48-オレたちはきっと、人々を救う
塔は巻き戻るように編まれ、女王も昇る。
リチャードたち以外、すべてが元通りだ。
天蓋を見上げる人々は、玉座に座る偉大なる女王が、完全に見えなくなるまで崇め続けていた。
「女王様万歳!! 女王様万歳!!」
「女王様万歳!! 女王様万歳!!」
細いペンが紙を塗り潰すように、空は徐々に掠れていく。
赤い空がぼやけ、尊顔が輪郭を失い、霧に包まれたと錯覚するほど、ゆっくりと街は安全圏に戻っていった。
そうして、完全に隔絶される直前。
人々は薄れる女王の隣に、それを見た。
「……?」
小さな人影だ。傍らに本を浮かべ、腰には剣。
烈火の如く燃え上がり、炎の爪をねじ込むことで、閉じかけた斜線をこじ開ける。
「させるかオラァ!!」
怒り狂う、悪魔じみた炎の化け物が、天井にはいた。
スカーレットによって閉じられた天蓋を、街を守る安全圏を、力尽くで破って侵入しようとしている。
あれは、危険だ。人々は恐慌に陥り、逃げ惑う。
「ひ、ひぃっ……!!」
「急いで屋内に! 女王様の守りがある」
最初、こじ開けることに成功しているのだから、侵入にはそう時間はかからない。少なくとも、人々が避難するよりは速く地下に降りるだろう。
壁を抜けたそれは、空中でくるりと身を翻すと、外に出ていたスカーレットに中指を立てた。
「はっはっは! 出たとこ悪ぃが、戻りな冒涜者。
餌は大事だろ? 逃げんなよババア」
降り立つ烈火は、街を砕いて炎を流す。
再建した城に戻るところだったスカーレットは、初めて見せる、どことなく不機嫌そうな顔でそれを見下していた。
「……!」
急に現れ猛る炎を、スカーレットは見ていた。
自分の生み出した隔壁が、容易く破られるのを呆然と。
一見、ただの建物だとしても、街の上に作り出した戦場は、上書きした世界と言える。まだ薄く、完成していなかった部分とはいえ、尋常ではない。彼女の口角は、無意識に上がっている。
「少しは、華々しく散れるようになったのかしら?」
地下に降り、睨み上げている少年――ベルに笑いかける。
逃げ惑う人々は、女王がまた降りてきたのを見てか、一部が足を止めて空を見上げていた。
「いいや? 生憎オレは、もう死なねぇ」
「まぁ。住民を巻き込んで、調子に乗ってしまったの?
いくら拒絶されているからといって、人質として利用するのはあまりに非道いのではなくて?」
「黙れ。当事者の意思が絶対なら、オレの故郷での人助けは自ら生贄になることだ。んなもん、嫌に決まってんだろ!!」
人質という言葉に、ギョッと身をすくませていた住民たちは、ベルの返事を聞いて神妙な面持ちになる。
自分たちの生き方に疑問を持ったのではない。
ただ、絶対的に正しいものではないかもしれない、と。
ほんの少しだけ、そんな感情が芽生え始めただけ。
きっとそれだけのことだ。
しかしその芽生えこそが、勇気ある者の支えになる。
「テメェらの意思なんざ知ったことか。オレはオレの思う人助けをする。オレが望むのは飼われる平穏なんかじゃねぇ。誰が見ても異論のない、完膚なきまでの救世だ。見とけ操り人形共。本当の救いってやつを教えてやる」
ベルは内の熱を吐き出す。怒りを、苛立ちを、願いを。
女王は庇護者で、少年は解放者。
この戦いが、人々に被害をもたらすことはない。
戸惑う人々の顔には、たとえ彼が勝っても害はないのかもしれない、といった色が見えていた。
「あぁ、いい。とてもいいですわ。
幾度もの死が、あなたの信念を狂気に変えた。
壊れるまで遊びましょう。何十何百、何千年でも!」
空気中を血の管が辿る。木の根のように侵食する赤に、人々は驚き、今度こそ屋内に飛び込んでいく。
「悪いがテメェにそんな構ってやる気はねぇ。
1日でいいか? 舞踏会は一夜だからこそ豪勢にってな」
「えぇ、踊りましょう。数多の命を踏みしめた舞台で!」
手を伸ばす。血を制す。ただそれだけで、身は弾ける。
「! 効いてない……」
これまで通りなら、爆散しているはずのベル。
だが今回、彼は微動だにせず、重力を弱めて空を飛ぶ。
その周囲には、爆発を受け流して回る、眩い星座があった。
「他人の力で粋がっているの? 興醒めはなしよ?」
「テメェらみたいなバケモンじゃねぇんだ。
人は、誰かの力を借り、教わり、自分のもんにしてくんだよ。今のオレの全力が、これだ!!」
宙を跳ねるベルは、両手を突き出し指で四角を作る。
形のないキャンバスに映るのは星々の瞬き。
――占星術は、既にある星を測り、占い、時に律する魔術。
