50-勇者の起動
「あれ? そういえば、あの子はどこだい?」
星座を創るシエルの前で、身構えるでもなく手持ち無沙汰に立っていたクレアが首を傾げる。
必死に神秘を束ねるシエルは、一瞬で消し飛ぶのにそれとわかるほど脂汗を浮かべ、笑った。
「気付かなかったの? って、これは少し意地悪かな」
「ふむ。その口ぶり、君が何かしたのかい?」
「んー……どちらとも言えない、かな。私はただここに来ただけだよ。ミスディレクションってね」
唇に指を当て、少女は微笑む。その姿を彩るように、荒野には不規則な魔力弾が、星座を辿るように弾けていた。
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「なんだ、覚えてくれてたのかよ」
俺の言葉に、男は笑う。
ここ最近の記録の中から、適当に名前を出しただけ。
運よく……かはわからないが、ともかく当たったようだ。
しかし、それ以上の言葉はなく、こちらの出方を待っている。
「……あぁ。お前の顔は、わかる。
今はなぜか、見えないが」
これを見るだけなら、視界を晴らしても問題はないだろう。
そっとレンズを拭い、男の像を結ぶ。
「ハハ、そりゃ光栄。で? お前はここで何を?」
「……別に。ただ、何をしたらいいのだろうと、街を歩いていただけだ」
おかしなことは言っていない。機能を否定されたから、動くに動けず意味を探していただけ。
純然たる事実だ。それなのに、男は鼻で笑った。
「たしかに今、あんたに助けを求める奴はいないな。
けどよ、以前助けたやつならいるぜ?
あのちびっ子は、あんたに助ける人であってほしいと、願ってると思うけどなァ」
「……」
ちびっ子、とは誰だろう。
ここ最近で関わったのは、葬儀屋、女、ガキ。
あとはナイトメアやこの街の敵くらいだ。
必然的に、あのガキということになるが……ちびっ子とまで言われる年齢なのか?
……わからない。わかる必要もない。
だが、そうか。それは誰かへの助けを求める声、か。
それなら、俺は動けるかもしれない。
うん、大丈夫。俺はまだ大丈夫。
「ついでにほれ、こいつも盗んできてやったぜ」
さらに背中を押すように、アリババが後ろにいたらしいガキを呼ぶ。性別は、女。誰かはわからないが、おそらく……
「また会えたね、リチャード。今のあなたに頼るのは、とても残酷なことだとは分かっているの。でも、お願いする」
全身の血が巡る。四肢のすべてが活性化する。
あぁ、これは予感だ。勇者は今、再び起動する。
「そういえば、まだ名乗ってなかったっけ? 改めまして、あたしはブライヤ。この街、カルミンブルクに生きる者。
住民を代表して、勇者様にお願いします。
この街を、吸血鬼の支配から解放してください」
目的が与えられた。全員が望んでいなくとも、それを為していいのだと。それをあのガキも、願っている。
紛れもなく、助けを求める声だ。
「了解した。これより救世を開始する」
俺は何も考えない。俺は何も思い出さない。
俺はただ、この願いを叶え、望まれるままに助ければいい。
それだけでいい。それだけが、いい。
「パラメーター調整開始。システムブレイバー起動」
標的は女王スカーレット。
きっとあれは、戻った先で待っている。
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「ひどい顔……」
光の速さで消えた背中を見送り、ブライヤは苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。思い起こされるのは、少年の見た目をしているだけの超人的勇者の姿だ。
自分の傷などお構いなしに誰かを助けようとし、そのためだけに動き、しかし前が見えないほど涙し、今にも倒れてしまいそうなほどひどい顔色をした、少年の。
「それで?」
「なんだよ」
それでも、頼らないという選択は、ブライヤにはできない。
頼んだ以上、謝罪も後悔もしてはいけない。
唇を噛みしめる彼女は、やるせない気持ちをぶつけるように、血だらけの男に水を向ける。
「その血、自分のものよね?
