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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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50-勇者の起動

「あれ? そういえば、あの子はどこだい?」


星座を創るシエルの前で、身構えるでもなく手持ち無沙汰に立っていたクレアが首を傾げる。

必死に神秘を束ねるシエルは、一瞬で消し飛ぶのにそれとわかるほど脂汗を浮かべ、笑った。


「気付かなかったの? って、これは少し意地悪かな」

「ふむ。その口ぶり、君が何かしたのかい?」

「んー……どちらとも言えない、かな。私はただここに来ただけだよ。ミスディレクションってね」


唇に指を当て、少女は微笑む。その姿を彩るように、荒野には不規則な魔力弾が、星座を辿るように弾けていた。




~~~~~~~~~~




「なんだ、覚えてくれてたのかよ」


俺の言葉に、男は笑う。

ここ最近の記録の中から、適当に名前を出しただけ。

運よく……かはわからないが、ともかく当たったようだ。

しかし、それ以上の言葉はなく、こちらの出方を待っている。


「……あぁ。お前の顔は、わかる。

今はなぜか、見えないが」


これを見るだけなら、視界を晴らしても問題はないだろう。

そっとレンズを拭い、男の像を結ぶ。


「ハハ、そりゃ光栄。で? お前はここで何を?」

「……別に。ただ、何をしたらいいのだろうと、街を歩いていただけだ」


おかしなことは言っていない。機能を否定されたから、動くに動けず意味を探していただけ。

純然たる事実だ。それなのに、男は鼻で笑った。


「たしかに今、あんたに助けを求める奴はいないな。

けどよ、以前助けたやつならいるぜ?

あのちびっ子は、あんたに助ける人であってほしいと、願ってると思うけどなァ」

「……」


ちびっ子、とは誰だろう。

ここ最近で関わったのは、葬儀屋、女、ガキ。

あとはナイトメアやこの街の敵くらいだ。


必然的に、あのガキということになるが……ちびっ子とまで言われる年齢なのか? 


……わからない。わかる必要もない。

だが、そうか。それは誰かへの助けを求める声、か。

それなら、俺は動けるかもしれない。

うん、大丈夫。俺はまだ大丈夫。


「ついでにほれ、こいつも盗んできてやったぜ」


さらに背中を押すように、アリババが後ろにいたらしいガキを呼ぶ。性別は、女。誰かはわからないが、おそらく……


「また会えたね、リチャード。今のあなたに頼るのは、とても残酷なことだとは分かっているの。でも、お願いする」


全身の血が巡る。四肢のすべてが活性化する。

あぁ、これは予感だ。勇者()は今、再び起動する。


「そういえば、まだ名乗ってなかったっけ? 改めまして、あたしはブライヤ。この街、カルミンブルクに生きる者。

住民を代表して、勇者様にお願いします。

この街を、吸血鬼の支配から解放してください」


目的が与えられた。全員が望んでいなくとも、それを為していいのだと。それをあのガキも、願っている。

紛れもなく、助けを求める声だ。


「了解した。これより救世を開始する」


俺は何も考えない。俺は何も思い出さない。

俺はただ、この願いを叶え、望まれるままに助ければいい。

それだけでいい。それだけが、いい。


「パラメーター調整開始。システムブレイバー起動」


標的は女王スカーレット。

きっとあれは、戻った先で待っている。




~~~~~~~~~~




「ひどい顔……」


光の速さで消えた背中を見送り、ブライヤは苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。思い起こされるのは、少年の見た目をしているだけの超人的勇者の姿だ。


自分の傷などお構いなしに誰かを助けようとし、そのためだけに動き、しかし前が見えないほど涙し、今にも倒れてしまいそうなほどひどい顔色をした、少年の。


「それで?」

「なんだよ」


それでも、頼らないという選択は、ブライヤにはできない。

頼んだ以上、謝罪も後悔もしてはいけない。

唇を噛みしめる彼女は、やるせない気持ちをぶつけるように、血だらけの男に水を向ける。


「その血、自分のものよね?

