47-汝、何故に勇者なりや
「さぁ、お話をしましょう?
よりあなたの散り様に、心躍るように」
――記憶能力、不要/何も思い出してはいけない。
問われるリチャードは、何も答えない。表情を制圧していた焦燥も、何事もなかったかのようにすっと消えていた。
「あなたは、なぜ自分を勇者と定義するのかしら?」
無言を気にせず、なおも問う。
足元に視線を移す女王は、言葉を交わせずとも楽しげだ。
もはや、愛おしげとすら言える。
接していること、それそのものが。
――言語中枢、不要/何も話してはいけない。
無言の反撃。血波のスカートは、指1本動かさずに粉砕された。既に固まっていたそれらが飛び散る姿は、結晶のようで。一つ一つが光を反射し、幻想的な光景を生み出す。
「あなたが内に秘めるのは、義務感? 習慣? 優越感?
それとも感情……怒り? 悲しみ? 喜び? あなたが始まったその歴史を、わたくしに見せてもらってよろしくて?」
血の結晶は近いもの同士でまとまり、面を作る。
ひび割れだらけで見にくいが、それは一種のスクリーン。
取り囲む十数個の画面は、ノイズが走りつつもリチャードの姿を映していた。
――思考能力、不要/何も考えてはいけない。
しかし、映像が映ったのは一瞬だ。
すぐに何も映らなくなると、真っ黒になって両断される。
「あら、どこに逃げたのかしら。
まさか、本当に記憶を消したなんてことはないでしょう?」
つぶやくスカーレットは、接近してくるリチャードを片手間にあしらう。彼女にとっては、戦いよりも趣味が優先のようだ。
時折斬撃を受けるも、瞬時に再生して無視するほど、足跡に夢中になっている。舞うような血の波は、それ以上の決定打を許さない。
「えぇ、えぇ。仕方がないので、こっそり見ることにしますわ。その血に刻まれた、悍ましき勇者の軌跡を」
両手を広げる。慈愛の眼差しを向けるスカーレットの姿は、まるで母が抱擁をするかのようだ。
もちろん、リチャードが応じることはない。
距離を取ったまま、両者は向かい合っていた。
「ッ!?」
なんの前触れもなく、彼の周囲の空気が棘に変わる。
爆発的な速度で、肌に突き刺さっていた。
貫かれることはない。削ぎ落とされることもない。
だが、間違いなく体内には入っていて。
「さぁ、見せてちょうだい? あなたの過去を、生き様を、その血が行き着く最果ての地を」
吸い取られた血は、爛々と輝いていた。
とはいえ、それを見過ごすリチャードではない。
瞬時に体勢を立て直すと、自己の定義を再編する。
「っ! 俺は、大地」
クレアとの戦いで炎になったのと同じように、肉体は硬い岩の外殻に転じ、血を弾く。と言っても、カーボンのように見た目が変わる訳ではなく、リチャードのまま硬くなるだけ。
動けなくなるなんてこともない。
岩は岩でも、神秘の岩だ。あくまでそう定義されただけで、適度な大きさが集まる岩石生物である。
手足は回るし、関節も動く。リチャードはすっとしゃがむと、地面に手を付け城の石材を操った。
床は歪んで無数の手足に。鋭い槍となってスカーレットへと押し寄せていく。
「嫌ですわ。わたくし、パワーファイトは苦手なの。
やはり、世界は美しい花弁であるべきよね」
否定する。泥臭い戦いを。
否定する。苦しみに満ちた奮闘を。
彼女の周囲には血の花々が咲き誇り、包囲しているすべての石柱を絡め取っていた。
「っ、風!」
「俺の体は俺のもの、だったかしら?
