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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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54-彼盗みしは一滴の雫

曰く、女王は街のすべてを把握している。

なるほど、確かにそれは事実だな。2度の侵入で、それをうんざりするほど実感した。


毎回初手でバレるとか、そうでなきゃあり得ねぇ。

生き残れていたのは、1度街から逃げられたのは、単にあれの趣味ってだけ。ただの人形遊びだ。


マジで、とんでもないところに盗みに入っちまったもんだ。

とはいえ、だ。欲しいもんは欲しいし、諦めるつもりはない。何度でも死を誤魔化し、隙を窺う。

昔も今も、死屍累々のゴミ溜めの中が、俺の住処だ。


で、あの化け物に隙はあるのか?

シャノン以上に強かった、あの勇者すら手玉に取るやつに。


「シスイ、ねぇ……」


モルジアナの考察を聞いた。噂がすべて真実だとして、あれはどうやって把握しているのか、と。仮に、街を自分自身と定義しているのなら。完全に飲み込み、体内に収めたと言える状態になった時、精度は変化しないのか?


「ま、獲物が固まってんならそれに越したことはねぇ」


答えは否だ。生物は自分の体内を把握できない。

周りにはセンサーを設置できたとしても、体内には限界がある。だからこそ、あれが昂ぶってピンチになった時こそチャンス。


邪魔さえ入らなければ、あれが俺らを敵と認識していなければ、暗がりに潜むこの盗賊王が、秘宝を手にできるって寸法よ。


「いただくぜ、てめぇの心臓。あとシスイもな」


自分の身を守るだけで精一杯のシエルを無視し、女王に迫る。意識はガキどもに釘付けだ。助ける義理はねぇ。

こいつら囮に、秘宝を手にしてやる。


……いや、義理はあるが。ついでだろうと助かるなら、文句はねぇだろ? 


