表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/97

55-心臓

『我が心臓を代償に顕現せよ、イコル』


外皮がツギハギになった空に、声が響く。

目は中央の1つ。口はない。

どこから聞こえるのか、誰が話しているのか。

きっと、変貌の瞬間を見ていたこの場の者しかわからない。


「代償だって? お前、さっき心臓盗まれてただろ」


答えはもちろん1つだ。天覆う赤き海。生命の範疇を超えた現象、あるいは神の如きモノが、声の主たるスカーレットである。対抗しようのない無窮の海に、ベルはなおも攻撃的な言葉を投げかけていた。


『手元になければ代償にならない、なんて制限はないのよ。

ついでに言うと、わたくしは心臓を創り直すこともできる。

不完全な獣に成り果てるなどと、期待しないことですわ』


あちこちから伸びた触手が、ベルたちの頭上に集まり球体を掲げる。脈打つそれは、アリババが盗んだはずの心臓だ。


盗まれ、ついでに言うと代償にもしているはずなのに、彼女の核は依然としてその手中にある。今の体に合わせた大きさで、刃も魔術も通りそうにない。


「あれが、やつの本来の姿だってか……?

ただのバケモンじゃねぇか、冗談キツいぜ」


心臓は引き寄せられ、波紋を生みながら水面に消える。

無駄に広がっていた体は、核を収納すると、ベルたちの上空のみに収縮し引き締められていた。


触手も内に収めて、球体のような様相。

生き物だとするならたしかに化け物だが、景色として見れば、それは空から雲に変わっていた。


『化け物なんて酷いですわ。

わたくしは、誰もが持つ血ですのに』


それは嘯き、世界は踊る。女王を慰めるように、元気づけるように。瓦礫の山だった本来の街も、外皮の役割を果たしていた尖塔と錆の大地も。すべてが崩れ、再構築される。


「また変えんのかテメェ!?」

『地下へは、あなたが勝手に入ってきただけでしょう?

決戦を行うならば、相応しき地にしなければ。

それに、まだ地上に残った子もいるようだものね』


街や血肉が混ざり合う光景は、始まりの混沌。

小さなつぶやきを飲み込み、街は上下の垣根をなくす。

逃げ場はない。耐えようもない。すべては女王の思うがままだ。


『ここを、血塗られた古戦場と致しましょう』


元は数十万規模の街なのに、上書きはものの数秒だ。

変化に身構える間もなく、世界は一瞬で組み替わる。

張り巡らされた血が、空気に混ぜられていた血が、同時に変容し建物を築き上げていた。


「こいつが相応しい場だって?」

『えぇそうよ。コロシアム、のような形でもよかったのだけれど、英雄と吸血鬼ならばやはり城でしょう。

居城よりも城らしい、禍々しき牙城。心躍りませんこと?』


天蓋は完全に開かれた。遠く彼方に見えるのは、空へ噛みつかんと口を開けた牙。城壁なのか、その柵なのか、いずれにしても出られないと錯覚するには十分だ。


おまけにここは、元いたような空高く。

移動などさせられていないはずなのに、ベルたちは再び最上階の間に引き出されていた。延々と連なる城の一部が、自分たちを包囲しているようにどこを見ても一望できる。

地上より近くには、天を蠢く赤い雲が浮かんでいた。


「リチャード、お前あんなのでも殺れるか?」

「そう思うか?」

「……思ってるよ」


――正確には、思いたい。この期待が、助けに変換される気がするから。


「ならば、俺はそう在ろう。それだけを、考える」


交わる視線を断ち切り、リチャードは地面に剣の切っ先を向けたまま、力むことなく空を見上げる。その姿には、もう先ほどの脆さはない。小さくても、中身がなくても、彼は完全無欠の勇者だ。