予知じみた占いや星そのものを操るのは無理でも、星の模型を使うくらいならオレも。
手の中の星座を基準に、彼我の位置を星に見立てる。
星の航行は光の如し、人であるならワープの次元。
どちらであろうと、地上の人の数億倍。
捉えた距離を、彼は飛ぶ。
"エストループ"
直後、下から見上げていたはずのベルは、スカーレットの頭上に現れた。軌道は読めず、接触すらせずすり抜ける奇跡の一射。たとえ気付いても、すぐには迎え撃てない。
「わたくしと渡り合おうだなんて、生意気ですわね」
「蹂躙より対等のが燃えるだろ?」
魔導書が輝き、ベルの右手に炎が宿る。
直接は燃やせない。潤う血が、どんな炎も燻ぶらせてしまうから。
「イグニッション」
故に、目の前の空気に火花を散らせ、それを殴る形で爆炎を放つ。空にいても無重力で足場を保ち、全力で振り抜く炎の拳。
"ブラスト"
同時に、振り返ったスカーレットの背後から、銀の鉱石が次々に顔を出す。代価は空気。逃げ場をなくすために、火力を空に留めるために、刺々しい銀の壁が彼女を包んだ。
「潰焼殺してやる、クソババア」
「見苦しい自信も、ここまでくるとげんなりしますわ」
言葉とは裏腹に、スカーレットは微笑む。
ゴツゴツした鉱山を、背景にして。
逃げ場はない。彼女も攻撃も、器の中で混ざり合う。
下からの殴打に、形が揺るぎながら。
普通の生き物なら、生き延びる術はないだろう。
大抵の神秘であっても、存在が尽きるはずだ。
しかし、相手は魔王種スカーレット。
炎の中から、それに負けず劣らず赤い流体が、にんまりと目口を歪めた表情を作る。
「チッ、体すらいらねぇってか?」
「血にも命にも、決まった形はないでしょう?
中身は少し減ったけれど、体の死に意味はないの」
降下を始めるベルに並んで、血の塊が段々とスカーレットの形に戻っていく。雨粒のような雫状から、幼女の姿、さらには少女、年ごろの女性を経て、妖艶な美女の姿を取り戻した。
「それより、ねぇ? どうしてあなたは怯えないの?」
「あ? 喜んでたならどうでもいいだろ」
「えぇ、折れずに立ち向かってくるのはとても唆りますわ。
ただ、怯えが欠片もないのは、少し違うの」
ベルに足場は必要ない。共に落下していようと、靴で重力を弱めて跳ね、何度も斬りかかっていた。
とはいえ、これで殺せるのなら、先ほどの一撃で消し飛んでいる。当たっても削り切れず、その上当てることも難しく。
魔術と合わせても捉えられない状況に、彼は舌打ちと共に会話に応じる。
「贅沢なやつだな。怯えより怒りが勝ってんだ。
何度も殺されりゃ、恐怖なんざ薄れる」
「そんなこと、ないと思うのだけれど」
「もういいか? オレは早くテメェを殺したい」
砕き、投げるルーンは明後日の方向へ。
魔導書による炎も着火せず、苦し紛れの炎は血に飲み込まれて消えていく。止まない攻撃と敵意に、スカーレットは不思議そうだ。
「そんな憎まれること、したかしら?
わたくし、ただ好む食べ物を育てているだけよ?
あなたたちだって、普通の獣を狩って飼って食べたり、飼育したりするでしょう? 同じことではなくって?」
「何度も殺してどの口で……!! 人と同じ? そうかもな。
だから、抗うんだろ? 食われたくねぇから、管理されたくねぇから、敵意を向けるんだ」
ストンと、着地したベルは、吐き捨てすぐさま距離を詰める。殺意は叫ぶ言葉によって、勢いを増して高まっていた。
「ふぅん。まぁ、それならそれでいいの。けれど、だったらわたくし達を悪者扱いするのはやめてほしいわね。この世界に悪なんてない。悪を作るのは、いつだって人の心よ」
気持ちを昂ぶらせることにプラスして、メリットが一つ。
会話に応じている間、スカーレットは本気で殺しに来ない。
元より生き返らせる前提だが、その場合、戦いにならない上に精神も削られる。
格下の身で抗いたいのなら、趣味の味付けになるとわかっていても、言葉を交わすことが必須だ。銀の軌跡を生みながら赤を祓う斬撃を、彼女は踊るように軽やかに躱す。
「オレらから見りゃ、どう頑張っても敵で、悪でしかねぇよ。だからって、自分が正義だと思ってる訳じゃねぇけど。
街にとっての悪だとしても、オレはオレの理想を押し通す。
オレたちはきっと、人々を救う」
空中で仕留められず、地上で仕留められず。
バラバラに擦り潰されても戻り、斬撃でも倒せる見込みはない。
『――中身は少し減ったけれど』
先ほどの発言を思い出す。減ったならば、不死ではない。
あくまでも、寿命がないだけ。では、殺すには?
