54-彼盗みしは一滴の雫
曰く、女王は街のすべてを把握している。
なるほど、確かにそれは事実だな。2度の侵入で、それをうんざりするほど実感した。
毎回初手でバレるとか、そうでなきゃあり得ねぇ。
生き残れていたのは、1度街から逃げられたのは、単にあれの趣味ってだけ。ただの人形遊びだ。
マジで、とんでもないところに盗みに入っちまったもんだ。
とはいえ、だ。欲しいもんは欲しいし、諦めるつもりはない。何度でも死を誤魔化し、隙を窺う。
昔も今も、死屍累々のゴミ溜めの中が、俺の住処だ。
で、あの化け物に隙はあるのか?
シャノン以上に強かった、あの勇者すら手玉に取るやつに。
「シスイ、ねぇ……」
モルジアナの考察を聞いた。噂がすべて真実だとして、あれはどうやって把握しているのか、と。仮に、街を自分自身と定義しているのなら。完全に飲み込み、体内に収めたと言える状態になった時、精度は変化しないのか?
「ま、獲物が固まってんならそれに越したことはねぇ」
答えは否だ。生物は自分の体内を把握できない。
周りにはセンサーを設置できたとしても、体内には限界がある。だからこそ、あれが昂ぶってピンチになった時こそチャンス。
邪魔さえ入らなければ、あれが俺らを敵と認識していなければ、暗がりに潜むこの盗賊王が、秘宝を手にできるって寸法よ。
「いただくぜ、てめぇの心臓。あとシスイもな」
自分の身を守るだけで精一杯のシエルを無視し、女王に迫る。意識はガキどもに釘付けだ。助ける義理はねぇ。
こいつら囮に、秘宝を手にしてやる。
……いや、義理はあるが。ついでだろうと助かるなら、文句はねぇだろ?
おもむろに近づき、手を伸ばす。今の俺は寄生虫。あるいは体が取り込む栄養。クレアたちがいなけりゃ、排除はできねぇ。
見る必要はない。気にする価値もない。
伸ばした手は、拒絶されることなく女の背に触れた。
ドクン、と。魔王の脈動を感じる。溢れるのは笑み。
手に重みを感じながら、確信する。俺の勝ちだ。
「ハハ、ミッションコンプリートだ」
掴んで引き寄せた手に、生きていると感じるほどテラテラと輝く赤い宝石が、辺りを照らして瞬いていた。
~~~~~~~~~
唐突に、血の世界が粉々に弾けた。
血を吐きあえぐベルが見たのは、スカーレットの首を斬るリチャードと、彼らの向こう側で笑うアリババだ。
「リチャードのやつ、あの中で動いてたのかよ……」
つぶやき、立ち上がる。いや、立ち上がろうとしただけだ。
力が抜けているのか、実際には立ち上がれずに倒れ込む。
なおも血を吐きながら、彼は仕方なく彼らを見ていた。
「つーかアリババ、マジで生きてやがった。あの状況で動けるのどうかしてるし、いつ来たんだよ」
「ベルくん、大丈夫?」
スカーレットが倒れ、危険は去った。
身を守る必要のなくなったシエルも、杖を下ろして肩を上下させながら心配そうな顔で歩み寄っている。
「あ? あんたはオレんとこじゃねぇだろ」
「あの子は大丈夫。強さとか、体とか、そっちの方面で心配はしてないんだ。だから、ベルくん。大丈夫?」
「……まだ終わってないのか?」
真剣な眼差しでまっすぐ見つめられ、ベルは表情を引き締める。返事はない。確証もない。ただ、彼女がリチャードを優先しないほど、強さや体を心配するということは――
「ハーッハッハッハ!!
