52-あなたが見ているモノは何?
それは、とても理解の及ばない光景だった。
あまりにも現実離れしていて、頭が真っ白になる。
「……は?」
地下に広がる街が更地になる。瓦礫まみれの血の洞窟。
顔を出した人たちが、一斉に弾け飛ぶ。
望まれたまま、恐怖も疑いもなく、望まれたように。
「……おい」
一定の硬さを保っていたはずの血肉が、バラバラになって、液体のように不安定に飛び散る。ベチャベチャ、と。そこら中の瓦礫に張り付く。気持ち悪い。ここは海だったか?
赤い水たまりに、柔らかい固形が浮かんでいるのが見えた。
「おい、おい、おい、おい、おい……」
足が赤い波に浸される。トロリと広がってきた、スカーレットに。鼻を突く、カルミンブルクの香り。
脳まで犯し、錆びつかせるほどの臭気に、頭が痛む。
ズタズタに咲く死体を見ていられず、下を向く。
足先には、ぷかぷか浮かぶ目玉がコツンと当たっていた。
「これは、ダメだろ……」
ギョロリと目を剥く、その成れ果てに。
数秒前まで、人だった欠片に。
オレは、怒り以外の、感情を、見失った。
「何してんだよ、テメェ!!」
~~~~~~~~~~
街の人間が尽く破裂し、世界を真っ赤に染め上げる。
俺からしても、見ていて気持ちのいい光景ではない。
だが、どうでもいい。心の底から、どうでもいい。
むしろ、これでこそ魔王だと、身近に思えた。
日常だ。何度も求められ、向かう先には、いつもこんな光景が広がっていた。
「虐殺、か」
こんなもの、どうでもいい。
俺が許せなかったのは、認められなかったのは、忘れられなかったのは、数十秒前の、あの光景――
駆けつけた先で、俺は見た。
見知らぬガキが、英雄として祭り立てられている光景を。
初めてだった。勇者を前にして、自ら立ち上がろうとするやつは。こんなもの、俺は知らない。
「――っ!!」
血で操られ、言動を支配され、救世者であれと義務付けられている。その役割を、被せられて、いる。
思考が、沸き立って、いく。
險ア縺帙↑縺?ェ阪a繧峨l縺ェ縺?ォ後□諤悶>闍ヲ縺励>縺ゥ縺?↓縺九↑繧翫◎縺?□縺ェ繧薙〒縺薙≧縺ェ縺」縺溘♀辷カ縺輔s險ア縺励※縺斐a繧薙↑縺輔>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>繧ゅ≧雖後□窶ヲ窶ヲ隱ー縺九?蜉ゥ縺代※
頭に鋭い痛みが走る――そんなものはない。
視界が飛び回る――ただ一点を見ている。
叫んでいるのは誰だ?――人が救いを求めている。
世界が揺れていた。ここはどこだった?
真っ暗居場所だ。手足が重い。
険しい顔が俺を囲む。月が見たい。
貴方は、どうして。
剣が握られている。手が穴だらけだ。
苦しい。頂に威光。
ように見えた。覚えていない。
お願い、どうか。べきではない。
「――」
やめろ、お前は出てくるな。こんなもの――知らない。
反射的に、首を斬る。わかっている。これは無意味だ。
山が自ら崩れられないように、川が自ら埋まれないように、神秘という自然は命を断てない。
体を離れた顔が、山ではなくなった砂のようにサラサラと消えていくのが見えた。
そうだ、俺は助けなければならない。
人のために、国のために、世界のために。
これは俺の義務だ。責務だ。意味のすべてだ。
でなければ、俺は存在する意義がなくなる。
「オ、マ、エ、ガァァァ!!」
――ヤレ!! 今、スグに!!
欠けた頭部から、闇が溢れる。
一時的な代替品。包むすべてを我が身とし、敵を、呪いを、運命を、レプリカを、その鏡を、排除しなくては。
俺が動くのを、俺が見ている。
「コ、ロ、ス」
制御が効かなかった。闇はもう闇ではない。
のかもしれない。冷たく、鋭く、硬く、熱い。
気付けば魔王の首は飛び、傀儡が剣を向けてくる。
遂には思考のすべてが切れ、消えた。
気付くと、体が止まっていた。俺も、勇者だ。
そうだ、敵がいたのだ。元凶だ。排除しなければ。
このガキを操った害悪を、街を支配する邪悪を、英雄を押し付ける巨悪を、倒すよう望まれた露悪を……ぎむをすりこむあくを。
「スカー、レットォォ!!」
~~~~~~~~~~
勇者は魔王城に挑み、苦難を乗り越え主と対峙する。
勝つか負けるかはわからない。
けれど、それでいいの。それでこそ英雄譚。
それでこそ幼き日に見た物語。
勇者が勝てば胸が躍るし、わたくしが勝つなら次を待つ。
でも、最高の物語を見るためには、楽すぎても難しすぎてもダメ。適度にストレスを与え、間引き、相応しい舞台を用意しなきゃ。
何人もの英雄が、吸血鬼を悪とし挑んできた。
その度返り討ちにし、滅ぼし、わたくしは君臨し続ける。
楽しい。楽しい。楽しい。
輝かしい英雄性を見るのが、それが折れていく様が、なおも立ち上がろうとする光景が。
嗚呼、美しい。愉しい。素晴らしい。
これでこそ、人。これでこそ人類。これでこそ霊長。
人は進み続けるの。困難を拓き、世界を彩るの。
だから、糧になって。
シャノンも、クーリエも、シスイも。
過去を礎に、輝いて。
リチャードも、ベルも、シエルも、アリババも、モルジアナも、フレイも。
嗚呼、あなたたちはどこにいる?