火力がいる。より強く、自然に近い純度を持つ力が。
先程よりも、彼女の存在を削れる神秘が。
「後ろ向きですこと。それがあなたの理想なら、もっと肯定的に考えてもいいのに」
「肯定的? 死んだらこっちが悪だろ。
勝ったらそうするよ」
魔導書、ルーン、錬金術。魔導具の靴や剣は補助。
組み合わせるか、一点に集中か。
道は多くて、ゴールは遠い。
「もしかしてあなた、勝たなきゃ正義になれないと思ってる? 違う違う。誰もが正義なのよ。後に残るのが、勝った正義と負けた正義ってだけ」
「どうでも、いい!!」
――色々試そう。ここは最低で最悪な、最強の訓練場。
脳をフル回転させる。魔術の共通点は多い。
根っこが同じ、人が神秘の力を扱えるようにするための技術である故に。
理解はいる。工夫もいる。才能もいる。
だが、特別なものを除けば、既知の応用で他系統にも手が届くはずだ。基礎を理解したのなら、習得できるはずだ。
Q1.魔術の基礎とは?
「なんてね。それを定める罪も罰も、この世界に存在しないわ。あるのはただ、報いだけ」
視界の端で、星が巡って赤く染まる。
カルミンブルクとは違う森の中で、ピエロが笑っているのが見えた。
――また、死んでた。
意識の途切れた一瞬で、スカーレットは背後に立っていた。
A.世界に満ちる神秘を、人の規格に合わせて順応させること。
「ねぇ、人の――動物の根源的な恐怖って何かわかる?」
コトン、と。ベルの肩に王杖が乗せられる。
動けない。動く必要がない。死ぬことを受け入れれば、思考は囚われず巡り続けるから。
Q2.魔術の形式とは?
「血よ。己からこぼれる命の欠片を、決して見逃してはいけない鮮烈なその赤を、あなたたちは恐れるの」
ドロリと溢れる血液が、肩から腕を伝って流れ落ちる。
錆びた鍋に顔を突っ込むよりも濃い、鉄の香り。
不快で、気色悪く、ゾッとする粘液。
初め、ただそれだけだったものは、気づくと肩を裂いてズキズキとした痛みを生み出していた。
A.物かその場か自分自身か。いずれかの形で魔術の命令式を作り、神秘を人に適した形で制御すること。
「だから……ねぇ? 希望の象徴だとか魔術だとか知らないけれど、ありふれた神秘を使うだけで、どうしてあなたたちは立ち向かえると思えるの?」
空に舞う。威厳を体現したかのような女王が、根源的な恐怖そのものとして。血に塗れた街は、屋内で守られる人々の感情を映すように、ガタガタと震えていた。
Q3.オレに魔術は制御できるか?
「生命風情が生意気ですわ。血を畏れなさい」
其の背後には、赤い月。世界はより赤く、重く、生存を許可する脈となる。あらゆる生命が彼女で。その慈悲により、我らは生きているのだと。本能が、理解した。
「……はは」
しかしてそれは、未来を差し出す理由に非ず。
A.できる。無茶でも何でも、やるんだよ!!
「畏れを乗り越えるのが、人間なんだよ!!」
叫ぶベルの右手に、光が宿る。
長く、地面に付く棒状のそれは、擬似的な杖。
小気味いい音と共に、背後には十字が浮かび上がっていた。
「"繝医Μ繧ヲ繧、繧「"、起動」
足元には錬金陣。頭上を星々が規則的に巡り、周囲に舞う無数の文字列やルーン石を輝かせる。
手元で開かれる魔導書からは、炎が吹き出してベルの全身を燃えるオーラで包んでいた。
「魔導書、ルーン魔術、錬金術、占星術。
全ての人の技を以て、お前を倒す」
どれ1つとして、極めたものはない。
身を守るだけなら、軽く教わるだけでよかった。
だからこそ、色々なものを知ることができた。
手数は多く、火力は引き出す。今初めて、一方的な殺戮ではなく、戦いが行われようとしていた。
「過ぎた力ね」
「これくらいできずに、凡人が天災に勝てると思うのかよ」
「天災なんて、人が勝とうとする相手ではなくってよ」
「勝ってなきゃ、文明どころか人類自体滅んでんだろうが」
両者は笑う。天から地から、互いを敵と認識して。
ほぼ2話分になったので次週休載します




