53-その体は星空を抱く
集まったベルたちを見て、恍惚の笑みを浮かべたスカーレットは、コツコツと弧を描くように歩き出す。
彼らの周囲を回り、じっくりと味わう。
剣を向け合っていた2人は、睨むことしかできない。
しかし、だからこそ傷つけ合うことがなく、また冷静さを欠いた状態で挑むこともなかった。
無事、シエルとの合流は果たされ、戦力は現時点で最高の面々である。もちろん、彼女が2人を多少なりとも落ち着かせられるから、という理由込みだ。
「リチャード、ごめんね」
2人に対する、シエルの第一声はそれだった。
悲しげで、苦しげで、無力感に満ちていて。
リチャードの周囲に浮かべられた星も、それを緩和できない。
だが、星はなおも増え続け、人型に合わせる星座はなんらかの機構が如く、彼を包みこんでいる。
カチリ、カチリと緻密に回る様は、纏える星空のようだ。
「あたしは、君を救えない。その資格も、ない。
だけど、引き戻すことはできるから!」
星空は廻る。幾年もの月日を描いて。
流れる雫は、永き苦難を受けた雨。
天地に遍き、隣を歩み続ける慈愛。
「それがたとえ、暗闇の中でも、停滞でしかなくても……
せめて、君の涙は見たくない!!」
それは、遡行か跳躍か。ブレていた体は実像を取り戻し、崩れた表情も元の無表情へ。パキィンと小気味いい音が響き、星空が組み替わると、勇者は無欠のモノに戻っていた。
先ほどまでの暴走など、見間違いだったとしか思えない。
それほどまでに、無感情で機械的。救世主と呼ばれるだけの、人類救済機構。
普段と比べても中身のないシステムは、もう壊れない。
少なくとも、この戦いでは。役目を、義務を、責任を果たすために稼働する、虚ろな殲滅兵器だ。
リチャードは、還ってきた。
「ベルくんも、お願い。落ち着いて」
「……」
それは、なんと惨いことだろうか。
壊れることも許されないなんて。義務を押し付けられるだなんて。それを、彼が大切と思いながらも、自らの手でしなければならないなんて。
涙ながらに手を握られ、かけられた言葉に、ベルも言葉を忘れる。怒りを忘れる。敵意を、殺意を、呼吸を。
すべての感情と動きを、忘れる。
「――あんた」
顔は蒼白。愕然として、掠れた言葉が漏れる。
声も唇も、震えていた。
「なんで、あんたが……
そんなこと、できるんだよッ……!!」
「ごめんね。あたしが、何もできないせいで」
弁明はしない。弁解もしない。目を伏せるシエルは、粛々と非難を受け入れる。怒りと悲しみ、その差はあれど。
泣いて苦しんでいるのは、自分自身なのに。
「っ、わかったよ。……仕方ない。仕方なかった。
オレも、故郷の村が滅びるべきだなんて思わない。
あんたの所業は、否定しない」
良くない行動に出たとして、それは悪事なのか、罪なのか、否定されるべきことなのか。
他に手段がないならば、少なからず最善ではあるのだろう。
ベルは不服そうながらも、受け入れ黙る。
目元を拭うシエルは、それを見て穏やかに顔を綻ばせた。
「ありがとう。ここからは、3人でやろう。
初めての共闘だね。あたしはもちろん、あなたたちも」
「作戦は? シスイか、自力か」
「居場所わかるの?」
「逃げ回っちまったからな。自信ない」
付近に助けるべき人はおらず、助けることに繋がる指示もないため、リチャードは喋らず動かない。
ベルとシエルは、2人で視線を交わし、方針を固める。
途端、今まで無言で観賞していたスカーレットが、近くの血溜まりから何かを引き寄せながら、口を挟む。
「あら。それって、これのこと?」
取り出されたのは、真っ赤に染まった和装の女性。
目を閉じたまま動かない侍――シスイだ。
城では転がされていた彼女だが、街に落ちた後は女王自らの手で確保されていたらしい。
とうに息をしていないようで、血に溺れていたはずなのに、口から血液は噴き出ず溢れた分だけ垂れている。
刀を持っていること、特徴的な服などから彼女と判別できたが、考えなければ思い至らないほど赤い人形だった。
「連れ回してたのかよ、お前」
「だって、そうしないとあの泥棒に盗まれるでしょう?」
「は? あいつはさっき死んだんだろ?
