望む者も、かなりいるみたいだね」


街に、空に、光は満ちている。地のそれは段々と人の形に戻り、天のそれはどこまでも飛んでいく。紛うこなく、クレアの言の証明だ。人々は本当の死を迎えていない。


死を意識の繋がりと見るならば、生命は眠る。

肉体の同一性と見るならば、体組織は入れ替わる。

肉体も意識も変わらずあるなら、誰がそれを死と言えようか。


彼らは平穏を崩した。死のない街を終わらせた。

数百年ぶりの死を、振りまいた。


――今宵。無数の魂が空に昇る。

それらは蘇生を拒否した者たち。

あるいは、摩耗に付いてこられなかった過去を生きたはずの人々。


何千、何万と、光は阻むもののない青空をくぐり抜け、安らかな無へ解き放たれる。とうに身がなく、別人として存在していたとしても。これは紛れもない死であり、成仏だ。


彼らの中には、この戦いで死んだ2人のものもあるだろう。

選べた住民たちとは違い、ここで死ぬとは微塵も思っていなかったはずだ。きっと未練が残る、無念の死だっただろう。

けれど――


「幸か不幸か、君たちはスカーレットの手にかからず果てた。生死を弄ばれることもなく、自然のままに」


クレアを取り逃がしたシスイが、刀を納めて崩れかけた屋根に座る。金色は既に光の一つに。見上げる空は、昇る魂で満たされていた。


「君たちは、満足して死ねたかい?」


――後悔だけは、なかったはずだ。


輝く街の中、立膝をついて天を仰ぐシスイは、穏やかな声で静かに問いかけた。



ありがとう、我が蒼銀の継承者。

この勝利はきっと、これから成す多くの偉業の第一歩。

今はまだ、手助けしかできないかもしれないけれど。

いつか必ず、君自身の手で打ち倒せることを……

英雄以上の存在になることを、信じてる。


そして、そんな君の活躍を見る、遠い未来の誰かよ。

才能に選ばれなかった、平凡なキミよ。

どうしてまだ、その場に踏み止まっているんだい?


この世界を占めるのは、大多数が才なき者

誰も彼もが、路端の風景

しかしだからこそ、僕たちは偉業を成した時ではなく、立ち上がった時にはもう、英雄になる


だから、どうかまだ見ぬキミ

彼の灯す明かりを目指し、歩き出せ

脈絡と続く英雄譚を、未来に繋げ


才なき世界で、僕らは無数の英雄たちの上に栄光を築く

その軌跡に刻まれる1人に、どうか――

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