リチャードは涙で、よく見えてなかったみたいだけど。

量的に、即死していてもおかしくない重傷」


怪我の名残だけを残すアリババは、小瓶から樽を取り出すとその上に座り、片膝を立てる。その姿から疲れや弱みは読み取れない。意味深に笑い、小瓶を投げて弄んでいた。


「あいつは誰のことも見ちゃいねーよ」

「いいから答えて。何で生きてるの?

何度も死にかけてまで、この街から何を盗むつもり?」


ブライヤは誤魔化しを許さず、追求する。

リチャードを再起させた時点で、敵ではないだろう。

だとしても、不可解なことに変わりはない。

ただの盗賊ではないのなら、警戒すべき相手だ。


「酷ぇ言い方だな。生きてちゃダメかよ」

「……」

「俺は盗賊。戦闘能力は皆無だが、そいつは無力を意味しねぇ。生き残るだけなら、プロだぜ俺は」


悪党が、素直に真実を語るだろうか。

無言の圧力で引き出した言葉に、ブライヤは満足しない。


「目的は?」

「そりゃあモチロン、愛する妻」

「失敗の結果でしょ? 最初の目的は?」


アリババがこの街に来たのは2度。

1度目はモルジアナを囚われ、2度目はベルたちを巻き込んだ現在。もちろん、今の彼にとって最も重要なのは彼女の救出だろう。もう、目的は変わっているかもしれない。


しかし、2度目の侵入時に自力での再起が不能になったことに、塔の上と先ほどの爆散。少なくとも3度、死に目を見ている。前2つは治療や蘇生があったとはいえ、あまりにもしぶとく、また強い執念だ。


彼はなにで、自分たちにどんな影響を及ぼすのか。

ブライヤどころか、ベルやシスイたちですら理解できていない。危険だ。戦闘能力ではリチャードどころかシエル、ベルの足元にも及ばないとしても。


その思想は目的は在り方は策謀は。

言いようもなく恐ろしく、不安を掻き立てる。


「おいおい、お前だって俺を利用しただろ?

それに、わかってるか? お前の役目はもう終わった」


警戒心に臆することなく、口元を歪める。

据えた目で、盗賊の王が少女の目を射抜く。

姿は人間のそれであるのに、赤月に照らされた影は、異形のように蠢いて見えた。


「脅すの?」

「危険を冒す必要はねぇって言ってんだよ。心配しなくても、無価値な街に手なんざ出さねぇ。黙って見てろ。

ま、その後どうなるかは、知ったこっちゃねぇがな」


標的ではない。目的ではない。

しかし、影響がないとも言い切れない。


では、彼を自由にさせるべきではないか?