転がってる死体を見たぞ」
「あらそう? ……ふふ、なるほど。死体ね。
今度は見逃さなかったこと、褒めてあげるわ」
目を細めて微笑むスカーレットは、それでもまた、シスイをドブンと血にしまう。アリババがいようがいまいが、狙われていると分かっているものを野晒しにしておくほど油断してはいないようだ。あるいは、そうすることでより直接敵意を向けられたいのか。
いずれにせよ、標的は一つにまとまった。
命を狙うか仲間を狙うか。あとは奪うもの次第である。
「うれしくねー……けど、シスイはいたな。どうする?」
「奪還、かな。現状、あたしたちに勝ち目はないから」
「それでも立ち向かうのね。愚かですわ。
生き物は血に抗えないというのに」
邪魔することなく、勝手に会話に混じるスカーレット。
彼女のことだ。ただの感想なのだろうが、こんなもの、もう煽りでしかない。
「笑みが隠せてねぇぞ、性悪」
「隠してませんもの」
睨むベルに、スカーレットは満面の笑み。
誰も動かない無音の中、対峙する両者の間にチカチカと小さな光が瞬いた。瞬間、2人の少年と女王は、それぞれの思いを剥き出しにして激突した。
「星の導きがあたしたちの道しるべ。
追って! その先に未来はある!」
「任せろ師匠!」
蹴りを杖で受け止められていたベルが、それを足場に星光を追って飛び上がる。同じように、血の波に剣が捕まっているリチャードは、星座を殴って破壊し、距離を取っていた。
「この街にいる限り、わたくしからは逃れられないわ」
「あたしが目の前にいて、爆散させる訳ないでしょ。
少なくとも、体内の血は操らせない」
スカーレットはベルを凝視するが、今度も何も起こらない。
彼はビクリと身を強張らせるだけで、特に何事もなかった手を横目に地面へ降り立っている。
「えぇ、えぇ。わかっておりますわ。これでようやく対等。
虐殺ではない、御伽噺にわたくしは立っているの」
「こんな血なまぐさいおとぎ話があって堪るかよ!!」
降り立つと同時に、ベルが足元から銀の槍を錬成しながら、それに乗って接近する。回り込んでいたリチャードとの挟み撃ちで、逃げ場はない。
ただ、2人の狙いは星明かりでバレバレだ。
そうでなくとも、初撃は防がれている。今回は銀槍の手数があるとはいえ、普通にやって当たるはずがない。
「血なまぐささをデフォルメしたのが御伽噺でしょう?
何も間違ってはいませんわ」
必然、すべての槍の軌道、ベルとリチャードの行く先に、血の壁は現れる。花開くように、咲いた花弁で包み込み威力を殺そうとしていた。
「違う。現実がどうとか、あたしは知らない。
人が夢見る御伽噺は、キラキラした憧れなんだ!」
しかし、相手がバレているということは、相手の防御箇所もわかるということだ。シエルが放った光弾によって血は飛び散り、銀もベルもリチャードも、何一つ阻まれずに接近する。
「あら的確」
「死、ね!!」
狙いは首。また心臓。より大きく存在を削るために、重要な部位を狙うのは、普通の生物相手と変わらない。
空中のベルと下から心穿つリチャード。
時差を持って横殴りに襲う銀槍もあるため、防ぐのは至難の業だ。すべてが直撃するものではないとはいえ、手足を着実に狙う攻撃を無視できるものではない。
回避は難しく、防御も至近距離でなければ星に剥がされる。
戦士ではないスカーレットに、これをさばき切ることは不可能だった。
「……そうね。なら、最低限にするわ」
杖を回し、剣を弾く。防いだのはリチャードの攻撃だ。
湧き出た血の波も相まり、剣はわずかに逸れてスカーレットの脇腹を裂くに留まる。
その他、逃げ場を奪う雨は、次々に彼女の肌に突き刺さり、ベルの銀剣は首をたたっ斬る。身を反らし欠損を防ごうとはしていたが、銀剣が伸びたことで、胴体から完全に切り離された。