とても強い力ではあるのでしょうけど」
風に変じたリチャードが突破を試みるも、スカーレットは優雅に杖を振り対処する。風の拳は、異常な軌道を経て空振りし、血の花にも彼女本人にも当たらない。
「所詮、自分の体に過ぎませんわ。
広範囲を殲滅できるようなずば抜けた火力も、世界を操るような制圧力も、あなたにはないでしょう?」
天井が崩れ、土煙が舞う。いくつもの瓦礫が落ちてくる中、スカーレットは攻撃を繰り返す勇者を悠々と見下ろしていた。
「オールラウンダー、もしくは単体特化。
世界や生命を相手取るには、少し力不足ですわ」
パチン、と。指を鳴らす音が芯まで響く。
音自体は特別大きいものではない。それなのに、思考を一新するかのような、世界に届いていると錯覚するようなクリアさだった。
同時に、崩れていた天井が止まり、血らしきものが瓦礫を絡め取って元の場所に戻していく。みるみる石材が舞い上がる様は、時間を操っているかのようだ。おまけに、形を取り戻した天井や壁には崩れた跡がなく、新品同然である。
「トランス、300%」
「壊れないものは、つまらない。
なおも足掻く人の様が、何より美しいのだから」
伸ばした腕に、光が宿る。リチャードへの反撃ではない。
防御ですらない。そんなものは、周囲に巻き上がる血が壁になるだけで十分だ。戦いですらなく、スカーレットはただ告げる。
「血塔、解錠」
それは、宣告。既に定まった決定事象。
石材でできていたはずの塔は、血として解け、迸っている。
上から下に、大きく広がる花のように。
「咲き誇りなさい、鮮血の徒花」
一瞬の栄華。刹那の開花。故にその血は、決して誰も逃さない。解け開く糸のような花びらは、離脱を試みるリチャードに巻き付き、容易く捕らえていた。
「あ、クソ! 機を逸した!」
「あらあら。死んだふりはおやめになって?」
「当たり前だろ!! してられるかんなもん!!」
誰一人。そう、誰一人としてだ。
一度死にかけて倒れてから、ちゃっかり潜んでいたアリババも、絡め取られかけている。
「チッ!! シスイ……」
「鍵はこの子って、言っていたわね。
奪還の機会を窺っていたの?」
視線の先には、干からびて仮死状態のシスイがいる。
元々華奢な体はさらに細く、薄く。血塗れなのも相まって、そうと思ってみなければ気付けない。彼の目とつぶやきに、スカーレットは悦に満ちた笑みを湛える。
「でも残念。この子は生き返らせないわ。
散り様が見れるのは、一度だけだもの。
それどころか、他の子まで散れなくなるかも」
「干からびてるってんなら、塗れてる血で潤いはあんだろうが! なに寝てやがる残火の侍!!」
無視して叫ぶも、シスイからの返事はない。
わずかな反応1つもない。彼女は完全に停止していた。
「無駄ですわ。わたくしが奪うのは血でなく命。
水分があろうと、取り戻すことの叶わぬものだもの」
アリババが姿を現そうと、以前状況は不利なまま。
何もできないうちに、塔は華麗に花開く。
次第に解けていくことで、逃げられない彼らは諸共地上へと落下していた。
「あなた、下調べはしていらして?」
「……さぁね」
「なるほど、取り得る策を悟らせない、と。
血を見れば分かるのに、いじらしいですわね」
相も変わらず、スカーレットは話し続ける。
殺し合いの直前直後だろうが敵視されていようが関係ない。
小さな生き物とじゃれ合うように、無警戒に触れ合っていた。
「ではわたくし自ら話して差し上げますわ。
消えた人の子らに一喜一憂した人間もいるかも知れませんが、街からいなくなった家畜はみな地下にいるの。
戦場に牧場を残す意味なんてないでしょう?
言っている意味がわかる? 機械的な勇者ちゃん」
そもそもの武力がないアリババと違って、リチャードは落下の間も、体を様々なものと定義し暴れている。
時に水、時に光、時に雷。記憶も言語も思考もなく、ただ目の前のものを排除する機構として。
だが、スカーレットは応戦するまでもなく、尽くを開く花――血の竜巻で防がせていた。
両者の距離は縮まらない。均衡は崩れない。
不安定な足場で女王は玉座に座り、誰も抗えずに地の底まで滑り落ちていく。
「侵入者も吸血鬼も手を出せなくなった、あるいは巻き込まずに済むようになっただけで、地下にはいるの。
元の街に、あなたが助けるべきとする人間の住民が」
ふと気がついた時、リチャードはもう、攻撃を加えようとはしていなかった。糸のような花びらから逃れようと、塔を破壊しようとしている。
それは、攻め気か逃げか。どちらにしても、打開するすべはなく。彼らは女王と共に、カルミンブルク下層――最初の街へと降り立った。
「こんにちは、御機嫌よう。気分はいかが?」
見覚えのある家屋からは、次々に住民が出てくる。
返事はどれも『安心です』だの『拝謁できて幸せです』だの肯定的なものばかり。
では、今の在り方を崩そうとする勇者については、どう思うかしら? 救世主を気取る人の子を、カルミンブルクはどう思う?
「やめてくれ! 俺達は満たされてる!!」
「あんたのせいで街が荒れてる! 怖いんだよ!!」
「私たちに危害を加えないで!!」
「だ、そうだけれど?」
人々に囲まれ、彼らに拒絶され、存在を否定され。
頭を押さえるリチャードは、フラフラとどこかへ歩き去る。
その背にはもう、超常の力など欠片も感じられず。
頬を伝う雫だけが、輝いていた。
「テメェッ!!」
「泥棒ちゃんも、もういいわ。
立ち向かわない者に興味はないから、死になさい」
詰め寄ろうとしたアリババは、爆散して倒れる。
本来上がるべき悲鳴はなく、界下には歓声と称賛。
割れんばかりの拍手に見送られ、スカーレットはまた空へと昇っていく。
「華々しく散ることができるようになってから出直してくださる? まぁ、もうそんな機会はないでしょうけど」
塔にこじ開けられた時と同じように、本来のカルミンブルクは天蓋を塞がれる。線が面となり、ゆっくりと瞼を閉じる。
隙間が完全に埋まるまで、スカーレットは沸き立つ命を眺め、彼らはその現象を崇めていた。