リチャードは涙で、よく見えてなかったみたいだけど。
量的に、即死していてもおかしくない重傷」
怪我の名残だけを残すアリババは、小瓶から樽を取り出すとその上に座り、片膝を立てる。その姿から疲れや弱みは読み取れない。意味深に笑い、小瓶を投げて弄んでいた。
「あいつは誰のことも見ちゃいねーよ」
「いいから答えて。何で生きてるの?
何度も死にかけてまで、この街から何を盗むつもり?」
ブライヤは誤魔化しを許さず、追求する。
リチャードを再起させた時点で、敵ではないだろう。
だとしても、不可解なことに変わりはない。
ただの盗賊ではないのなら、警戒すべき相手だ。
「酷ぇ言い方だな。生きてちゃダメかよ」
「……」
「俺は盗賊。戦闘能力は皆無だが、そいつは無力を意味しねぇ。生き残るだけなら、プロだぜ俺は」
悪党が、素直に真実を語るだろうか。
無言の圧力で引き出した言葉に、ブライヤは満足しない。
「目的は?」
「そりゃあモチロン、愛する妻」
「失敗の結果でしょ? 最初の目的は?」
アリババがこの街に来たのは2度。
1度目はモルジアナを囚われ、2度目はベルたちを巻き込んだ現在。もちろん、今の彼にとって最も重要なのは彼女の救出だろう。もう、目的は変わっているかもしれない。
しかし、2度目の侵入時に自力での再起が不能になったことに、塔の上と先ほどの爆散。少なくとも3度、死に目を見ている。前2つは治療や蘇生があったとはいえ、あまりにもしぶとく、また強い執念だ。
彼はなにで、自分たちにどんな影響を及ぼすのか。
ブライヤどころか、ベルやシスイたちですら理解できていない。危険だ。戦闘能力ではリチャードどころかシエル、ベルの足元にも及ばないとしても。
その思想は目的は在り方は策謀は。
言いようもなく恐ろしく、不安を掻き立てる。
「おいおい、お前だって俺を利用しただろ?
それに、わかってるか? お前の役目はもう終わった」
警戒心に臆することなく、口元を歪める。
据えた目で、盗賊の王が少女の目を射抜く。
姿は人間のそれであるのに、赤月に照らされた影は、異形のように蠢いて見えた。
「脅すの?」
「危険を冒す必要はねぇって言ってんだよ。心配しなくても、無価値な街に手なんざ出さねぇ。黙って見てろ。
ま、その後どうなるかは、知ったこっちゃねぇがな」
標的ではない。目的ではない。
しかし、影響がないとも言い切れない。
では、彼を自由にさせるべきではないか?
いいや、敵はリチャードを含め、この場の誰よりも強い相手なのだから、この戦いにトリックスターは必要だ。
初めから、選択肢などなかった。
「わかった。ひとまず、何も言わないでおくわ。
実際、家畜から盗みたいものなんて、ないんだろうし」
怪しいことに変わりはない。警戒すべき事実は揺るがない。
それでも、人の側に必要な以上邪魔できず、排除すべき敵でもないのかもしれない。
「そーいうこった。じゃ、俺は戻るぜ」
「女王様から何か盗むつもり?」
「美女のハートは男のロマンだろ?」
本気か冗談か、アリババはそれだけ告げて去っていく。片手を上げ振るその背には、得体のしれないオーラがあった。
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『傷付けるのを怖がって見守るばかりじゃ、取り返しがつかなくなるぜ? 大事ならガンガン関わってけぇ。
俺が無理やりモルジアナを妻にしたように』
ふと、街に戻った男の言葉を思い出す。リチャードの立場を示すものを、ベルくんの安全を、奪っていった男の言葉を。
どの口であんな偉ぶっているのかと、苛立ちが募る。
『あいつのことだ。なんか言ってたろ?