「っし、危ねぇ!!」
「まだだよ! 神秘は死なない。存在を滅ぼさないと、完全な消滅――死は訪れないの」
「寿命がないだけじゃねぇのか!?」
叫びながら、ベルの手は反射的に空を切る。
その軌跡に沿って、虚空から抜刀する形で魔力の杖が現れた。魔力による簡易的な杖。あらゆる魔術を行使する準備は完了だ。
「そうなるよね、ごめん! 少し崩れても山は山。
一撃で消し飛ばす火力がない場合‥」
「何度も殺して根絶させる!」
驚きつつも謝り、教えてくれるシエルの言葉を引き継いで、ベルは意識を敵に向け直す。
手段はわかった。ならばやるべきことは1つだ。
神秘そのものではない、非力な人間には手数がいる。
「自分の魔力だけじゃ保たねぇ、これッ……!!」
砕けた血は、固形のまま散らばっている。
つまりは石だ。鉱石だ。強い神秘を宿した鉱物に、ルーン魔術は刻める。それらに文字を刻み、術式を宿し、素材の神秘で魔術を発動させる。
「お前ももっとやれんだろリチャード!!」
逆巻く風に石は砕け、内部に魔術の渦を作る。炎、水、雷や氷。個々の威力は低いものの、魔導書のように固定ではないため、複数の属性を内包しており操作も容易い。
突き立つ槍のようなそれらは鋭く伸びて、未だ滞空しているスカーレットを狙っていた。
そう、まだ滞空している。首を切られたスカーレットは、体も首も、落ちるどころか空に昇っていた。
魔術の構築をしている間に、早くも数メートル上空だ。
伸びてくる風に内包された魔術を、広がった体でケタケタと笑いながら避け、泳いでいる。さらに上空からは、シエルのものであろう光も幾筋と振り注いでいるのに、悠々と。
体から解き放たれてしまえば、占い――星座が定める運命も当てにはならない。彼女の行く先々で星は爆発し、無情にも幻想的な光景を創り出すだけになっていた。
シエルとベルの力によるものなのに、模擬的な銀河はもはやスカーレットの遊び場だ。2人だけでは、足りない。
火力も手数も、何もかもが圧倒的に足りない。
「そう、だな。俺は、助けるべきだ。それだけでいい。それだけでいい。そのために、あいつを……」
普段より中身のないリチャードだが、戦える以上は意思がある。ベルに怒鳴られると、ギシギシと音が鳴りそうなくらい歪に見上げ、追撃を。端々を輝かせて空を駆け出す。
シエルが星空、ベルが隕石を思わせるとするなら、彼は暗闇を裂く流星だ。縫うように泳ぐ赤い空を、それ以上の速度で追い越し、先端を叩き潰す。
「宇宙に命は似合わない。落ちろ、血塊」
「あらあら、ならば一緒に堕ちましょう?
流星は塵1つ残らないのでしょうけれど」
吹き飛んだ血の中から、スカーレットの顔が覗く。
瞬時に空を蹴り飛ぶも、微笑み広げられる腕はどこまでも伸び、リチャードは内側に呑まれていた。
「……いずれ朽ち果てる我が身は大地」
「染み出るその血に、わたくしはいる」
リチャードが接近したからといって、弾幕を緩める余裕もそうするだけの余力もない。魔術は止まらず、彼らは共に全身を貫かれながら互いに引きずり落とされる。
「ベルくん!」
「諸共でいいんだろ?」
落ちた真紅は、四方八方に飛び散る。
弾けた水滴のように、地面も中空も、すべてを染めようと。
その手を、伸ばす。伸ばす。伸ばす。伸ばす。
街の瓦礫には赤が滴り、地面はとうに血の海。
ベルたちの頬にも、トロリと涎が伝っていた。
「ふふ、可愛い」
「ッ!!」
いた。後ろだ。隣だ。付着したスカーレットが、彩られた英雄に愛を囁く。
準備していた魔術など、使う余地がない。
街は最初から、女王の支配下。
この場はいつの間にか、彼女の体内。
逃げられない。抗えない。戦いにならない。
街に散らばる死体は、戦う者は、暴れる吸血鬼たちは、対峙する勇者たちは。そのすべてが彼の王の体内に沈んだ。