いいや、敵はリチャードを含め、この場の誰よりも強い相手なのだから、この戦いにトリックスターは必要だ。

初めから、選択肢などなかった。


「わかった。ひとまず、何も言わないでおくわ。

実際、家畜から盗みたいものなんて、ないんだろうし」


怪しいことに変わりはない。警戒すべき事実は揺るがない。

それでも、人の側に必要な以上邪魔できず、排除すべき敵でもないのかもしれない。


「そーいうこった。じゃ、俺は戻るぜ」

「女王様から何か盗むつもり?」

「美女のハートは男のロマンだろ?」


本気か冗談か、アリババはそれだけ告げて去っていく。片手を上げ振るその背には、得体のしれないオーラがあった。




~~~~~~~~~~




『傷付けるのを怖がって見守るばかりじゃ、取り返しがつかなくなるぜ? 大事ならガンガン関わってけぇ。

俺が無理やりモルジアナを妻にしたように』


ふと、街に戻った男の言葉を思い出す。リチャードの立場を示すものを、ベルくんの安全を、奪っていった男の言葉を。

どの口であんな偉ぶっているのかと、苛立ちが募る。


『あいつのことだ。なんか言ってたろ?

内容は知らねぇが……ま、後悔しねぇのが一番さ。

失敗よりも、手に入ったはずのものを思い返す方が辛ぇ』


その言葉通り、あの男は欲しいものを片っ端から盗んでいるのだろう。同じ生き方をするつもりは、ない。

認めるつもりも、許すつもりも。

そんなの、両親やご先祖様に顔向けできなくなるから。


『大きくなる前に植え付けられた悲しみは、成長の礎になってしまう。何か思うところがあるのなら、あなたは、この子たちが安心できる場所になってあげないといけない』


怒りも、同じかな。モルジアナさん。

なんて、聞くまでもないか。

あたしたちも、同じだもんね。


悲しんで、苦しんで、怒って。

痛くて、辛くて、やるせなくて。

だからあたしたちは、こうして旅をしている。


礎になった指針を遵守し、これ以上の重荷になりたくないと傍観し、ゴールのない旅をしている。

変わらなきゃ、ダメかな。向き合わなきゃ、ダメかな。

答えは誰も、教えてくれない。


けれど、わかりきっているんだ。

押し付けられた使命に潰されるのを良しとするなら、あたしはあの子を連れ出さなかった。


何しても無駄で、すっかり諦めていたけれど。

今、あたしたちを取り巻く環境は変わっている。

ここから、取り戻していける。

そう、希望を持てるようになった。ううん、なりたい。


じゃあ、あたしが成すべきは1つだ。

ベルくんにとっての、安心できる場所であろう。

義務とか、責任とかだけじゃなくて。あたしは――


「制御してるって感じじゃないけど、まさかぼーっとしてるのかい? だから理論を実現できない、なーんてオチは勘弁しておくれよ」


失望の色を浮かべる魔王種が、コーンと響く音を指で鳴らす。黄金を叩いたみたいに、重い音色。

視界には、視無数の部品で組み上がった、多頭の蛇が生えてくる。金以外の色が見えない。逃げ場はない。


「決意を固めてただけだよ」


だけど逃げ場は、必要ない。眩い星光が降り注ぎ、黄金を溶かし散らせるから。襲い来る蛇は、金の粒となってあたしをすり抜けていく。そのシャワーの向こうで、魔王種は興味を取り戻している風だった。


「ふむ。占星術は確かに星を操る魔術だが、規模はたいてい占い止まり。だからこそ、占星のはずなんだけどね」

「解釈の幅が狭いんだよ、みんな。

他の魔術と違って、遠くの星を扱うんだから。

占いだけで止めずに、星を操るべきでしょう?」

「できない、と。そう言ってるんだけどなぁ」


魔王種は苦笑し、天を仰ぐ。思ってることは、手に取るようにわかる。だって、あたしの魔術は占星術の枠に収まっていないから。単に、星の魔術としてそう呼んでるだけ。


学問の話なら、確かに人並み以上だと思う。謙遜はしない。

でも、どうせ勇者や魔王種――神秘には及ばないんだ。

強者を名乗れる価値はない。


「星を扱う魔術があった。でも、それは星空を読むか、できても少し軌道をずらす程度。だからこそ、占いという方向で体系化された。故に占星術だ。わかるだろう?」

「アビゲイル校長なら、同じことできると思うけど……

って、そんなことはいいの。取引をしましょう」


私は星を描き、運命を紡ぐ者。

その本懐を果たしましょう。

たとえ、あの子の心を癒せないとしても、本物の強者が相手では無力だとしても。


あの子に道を示すことだけは、できる。

今までと同じだ。私はきっと、星を見る。


「どういう契約かな?」


やはり彼女は、実戦を重視する錬金術師ではなく、学者だ。

考えなしに乗りはしないけど、提案に興味を持った。


「あたしはこれから、とてもすごい魔術を使う。

それは、人が本来まともに扱えない、魔法の域にあるもの。

成功したら、あなたたちはもうこの戦いに加わらないで」


なんて雑で、頭の悪そうな説明だろう。おまけに内容も、普通なら受け入れられない一方的なもの。

でも、この人はこういう方が興味を唆られる気がする。


「あー……うん、そうだね。もし成功して、ちゃんと私の欲求を満たせたのなら、結果的にそうなるかもしれない」

「おーけー。じゃあ、ちゃんと見ててね」


見たものを、再現でもするつもりなのかな。

どちらにしても、この要求が通った時点で彼女たちは動けない。成功すること自体が奇跡的なら、好奇心で生きる学者は、その観測をこそ求めるだろうから。


「……黄金の、フラメルさん?」

「なんだ、知ってたの」


笑う麗人を、最後に見る。

そうなることを、祈ってる。




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