体内に意識を向けた。
2人は目の前に、1人は隙を伺い、1人はクレアを下し、1人は邪魔者を阻み、1人は心を沈ませる。
そう、そうよ。あなたたちはわたくしの前に来るの。
道を整えてあげる。死線をくぐり、極限の中で抗って。
居場所はわかる? 道は見えてる?
難しいなら、身を委ねてもよろしくてよ?
その血で糸を引いて、案内してあげるから。
自滅はダメよ。美しくない。
力を合わせ、脅威に立ち向かうの。
倒せるかしら? 殺せるかしら?
どちらにしても、わたくしは愉しい。ほら、諦めないで。
天を仰げば、あなたたちの運命がやってくる。
「ようこそ♪ 星の魔法使いさん」
閉じた街の内側に、果てしない星空が見えた。
眩い光を背に、1人の少女が英傑になるべき子たちの元へ、一目散に向かう。
わたくしのことは、一瞥すらしない。
それは、神秘ではないもの。魔法を使えぬはずの人。
人に使える魔力で順応させ、人の技にはめ込み、ようやく眼前に立てる弱き生命。
「誰のことを言ってるの」
星々をまとったシエルが、二人の間には降り立っていた。
~~~~~~~~~~
クレアを戦場から排除し、あたしは暗い空を駆ける。
星を辿って、運命を歪めて。一直線に、あの子の……あの子たちの元へと向かう。
不規則に立ち並ぶ棘――霧に包まれた尖塔の合間に、人影はない。敵も住民も、リチャードたちも。でも、占えば居場所は一発だ。彼らはみんな、赤い外皮の下にいる。
星がそう言ってる。
「問題は、壊さなきゃ入れなそうなこと……」
占星術と、基礎魔術。まだマシなのはこの2つ。
だけど多分、あたしの力じゃ道を開けない。
「!?」
遠くで、破裂音が聞こえた。数十分前の、人体が弾けるグロテスクなものではない、乾いた音。驚いて音のした方へ顔を向けると、暗闇を裂く銀色が見えた。
弾丸だ。空間を歪ませている弾丸が、近くの棘を引き寄せながら近づいてくる。反射で身構えたけど、多分狙いはあたしじゃない。そう、狙いは――
「っ……ありがとう、ガンマンさん」
目の前を通過した弾丸は、自然で不自然な重さを以て、外皮を破る。吸い込み、引き千切り、貫き落として道を開く。
沈んだ街が巻き添えを食らわないか、不安だったけれど。
どうやら加減はしていたみたい。道ができた直後辺りから、段々と重力は弱まり地下に衝く頃には消えていた。
「おかげで、最短距離でいける!」
中に入れば、そこにはより濃い霧と赤くテカる街があった。
金の膜に包まれてはいるが、形は元の街そのもの。
それがドクンドクンと脈動しており、気持ち悪い。
スカーレットの手勢も多く、場所によっては一帯が埋め尽くされるほどだ。どちらの規模も、一朝一夕ではあり得ない。
現実を突きつけられる。
こんなに、血を吸ってきたんだと。永く君臨してきた、魔王クラスの神秘なのだと。やっぱり、あたしじゃ役に立てないな。
事実を受け入れ、なおも飛ぶ。
道中の敵は気にしない。あたしはとにかく、1秒でも早く2人に寄り添い、心を守らなくちゃいけないから。
「リチャードっ……!」
突然、街が倒壊した。避難し、守られていたはずの住民が顔を出し、波状に潰れて次々とシミを広げる。
「ごめんね、街の人たち……」
惨状から目を逸らし、無数の星を置き去りにして赤の渦巻く奥地へ向かう。あたしの一番は変わってない。変わらない。
できる限り助けるけど、人類救済を願ってるけど。
あたしも、義務は刷り込まれてる、けど。
最優先は、リチャードだ。
「ようこそ♪ 星の魔法使いさん」
飛び込み、向き合うと、魔王スカーレットが楽しげに笑う。
何が面白いのか、どういう意図で言っているのか、わからない。
「誰のことを言ってるの」
でも、そんなことは些事だ。
あたしは今度こそ、リチャードの危機に間に合った。
力になれなくても、心を救えなくても。
あたしはきっと、この子を助ける。




