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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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56-奪え、世界を

赤い空に飛び出したベルの眼下には、これまでの名残すらない、まるで別物の街があった。遠く牙を剥く壁だけでなく、そこに至るまでの牙城のすべてが、刺々しい光を向けている。もしも墜落することがあれば、ズタズタになってしまうだろう。


いや、墜落するまでもなく、必要とあればスカーレットの手足として伸び、攻撃してくるかもしれない。

何にせよ、その威圧感は本物だ。ベルは開けた大空にいるのに、若干顔を引きつらせている。


『さぁ、次はどのような勇姿を見せてくれるの?』

「策はあるかリチャード?」

「……斬る」

「オーケー!!」


ヤケクソ気味に叫ぶベルは、スカーレットを無視して飛ぶ。

敵は巨大で、まともに攻撃も通じない。

核はあるはずだが、こうも大きければそれも不明だ。

現状、彼にはとにかく試してみることしかできなかった。


『あなたにわたくしが斬れまして? 火力不足のあなたに』

「人間はいつも忘れてしまう。自分が、まだ頑張れるんだということを。限界はあれど、より上には行ける事実を」


助けが揺るぎないものになったからか、リチャードは空中でも縦横無尽だ。蹴りの風圧で自在に空を駆け、巨大な赤い雲(スカーレット)を真っ二つにしてしまう。


もちろん、人型の時と同じで殺し切れはしない。

それどころか、口で話していないので表面上の影響もない。

だが、少しずつでも存在は削れている。

攻略の糸口が見えない以上、そう信じるしかなかった。


とはいえ、だ。効いているにしろそうでないにしろ、彼女は英傑を望む吸血鬼。分かれた雲それぞれから手を伸ばしながら、空に声を響かせ嗤う。


『わたくし、人ではないけれど……

確かに侮っていましたわ。勇者(あなた)を!』

(オレ)も忘れんなよ、ババア!!」


リチャードの強さに応じて、スカーレットの迎撃は強まる。

雨霰と降る血の触手に、地より襲い来る街の牙。

巻き添えを受けるベルからしたら、堪ったものではない。


おまけに空に材料はなく、ルーンも際限なくは使えない。

死を許されることもないだろうが、手数に乏しく戦況は危機的だ。


ゆえにこそ、ベルは猛る。

心を奮い立たせ、勢い付けるために。

叫ぶ彼の周囲には、魔術の陣が無数に浮かび上がっていた。


『魔法陣なんて、あなた使えたかしら?』

「ベースが似てる錬金術を参考に、ルーンで色々出せた感覚を重ねたんだよ。不完全でも、手数にさえなりゃあいい!!」


パッと見では同じ錬金術と魔法陣だが、それぞれ別個に確立された以上、違いはある。前者は既にあるものを材料にする分燃費が良く、後者は減った工程分手間がかからない。


難易度は行う術の規模によるものの、習得済み、同じ規模という同条件下では、当然後者が上だ。

しかし、0から魔術を発生させるための精密ささえ乗り越えれば、より手軽に手数を出せるのはもちろん――


「斬れねぇなら跡形も無く消し飛ばしてやる!!

テメェ相手なら、まだまだ限界を超えて!!」


――魔法陣。幾重にも重なる多様な陣は、合わせて1つの陣の様相を呈し、同時に無数の魔術を放っていた。


錬金術のような、創り変える扱いやすい魔術ではない。

ルーン魔術のような、使用に練度のいらない手軽な魔術ではない。


ベルは今までと違って、初めて0から様々な属性を魔術で生み出し、スカーレットに放っていた。


『花びらみたいな魔法陣ですわね。珍しい』

「離れた場所に何個も魔法陣を描いて、同時に色々使うのはオレには無理だ。空じゃ銀もねぇしな。でも、それが1つなら、まだ何とかなる。暴発も攻撃に転じて、吹き飛ばす!!」