おもむろに近づき、手を伸ばす。今の俺は寄生虫。あるいは体が取り込む栄養。クレアたち(免疫)がいなけりゃ、排除はできねぇ。


見る必要はない。気にする価値もない。

伸ばした手は、拒絶されることなく女の背に触れた。

ドクン、と。魔王の脈動を感じる。溢れるのは笑み。

手に重みを感じながら、確信する。俺の勝ちだ。


「ハハ、ミッションコンプリートだ」


掴んで引き寄せた手に、生きていると感じるほどテラテラと輝く赤い宝石が、辺りを照らして瞬いていた。




~~~~~~~~~




唐突に、血の世界が粉々に弾けた。

血を吐きあえぐベルが見たのは、スカーレットの首を斬るリチャードと、彼らの向こう側で笑うアリババだ。


「リチャードのやつ、あの中で動いてたのかよ……」


つぶやき、立ち上がる。いや、立ち上がろうとしただけだ。

力が抜けているのか、実際には立ち上がれずに倒れ込む。

なおも血を吐きながら、彼は仕方なく彼らを見ていた。


「つーかアリババ、マジで生きてやがった。あの状況で動けるのどうかしてるし、いつ来たんだよ」

「ベルくん、大丈夫?」


スカーレットが倒れ、危険は去った。

身を守る必要のなくなったシエルも、杖を下ろして肩を上下させながら心配そうな顔で歩み寄っている。


「あ? あんたはオレんとこじゃねぇだろ」

「あの子は大丈夫。強さとか、体とか、そっちの方面で心配はしてないんだ。だから、ベルくん。大丈夫?」

「……まだ終わってないのか?」


真剣な眼差しでまっすぐ見つめられ、ベルは表情を引き締める。返事はない。確証もない。ただ、彼女がリチャードを優先しないほど、強さや体を心配するということは――


「ハーッハッハッハ!!

油断しやがったなスカーレットォ!!」


身構えるベルだったが、特に何が起こることはなかった。

ただ、不気味な緊張感と、それをかき消す能天気な声が聞こえてくるだけ。彼は嫌そうに顔をしかめる。


「うるせぇ……油断しすぎだろ」

「黙れクソガキ! 俺は過程で潜む分、盗んだ時にゃあ腹ぁ抱えて笑うのさ。良きにしろ悪きにしろ、何かを得た時人は狙われる。警戒なんざキリがねぇ」


シエルの手を借り立ちながら、視線を飛ばす。

瓦礫を浸す血に、動きはない。地面を覆う血溜まりにも。

世界は静まり返り、一見傷が見えないスカーレットも、うつ伏せのままだ。


「だとしても、今じゃないだろ。敵陣ど真ん中だぞ」

「勇者がいんだぞ? 雑魚に怯える必要はねぇ」

「いいから黙れよ!」


返事をしつつも、ベルの意識は街に向けられる。

物陰を、風に揺れる血溜まりを、瓦礫から垂れる血を、油断せずに絶え間なく見渡す。


しかし、怒鳴られてなおアリババはご機嫌だ。

油断しきって、倒れ伏すスカーレットの頭を踏みつけている。


「おうおう。何でも見透かしたように部下差し向けやがってスカーレットこの野郎。触れた相手から何でも盗める盗みの秘術。テメェ以外に使うかよ!」


スリープ状態だったリチャードが動く。

アリババが踏みつけるスカーレットではなく、その背後。

彼の後ろで、陽炎の如く揺らめく影に向かって。


「あ? 急にどうした勇者‥」

「心臓を盗まれた程度で、神秘は死なない。

あなただってわかっているでしょう?」

「ッ!?」


固まるアリババの背後で、影が像を結ぶ。

再び形を持ったそれは、血の女王。振り返る暇もなく、アリババの顔は膨らみ、ひび割れていく。


血液(わたくし)という存在は、まだ残っているのだから」


アリババの頭が、弾け飛んだ。

全身を破裂させるものとは違い、血が皮を突き破るだけではなく、跡形もなく爆発している。


頭部に限定したからか、威力もこれまでの比ではない。

余波だけで、ベルたちはよろめき付近の瓦礫は崩れ落ちる。

残された体も、小さな破裂を繰り返してズタズタになっていた。


「だから油断すんなって、言ったんだろうが……!!」


再生した敵を前に、ベルは激情を見せて魔導書を開く。

全身に魔力をまとい、手に炎を宿し、頼りなくも扱いやすい初撃を‥


――いや待て。あいつさっき、笑ってなかったか?


すぐさま攻撃を加えようとしたベルだったが、直前に見せたアリババの表情を思い出し、踏み止まる。目を見開き、広い視野で街を見る。


――シスイがいない。


「師匠、任せていいか?」

「うん、もちろん、2人でボコボコにしてやって」


不確定要素をシエルに任せ、ベルは歩き出す。

スカーレットが復活するなど、考えてみれば当たり前。

ベルは何度も繰り返し蘇生させられ、アリババだって間違いなく1度は再生させられているのだから。


――盗んだのか。ついでのようにこっそりと。


笑う。笑う。笑う。それは、必死だったベルの中には、存在しなかった感情だ。殺され続けて怒るベルには、存在しない感情だ。しかし、同じように抗っているはずのアリババは、笑った。


「盗賊だからじゃ、ないんだな」


存在から、違った。あれは思想も生き方も違う、普通の人間とは懸け離れた存在だ。最初から、ずっと。

目の前の魔王種と同じで。


「やるぞリチャード!!」

「元気ね、あなた」

「お陰さまで、力ぁ満ち満ちてっからなぁ!!」


リチャードは返事をしないが、一瞬でスカーレットの背後に立つと、彼女を細切れにする。殺し切れずとも、少なくともこれで邪魔はできない。


「あラあラ。殲メツ力はナクても、やっパり一対一デのセイ能はズバ抜けてイるわね。話しニクいワ」


動けないスカーレットは、ただ笑う。

血でバラけたパーツを捕まえて、広がる体を押し留めて。


「そんだけで済ますな、クソったれ!!」


ベルは魔力の長杖をクルクルと回し、進む先々に軌跡を残す。失敗も多いが、成功したそれらは錬金陣。

周囲の土塊や血溜まりを、他の物質に変えていく。


おまけに今回、1つとして同じものがない。

水、銀、岩、火、木と、火力が足りないなら手数を増やすと言わんばかりに、対処の異なる属性に変じていた。


「星は見た。お前へと至る道を」


バラバラに描かれた陣は、さながら星図。

ルーンの飛び交う、星屑の夜。

その中央を駆け抜けるベルは、一歩ごとに加速し光を纏っていく。地を割き血を裂き、弱まる重力に乗って其の眼前へ。


「シャべり難いカラ、人のカタチは手放シまショウ」

「は……!?」


絶え間なく口の形が変わるのは、なるほど確かに話しにくいことだろう。だが、普通は元に戻れないし、体を放棄する術もない。まともな生物では、まず考慮する段階にない事柄だ。


元が人ではないからこその、本質の解放。

驚愕するベルの目の前で、スカーレットは自身が弾けた。


「ッ!!」


至近距離で全身に血を浴びるベルは、目だけを何とか庇って追撃に備える。もちろんそんなものはない。

一滴も血を浴びていないリチャード同様、彼はスカーレットの姿を見失った。


「どこに……」


街が再生する。人々が蘇る。巻き起こる声は、勇者へのブーイングと女王を讃える家畜の賛歌。ザアザアと鼓膜を叩く音は、渦巻き、集まり、頭上に赤き世界を映す。


「気にすんなよ、リチャード」

「……」


人々の声は消えていた。彼らが発していた、命の気配も。

変わりに現れるのは、世界を覆う赤い雲。

ベルたちが見上げる先には、天を満たす赤い海があった。


「この街のすべては、あいつが見せる悪夢だ」


天を見上げよ、英傑たちよ。その先にこそ、世界を育む宇宙(うみ)がある。彼の者が魔王。すべての命の源泉。

けして見紛うことなかれ。

支配者は常に、上から我らを見下す者也。



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