内容は知らねぇが……ま、後悔しねぇのが一番さ。
失敗よりも、手に入ったはずのものを思い返す方が辛ぇ』
その言葉通り、あの男は欲しいものを片っ端から盗んでいるのだろう。同じ生き方をするつもりは、ない。
認めるつもりも、許すつもりも。
そんなの、両親やご先祖様に顔向けできなくなるから。
『大きくなる前に植え付けられた悲しみは、成長の礎になってしまう。何か思うところがあるのなら、あなたは、この子たちが安心できる場所になってあげないといけない』
怒りも、同じかな。モルジアナさん。
なんて、聞くまでもないか。
あたしたちも、同じだもんね。
悲しんで、苦しんで、怒って。
痛くて、辛くて、やるせなくて。
だからあたしたちは、こうして旅をしている。
礎になった指針を遵守し、これ以上の重荷になりたくないと傍観し、ゴールのない旅をしている。
変わらなきゃ、ダメかな。向き合わなきゃ、ダメかな。
答えは誰も、教えてくれない。
けれど、わかりきっているんだ。
押し付けられた使命に潰されるのを良しとするなら、あたしはあの子を連れ出さなかった。
何しても無駄で、すっかり諦めていたけれど。
今、あたしたちを取り巻く環境は変わっている。
ここから、取り戻していける。
そう、希望を持てるようになった。ううん、なりたい。
じゃあ、あたしが成すべきは1つだ。
ベルくんにとっての、安心できる場所であろう。
義務とか、責任とかだけじゃなくて。あたしは――
「制御してるって感じじゃないけど、まさかぼーっとしてるのかい? だから理論を実現できない、なーんてオチは勘弁しておくれよ」
失望の色を浮かべる魔王種が、コーンと響く音を指で鳴らす。黄金を叩いたみたいに、重い音色。
視界には、視無数の部品で組み上がった、多頭の蛇が生えてくる。金以外の色が見えない。逃げ場はない。
「決意を固めてただけだよ」
だけど逃げ場は、必要ない。眩い星光が降り注ぎ、黄金を溶かし散らせるから。襲い来る蛇は、金の粒となってあたしをすり抜けていく。そのシャワーの向こうで、魔王種は興味を取り戻している風だった。
「ふむ。占星術は確かに星を操る魔術だが、規模はたいてい占い止まり。だからこそ、占星のはずなんだけどね」
「解釈の幅が狭いんだよ、みんな。
他の魔術と違って、遠くの星を扱うんだから。
占いだけで止めずに、星を操るべきでしょう?」
「できない、と。そう言ってるんだけどなぁ」
魔王種は苦笑し、天を仰ぐ。思ってることは、手に取るようにわかる。だって、あたしの魔術は占星術の枠に収まっていないから。単に、星の魔術としてそう呼んでるだけ。
学問の話なら、確かに人並み以上だと思う。謙遜はしない。
でも、どうせ勇者や魔王種――神秘には及ばないんだ。
強者を名乗れる価値はない。
「星を扱う魔術があった。でも、それは星空を読むか、できても少し軌道をずらす程度。だからこそ、占いという方向で体系化された。故に占星術だ。わかるだろう?」
「アビゲイル校長なら、同じことできると思うけど……
って、そんなことはいいの。取引をしましょう」
私は星を描き、運命を紡ぐ者。
その本懐を果たしましょう。
たとえ、あの子の心を癒せないとしても、本物の強者が相手では無力だとしても。
あの子に道を示すことだけは、できる。
今までと同じだ。私はきっと、星を見る。
「どういう契約かな?」
やはり彼女は、実戦を重視する錬金術師ではなく、学者だ。
考えなしに乗りはしないけど、提案に興味を持った。
「あたしはこれから、とてもすごい魔術を使う。
それは、人が本来まともに扱えない、魔法の域にあるもの。
成功したら、あなたたちはもうこの戦いに加わらないで」
なんて雑で、頭の悪そうな説明だろう。おまけに内容も、普通なら受け入れられない一方的なもの。
でも、この人はこういう方が興味を唆られる気がする。
「あー……うん、そうだね。もし成功して、ちゃんと私の欲求を満たせたのなら、結果的にそうなるかもしれない」
「おーけー。じゃあ、ちゃんと見ててね」
見たものを、再現でもするつもりなのかな。
どちらにしても、この要求が通った時点で彼女たちは動けない。成功すること自体が奇跡的なら、好奇心で生きる学者は、その観測をこそ求めるだろうから。
「……黄金の、フラメルさん?」
「なんだ、知ってたの」
笑う麗人を、最後に見る。
そうなることを、祈ってる。




