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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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57-戦いの舞台

"すべては我が手の中に(アリード・カルバク)"


手を掲げるアリババは、獰猛に笑いながらその名を呼ぶ。

自らの名。力の名。己を表す在り方の名を。


彼は神秘だ。救世の意思なき、時に勇士と呼ばれるものだ。

であるからこそ、その一言だけで彼は絶大な力を発揮する。


スカーレットが血を支配するように、シスイが他の神秘に身を染め力をコピーするように。彼はあらゆる物を盗み、それを使って目的を果たす。


「さぁ、これで付近の血は俺のもんだ」


盗んだのはコピー能力。またコピー済みだったスカーレットの能力。血の支配権を得た彼は、それらに自分たちへの危害を止めさせていた。


支配権を奪い返されない限り、ここで血を吸われることはない。もちろん、爆発することも。アリババは空気に混ぜられていた血も回収し、練習がてら周囲に足場を作っている。


「う……ここ、は」

「シスイさん!? 起きたの!?」


渦巻く血潮の中で、女性の声がした。

シエルは彼女と話したことがないものの、2人しかいないのだから聞き間違えようがない。


ザンカの里の侍、シスイは復活した。

まだ弱っているのか、返事はないが、それだけは確かなことだった。


「能力盗んだ詫びだ。血を吸われ続けてた状態も、ついでに盗んどいてやったぜ。今の俺は血を操れる。吸血なんざ効かねぇからな。おっと、デバフだけ盗めとか言うなよ?

この戦いでは、盗みの神秘()血を操る能力(コピーした能力)を手に入れることが重要だし、それじゃ俺が死ぬ」


とぐろを巻いていた血は、いくつかの束になってまとまり、遠心力で弛みながら花開く。

その中央で、アリババは息も絶え絶えのシスイを抱えて饒舌に喋っていた。


手を借りなければ、魔術でも回復できなかったのだ。

文句などない。震えながらも自分で体を支えるシスイは、彼を責めずに目尻を下げる。


「状況は、よく、わからないけれど……

どうせなら、僕の刀も、取ってきてくれないかい?」

「おー……そりゃたしかに。最優先か。

ちょっと待ってろ。ふん、ほらよ」


アリババは片目を閉じると、ごちゃごちゃと指を動かす。

1分ほどして、ドロリと開いた天井から降りてきたのは、血液の手に掲げられた刀だ。


一直線にシスイの元へ降ってくるそれは、以前と変わらない存在感を放っている。ゆっくりと手に取ったシスイは、首を傾げて困惑を隠せない。


「……どこから、出したのかな?」

「俺は今、この街だ。この街にあるもんなら何でも盗める。

とにかく、お前への借りは返したぜ」

「どうせ盗んだのもあなたでしょ?