油断しやがったなスカーレットォ!!」
身構えるベルだったが、特に何が起こることはなかった。
ただ、不気味な緊張感と、それをかき消す能天気な声が聞こえてくるだけ。彼は嫌そうに顔をしかめる。
「うるせぇ……油断しすぎだろ」
「黙れクソガキ! 俺は過程で潜む分、盗んだ時にゃあ腹ぁ抱えて笑うのさ。良きにしろ悪きにしろ、何かを得た時人は狙われる。警戒なんざキリがねぇ」
シエルの手を借り立ちながら、視線を飛ばす。
瓦礫を浸す血に、動きはない。地面を覆う血溜まりにも。
世界は静まり返り、一見傷が見えないスカーレットも、うつ伏せのままだ。
「だとしても、今じゃないだろ。敵陣ど真ん中だぞ」
「勇者がいんだぞ? 雑魚に怯える必要はねぇ」
「いいから黙れよ!」
返事をしつつも、ベルの意識は街に向けられる。
物陰を、風に揺れる血溜まりを、瓦礫から垂れる血を、油断せずに絶え間なく見渡す。
しかし、怒鳴られてなおアリババはご機嫌だ。
油断しきって、倒れ伏すスカーレットの頭を踏みつけている。
「おうおう。何でも見透かしたように部下差し向けやがってスカーレットこの野郎。触れた相手から何でも盗める盗みの秘術。テメェ以外に使うかよ!」
スリープ状態だったリチャードが動く。
アリババが踏みつけるスカーレットではなく、その背後。
彼の後ろで、陽炎の如く揺らめく影に向かって。
「あ? 急にどうした勇者‥」
「心臓を盗まれた程度で、神秘は死なない。
あなただってわかっているでしょう?」
「ッ!?」
固まるアリババの背後で、影が像を結ぶ。
再び形を持ったそれは、血の女王。振り返る暇もなく、アリババの顔は膨らみ、ひび割れていく。
「血液という存在は、まだ残っているのだから」
アリババの頭が、弾け飛んだ。
全身を破裂させるものとは違い、血が皮を突き破るだけではなく、跡形もなく爆発している。
頭部に限定したからか、威力もこれまでの比ではない。
余波だけで、ベルたちはよろめき付近の瓦礫は崩れ落ちる。
残された体も、小さな破裂を繰り返してズタズタになっていた。
「だから油断すんなって、言ったんだろうが……!!」
再生した敵を前に、ベルは激情を見せて魔導書を開く。
全身に魔力をまとい、手に炎を宿し、頼りなくも扱いやすい初撃を‥
――いや待て。あいつさっき、笑ってなかったか?
すぐさま攻撃を加えようとしたベルだったが、直前に見せたアリババの表情を思い出し、踏み止まる。目を見開き、広い視野で街を見る。
――シスイがいない。
「師匠、任せていいか?」
「うん、もちろん、2人でボコボコにしてやって」
不確定要素をシエルに任せ、ベルは歩き出す。
スカーレットが復活するなど、考えてみれば当たり前。
ベルは何度も繰り返し蘇生させられ、アリババだって間違いなく1度は再生させられているのだから。
――盗んだのか。ついでのようにこっそりと。
笑う。笑う。笑う。それは、必死だったベルの中には、存在しなかった感情だ。殺され続けて怒るベルには、存在しない感情だ。しかし、同じように抗っているはずのアリババは、笑った。
「盗賊だからじゃ、ないんだな」
存在から、違った。あれは思想も生き方も違う、普通の人間とは懸け離れた存在だ。最初から、ずっと。
目の前の魔王種と同じで。
「やるぞリチャード!!」
「元気ね、あなた」
「お陰さまで、力ぁ満ち満ちてっからなぁ!!」
リチャードは返事をしないが、一瞬でスカーレットの背後に立つと、彼女を細切れにする。殺し切れずとも、少なくともこれで邪魔はできない。
「あラあラ。殲メツ力はナクても、やっパり一対一デのセイ能はズバ抜けてイるわね。話しニクいワ」
動けないスカーレットは、ただ笑う。
血でバラけたパーツを捕まえて、広がる体を押し留めて。
「そんだけで済ますな、クソったれ!!」
ベルは魔力の長杖をクルクルと回し、進む先々に軌跡を残す。失敗も多いが、成功したそれらは錬金陣。
周囲の土塊や血溜まりを、他の物質に変えていく。
おまけに今回、1つとして同じものがない。
水、銀、岩、火、木と、火力が足りないなら手数を増やすと言わんばかりに、対処の異なる属性に変じていた。
「星は見た。お前へと至る道を」
バラバラに描かれた陣は、さながら星図。
ルーンの飛び交う、星屑の夜。
その中央を駆け抜けるベルは、一歩ごとに加速し光を纏っていく。地を割き血を裂き、弱まる重力に乗って其の眼前へ。
「シャべり難いカラ、人のカタチは手放シまショウ」
「は……!?」
絶え間なく口の形が変わるのは、なるほど確かに話しにくいことだろう。だが、普通は元に戻れないし、体を放棄する術もない。まともな生物では、まず考慮する段階にない事柄だ。
元が人ではないからこその、本質の解放。
驚愕するベルの目の前で、スカーレットは自身が弾けた。
「ッ!!」
至近距離で全身に血を浴びるベルは、目だけを何とか庇って追撃に備える。もちろんそんなものはない。
一滴も血を浴びていないリチャード同様、彼はスカーレットの姿を見失った。
「どこに……」
街が再生する。人々が蘇る。巻き起こる声は、勇者へのブーイングと女王を讃える家畜の賛歌。ザアザアと鼓膜を叩く音は、渦巻き、集まり、頭上に赤き世界を映す。
「気にすんなよ、リチャード」
「……」
人々の声は消えていた。彼らが発していた、命の気配も。
変わりに現れるのは、世界を覆う赤い雲。
ベルたちが見上げる先には、天を満たす赤い海があった。
「この街のすべては、あいつが見せる悪夢だ」
天を見上げよ、英傑たちよ。その先にこそ、世界を育む宇宙がある。彼の者が魔王。すべての命の源泉。
けして見紛うことなかれ。
支配者は常に、上から我らを見下す者也。