炎が赤い雲を焼く、風がそれの身を刻む。

水が街の牙を弾き飛ばし、岩がそれを砕いて相殺する。


未熟な魔術だからか、銀剣の助けがないからか。

スカーレット自体を傷付けることは、ほとんどできていない。火は表面を炙るだけで、風が与えるのも擦り傷程度だ。


しかし、この成長が、抵抗が、拮抗が、スカーレットの心を捉える。街の牙を抑え、意識を向けさせ、十分にリチャードの援護になっている。


『うふふ。楽しいわ、嬉しいわ。華々しく舞う英雄(あなたたち)は、一体どのような散り様を見せてくれるのかしら?』

「オレらが死ぬとしたら、そんときゃお前も滅びる時だぜ」


触手と街の牙が魔術とぶつかり、その小宇宙を勇者が駆ける。この戦いに、死などない。どちらも傷付き、それでも果てず。負傷を無視し、癒やし、戦い続ける。

彼らが懸けるは唯一つ。互いの存在だ。




~~~~~~~~~~




「あなた、まだ生きてるとかすごくタフだね」


アリババと再会したシエルは、呆れ返って脱力する。

頭がない彼は喋らず、動きもしない。


左腕で肉塊のシスイを抱えたまま、右手を差し出したポーズで固まっていた。生きている、とシエルは言うが、とてもそうは思えない光景だ。


「でも、自分で回復する術はないのかな。

放っておいたら、このまま死んじゃうんだろうね」


シエルは泳ぐように宙を歩き、彼らに近寄る。

その間も彼らは動かず、アリババに至っては端から塵のように体が空気へ溶け出していた。どれほど保つかは不明だが、治癒されなければ、いずれ確実に消えてしまうだろう。


「ちょっと悩むけど、切り捨てるのは流石に愚策か。

この戦いの鍵って、あなたもだよね?」


言ってシエルは、杖を肩辺りまで持ち上げ水平に構える。

先端には光が灯り、ポポポと飛び出た玉が丸い星空の形を模していた。


「星は見た。遍く天地の趨勢を」


首を生やす。頭部を再生させる。神秘そのものならいざ知らず、魔術は普通、そんなことできはしない。

生物の身に余る力だとしても、生物の枠を超えてはいないのだから。


ゆえに彼女は、星を見る。

彼我を当てはめ、永き時間に世界の変遷――復元を夢見る。


「地表が燃えた」


断面が燃え、散り溶けていた体は止まった。


「雷雨が降った」


死に体に衝撃が走り、満ちる水分に命が宿る。


「草木が芽吹き、世界は命で色付いた」


逆巻く血肉は草原の如く。何かを追い求めるように上へ上へと伸び、互いにぶつかり拍の音を鳴らす。

これぞまさしく歓喜の拍手。祝福されし王の再誕。


「これは星々の夢。あぶく希望のオラトリオ」


禍々しい血溜まりの世界に、美しく明るい泡が溢れる。

浮かぶ気泡は血を吸い清め、集う気泡は惨状を隠す。

傷を包み、苦痛を遮り、守る肢体に癒しを与えていた。


「ぷっはー、生き返ったァ!!」


弾けた泡から、頭部を再生させたアリババが顔を出す。思い切り息を吸い込み、全身に酸素を行き渡らせている。

だが、シワシワのシスイは沈黙したままだ。

そっと肌に触れるシエルは、目を伏せている。


「……シスイさんは、ダメなんだね」

「こいつは常に血を吸われ続けてるみてぇだからな。

スカーレットがいる限り、復活は無理だろ」


掠れ声でつぶやくシエルに、アリババが答える。傍らの侍は確保したまま、鼻歌を歌いながらナイフをいじり、ご機嫌そうだ。


「あなた1人で、ひっくり返せるの?」

「何言ってやがんだ。わかってんだろ? 俺の本質」


弱気な態度を鼻で笑う。3度も殺され、1度は助けがなければ息を吹き返せなかったというのに。

盗賊の王は自信に満ちた笑みを浮かべていた。


シエルは依然、目を伏せたまま。

服の上からペンダントを握りしめ、今回のきっかけとなった盗みを思い返す。


「最初から、薄っすらと感じてはいた。いいえ、感じなさすぎた。あなたは神秘。あらゆるものを盗むモノ」

「そうさ! だから俺はここにいる」


死なない。死はない。揺るぎもしない。

魔王種スカーレットの支配下、吸血鬼の国カルミンブルク。

妻を奪われ、何度も死にかけ、実際に死を繰り返し、それでも挑み続けた魔王の領域。ようやく辿り着いたその最奥にて、男はかつてない存在感を放つ。


「ここまでして、盗みたいの?」

「十二魔王クラスのやつがいて、その秘宝を盗まずいられるかよ。神秘を生かしてんのは、命じゃなく存在だぜ?

火みてぇな現象、血みてぇな物質、盗みみてぇな概念。

俺等はこの本質を手放せねぇ。手放して生きちゃいられねぇ。狂おしいほど、追い求め貫いちまうのよ。

あんたも、嫌というほど知ってるだろうがな」


彼は盗み。彼は略奪。彼は多くを手中に収めるモノ。

隠れ、潜み、裏から盤面を進めていた盗賊の王は、今宵――


「だからよ、寄越せやシスイ。俺はお前の力が欲しい。

お前に馴染んだ、その血の力が欲しい。

そうしてテメェの世界もだ、スカーレット」


その腕に抱える侍より、万象の火種を奪い取る。

火種が咲かすは水の力に血を抜く力、空気、炎、銀、重力と錆。そして、最後にして最大の火種こそ、最も死に近付けたスカーレットの血を支配する力。


「さぁ、盗み合いといこうぜスカーレット。

どっちがこの()の主導権を握れるか、勝負だ」


自らを捕らえていた血をまとい、アリババは猛る。

人を利用するしかできない小悪党など、どこにもいない。

ここにいるのは、名実ともに盗賊の王。

挑め、血の支配(世界)に。



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