巻き込んだことの埋め合わせができてないんじゃない?」

「シエル!! まーたテメェは!!」


現状有益だからといって、シエルは敵意をなくさない。

悪事を誤魔化そうとしたアリババは、即座に台無しにされて頬を引くつかせていた。


「っと、んなこた今どうでもい。

早速気づかれたぜ。奪い返されたら全滅だ」


付近の血はアリババの支配下だ。

しかし、視界の中でも少し離れたところの血は刃を形作り、密やかに殺意を向けてくる。


街のすべてを掌握できているとは言えず、それも気を抜けば奪い返される程度のものだろう。

スカーレット自体を倒さなければ、抵抗者に未来はない。

あるいは、血の支配権を丸ごと奪い盗ってしまわなければ。


「俺はここからあいつの全てを盗む。

お前らは加勢してきた方がいいんじゃねぇの」

「そうだね。行こう、シスイさん」


手を向けた先で蠢いていた血が、主導権を盗まれ沈黙する。

アリババだけができること。アリババがしなければならないこと。口の両端を下げるシエルは、不服そうながらも頷き、まだ座り込んでいるシスイを促していた。


「今の僕は、何の能力もない、ただの侍。

あの女王が相手じゃ、力になれないと思うよ」


コピー能力は失われ、長く断血状態だった体に力はない。

自身の願いも含め、シスイは自信なさげだ。

それはきっと、どちらも紛れもない真実だろう。


だが、シエルはたとえ無力でも構わない、といった態度で真っ直ぐ目を見据えている。


「うちのリチャードだって、特殊な力は持ってないよ。

純粋に強くなる。勇者に相応しい力を、行動を、保ち続ける。それだけが、あの子にできること」


だから、行こう。そう言わんばかりに、シエルは凛々しい顔で手を差し伸べる。あなたの強さは、無価値じゃないと。

あなたの努力は無意味じゃないと。

シエルは彼女のすべてを肯定しているようだった。


「……そうだね。幸い僕も、ようやく刀を取り戻せた。

戦力としては、大差なしかな」


ゆらりと起き上がるその身に、やはり力はない。

如何なる神秘も圧力もなく、すべては彼女の内から消え去っていた。


それでも、真なる星の導きを頼りに、彼女は成し遂げるのだろう。天を覆う影を払い、本来の星空を取り戻すことを。

故に人々は、救世の意思なき勇士にすらこう期待する。

――星を堕とせ、と。




~~~~~~~~~~




「……」


天にも地にも、おびただしい世界があった。

上には赤い空と、中で蠢く偽物の星。下には赤黒い街と、表面を覆う脈動。一面の空と、数十キロに渡る街に挟まれる中空。仰向けに浮かぶベルは、そのすべてを、一身に受けていた。


「圧巻だ」


ここは巨獣の口内だっただろうか。

神秘ではない、ただのちっぽけな人間に過ぎないベルは、為す術もなく幾度も噛み砕かれ、血肉を撒き散らしている。


しかし、この街で死ぬことは許されない。

飛び散った肉片は闇に消え、体は最も大きな肉塊から再生させられていた。


痛みに慣れることはない。苦しみが和らぐことはない。

それでも、心は鈍り、鉄の香りは日常になる。


「これが、英雄の景色だってか?」


目の前で繰り広げられるのは、リチャードとスカーレットの戦いだ。魔王は血という世界を操り、勇者は一度も死ぬことなく天も地も斬り捨てる。


それらは正しく規格外。神秘という力、現象そのものなのだから。借り受け使うだけの魔術とは、比べものにならない力だった。


「死んでも折れず、魂を燃やして、それでも片手間に殺され、戦いの相手にならない。そりゃ、人形遊びに使われる訳だ」


油断はなかった。ただ、疲労やストレスが限界を迎え、対処しきれなかっただけ。ほんの一呼吸程度、ついて行けなかっただけだ。


たったそれだけで、この有様。

勇者と魔王の激突の渦中では、立て直す間もなく死に続けるしかない。


「……これは、悔しいなぁ。シャノン、クーリエ」


既に殺された友を想う。見せつけられた死の瞬間を想う。

魔王の手にかからず、死を迎えられた幸運を、羨む。


スカーレットが全力で遊んでいる影響だろうか。

どうしてか今は、何度首がねじ切れても、頭が弾け飛んでも、意識は途切れていなかった。


「でも、止まれねぇよなぁ」


先ほど、街は殺された。吸血鬼ならともかく、人間で生きている者はいないだろう。目的面で、立ち向かう理由はもはやない。


「認められねぇよなぁ」


あるとすれば、それは信念。この状況を良しとせず、敵の存在そのものを容認しない、意思。


「許せねぇよなぁ」


怒り。未熟さを痛感してもなお、諦めに変換されない揺るぎない感情。ベルを何度も生き返らせるスカーレットだ。

人々もきっと、どこか別の場所にいる。


であれば、英雄は叫ぶべきだ。

過ぎたものでもなんでも、人の誇りを。

その純然たる激情を。


「なぁ、ベル!!」


直後、声に呼応するかのように街が止まった。

赤い空は凪いで広がり、どす黒い街は寝静まる。

まるで、正常な夜に戻ったかのよう。


「ハハ、ハッハハハハ……」


動きの止まった赤い空――スカーレットが両断された。

ど真ん中には巨大な穴。一太刀では、リチャードの斬撃だけではない。


おまけに、断面は今までと違いくっついていなかった。

彼女はどこか違う場所へ意識を向けている様子で、のた打ち回っている。


「ハハハハハハハッ!! 止まっていいのかよ? 自由にしていいのかよ? フハッ……あぁ、オレはこの機を逃さねぇ。

リベンジだ魔王!!」


空は死地より脱した。地上の街も同様だ。

人の身でも生き得る戦地は、より多くの戦士を招く。


「……ああいう子、だったかな? ベルくんって」

「何度も殺されて、生き返らされて……

少し、壊れてしまったみたいなの」


街の底、心臓部にいたシスイたちが浮上した。

仮死状態だった間の出来事を聞き、彼女もまた悲しげに目を伏せている。


「仇は討つよ、クーリエ。待っててね」


街の中、どうにか天変地異を凌いでいたフレイが照準を合わせる。戦場が安定すれば、何人たりともその目からは逃れられない。


「なぜ、血が……!?」


同じく、街。深い霧に飲まれた一角にて。

膝をつくアズールが、唇を噛め締め声を荒げる。

眼前には、妖艶な笑みを湛えたモルジアナが立っていた。


「盗んだのよ、アリババが。あの人自身に戦う力はないから、邪魔すれば簡単に防げたのに……

ただの人間に邪魔されて、残念だったわね?」

「ッ……!!」


反射で駆け出し、鎌を振るうも、直後にその首はナイフで飛ばされた。もはや眼中にないモルジアナは、それを一瞥すらせずに通り過ぎる。


「私の仕事はこれでおしまい。

あとは頑張ってね、勇者さま」


血の制御を失い、意識を分散させられ、ようやく対等。

これでベルたちは、まともに女王と戦える。

人形遊びでも蹂躙でもない、戦いの舞台に。

遂に彼らは立ったのだ。



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