「じゃ、やるか。オレたちしかいねぇけどさ」


何度も殺され、逃げ回り、ここに立つ。

自分を見失い、それでも歩いた先で壊れ、なお倒れない。

これぞ正しく人の歴史。失敗を繰り返しながらも、少しずつ自然(未知)を拓いた人類の在り方だった。




~~~~~~~~~~




リチャードは素で、ベルは重力軽減の靴で、それぞれ城の外に飛び出し戦い始める中。1人残されたシエルは、2人が目を向けなかった室内を見回していた。


「アリババもシスイさんもいない。書き換えは、あたしたちも動かしたのに。まさか、もう生きていない?

だとしても、今さらシスイさんを手放す理由なんて……」


瀕死状態で脅威にならないシスイを、スカーレットはずっと手元に置き続けた。居城の中でも、地下に降りた後でも。

人外の形になったからといって、やめる理由はない。


「いえ、そもそも目的は場所を変えることじゃない。

あたしたちは移動したんじゃなくて、隔離された。

もしくは追い払われた。だとするなら、シスイさんはともかくアリババは……」


ブツブツと考察を口にし、杖を持ち上げる。

叩かれた地面に浮かび上がるのは、夜空を模る星座。


「星……じゃなくてもいいか。疲れるし」


正確無比に描かれた星図だったが、それが魔術になることはなかった。直前で輝きを和らげると、静かにゆっくりと巡り始める。仄かな星光を浴びながら、シエルは懐からルーン石を取り出していた。


"P.(ペオス)"


空に投げられた石は、杖を向けられるとパリンと砕ける。

刻まれた文字はP.――道標のルーンだ。

石だった砂粒は、意思を持った神秘の流れとなり、生き物のようにうねりながら一点を目指す。


「2つに分かれない……ってことは、シスイさんはまだアリババが確保してるんだ」


地下はまだあるのか、それとも階下にいるだけか。

神秘の奔流は、下を目指して流れ行く。


居城ではないため、階段はない。

しかし移動は難なくできる。

シエルの傍らに浮かんだ星座が、星に当てはめられたルーン石を撃ち出し、正確に道を開いているからから。


「ひたすら下……じゃないの? え、なにこれ」


シエルは道標を辿り、一つ下の階に降りた。

直後、示す先は右斜め上に跳ね上がり、進路が変わる。

不可思議な変動に、彼女は動揺を隠せない。


「常に移動してる……? ここそんな広かったっけ」


真相はともあれ、道標を信じずゴールはない。

困惑するシエルだったが、すぐに気を引き締めると、ルーンに追加して先ほどの占星術を再度起動する。


「疲れるとか、言ってらんないね。

持ち得る力を総動員して、手繰り寄せないと」


シエルの背後で、星座は巡る。

ぐるぐる、ぐるぐると、世界の様相を現して。


ただ今回、模型は普通の空ではない。

金や蒼い星があり、全体を制する赤がある。


この街に散らばる、強者や戦いの写し身だ。

もっとも、それらは原則、正しい星空に当てはめられたものではあるが。


「この偽りの空の中で、あなたはきっと星喰らい。

触れるすべてを盗んで奪って、力を増してく強欲な渦」


赤い空はスカーレット。不動の金はクレア。

蒼星は弱り、銀星は弾ける。無色の流星はリチャードか。


ならば、万火のシスイはどの星だ?

見境なく手を伸ばすアリババはどの星だ?

満天の星空を瞳に映し、シエルは必死に星を読む。


「――そこ」


占術が終わったのか、シエルはいきなりある一点に杖を向ける。星空が示すところの暗黒星。周囲の星を引き寄せるベールが当てはまる方向に、魔力弾は撃ち込まれた。


床を穿ち、壁を崩し、光線は長く長く道を開く。

時折ブレるがなんのその。最終地点は変わらないとばかりに、愚直に光は突き進む。


運命は定まった。道標のルーンも、今では同様にそちらの方へ一直線に向かっている。とはいえ、道を示せてもついて行けなければ意味はない。目まぐるしく変わる城内を、うねる光線を、シエルは歯を食い縛りながら懸命に追う。


「脳みそ、焼き切れそう……」


速すぎる視界が、立て続けに判断を迫る。

生えてくる壁への対処や、目標の捕捉、そのための魔術制御に飛行のコントロールと、同時に考えることが多すぎた。


シエルの目は充血し、額に汗が伝っている。

わずかでも食い違えば、その場で崩れてしまうだろう。

衝突で死ぬか、迎撃の場に誘き寄せられ果てるか。

アリババへの道は細く、一度のミスも許されない。


「だけど!」


それでも、下唇を噛むことで集中力を保ち、シエルは赤い空を征く。戦う力は不足なれど、星読み泳ぐは学者の本分。

長く一瞬の学途は、遂に最後の神秘へ辿り着く。


「――」


突き進んだその先に、不思議な浮遊感が満ちた空間があった。中は空洞で、浮かぶ心臓以外ではただ赤い潮のみが漂う地獄。


命を縛り、苛み、外敵を排する防御機構に、ただ1つの人の影。星の光は、狙い違わずその胸部を貫いた。


「見つけたよ、アリババ!」

「――!!」


返事はない。動きはない。それは潮に囚われ足掻く肉でしかないから。だが、弱々しくも確かな存在がここにはある。

頭部を無くしながらもシスイを抱え、手を差し出している盗賊王アリババの姿が。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