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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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47-汝、何故に勇者なりや

「さぁ、お話をしましょう?

よりあなたの散り様に、心躍るように」


――記憶能力、不要/何も思い出してはいけない。


問われるリチャードは、何も答えない。表情を制圧していた焦燥も、何事もなかったかのようにすっと消えていた。


「あなたは、なぜ自分を勇者と定義するのかしら?」


無言を気にせず、なおも問う。

足元に視線を移す女王は、言葉を交わせずとも楽しげだ。

もはや、愛おしげとすら言える。

接していること、それそのものが。


――言語中枢、不要/何も話してはいけない。


無言の反撃。血波のスカートは、指1本動かさずに粉砕された。既に固まっていたそれらが飛び散る姿は、結晶のようで。一つ一つが光を反射し、幻想的な光景を生み出す。


「あなたが内に秘めるのは、義務感? 習慣? 優越感?

それとも感情……怒り? 悲しみ? 喜び? あなたが始まったその歴史を、わたくしに見せてもらってよろしくて?」


血の結晶は近いもの同士でまとまり、面を作る。

ひび割れだらけで見にくいが、それは一種のスクリーン。

取り囲む十数個の画面は、ノイズが走りつつもリチャードの姿を映していた。


――思考能力、不要/何も考えてはいけない。


しかし、映像が映ったのは一瞬だ。

すぐに何も映らなくなると、真っ黒になって両断される。


「あら、どこに逃げたのかしら。

まさか、本当に記憶を消したなんてことはないでしょう?」


つぶやくスカーレットは、接近してくるリチャードを片手間にあしらう。彼女にとっては、戦いよりも趣味が優先のようだ。


時折斬撃を受けるも、瞬時に再生して無視するほど、足跡に夢中になっている。舞うような血の波は、それ以上の決定打を許さない。


「えぇ、えぇ。仕方がないので、こっそり見ることにしますわ。その血に刻まれた、悍ましき勇者の軌跡を」


両手を広げる。慈愛の眼差しを向けるスカーレットの姿は、まるで母が抱擁をするかのようだ。

もちろん、リチャードが応じることはない。

距離を取ったまま、両者は向かい合っていた。


「ッ!?」


なんの前触れもなく、彼の周囲の空気が棘に変わる。

爆発的な速度で、肌に突き刺さっていた。

貫かれることはない。削ぎ落とされることもない。

だが、間違いなく体内には入っていて。


「さぁ、見せてちょうだい? あなたの過去を、生き様を、その血が行き着く最果ての地を」


吸い取られた血は、爛々と輝いていた。

とはいえ、それを見過ごすリチャードではない。

瞬時に体勢を立て直すと、自己の定義を再編する。


「っ! 俺は、大地」


クレアとの戦いで炎になったのと同じように、肉体は硬い岩の外殻に転じ、血を弾く。と言っても、カーボンのように見た目が変わる訳ではなく、リチャードのまま硬くなるだけ。

動けなくなるなんてこともない。


岩は岩でも、神秘の岩だ。あくまでそう定義されただけで、適度な大きさが集まる岩石生物である。

手足は回るし、関節も動く。リチャードはすっとしゃがむと、地面に手を付け城の石材(自身の肉体)を操った。


床は歪んで無数の手足に。鋭い槍となってスカーレットへと押し寄せていく。


「嫌ですわ。わたくし、パワーファイトは苦手なの。

やはり、世界は美しい花弁であるべきよね」


否定する。泥臭い戦いを。

否定する。苦しみに満ちた奮闘を。


彼女の周囲には血の花々が咲き誇り、包囲しているすべての石柱を絡め取っていた。


「っ、風!」

「俺の体は俺のもの、だったかしら?

とても強い力ではあるのでしょうけど」


風に変じたリチャードが突破を試みるも、スカーレットは優雅に杖を振り対処する。風の拳は、異常な軌道を経て空振りし、血の花にも彼女本人にも当たらない。


「所詮、自分の体に過ぎませんわ。

広範囲を殲滅できるようなずば抜けた火力も、世界を操るような制圧力も、あなたにはないでしょう?」


天井が崩れ、土煙が舞う。いくつもの瓦礫が落ちてくる中、スカーレットは攻撃を繰り返す勇者を悠々と見下ろしていた。


「オールラウンダー、もしくは単体特化。

世界や生命を相手取るには、少し力不足ですわ」


パチン、と。指を鳴らす音が芯まで響く。

音自体は特別大きいものではない。それなのに、思考を一新するかのような、世界に届いていると錯覚するようなクリアさだった。


同時に、崩れていた天井が止まり、血らしきものが瓦礫を絡め取って元の場所に戻していく。みるみる石材が舞い上がる様は、時間を操っているかのようだ。おまけに、形を取り戻した天井や壁には崩れた跡がなく、新品同然である。


「トランス、300%」

「壊れないものは、つまらない。

なおも足掻く人の様が、何より美しいのだから」 


伸ばした腕に、光が宿る。リチャードへの反撃ではない。

防御ですらない。そんなものは、周囲に巻き上がる血が壁になるだけで十分だ。戦いですらなく、スカーレットはただ告げる。


「血塔、解錠」


それは、宣告。既に定まった決定事象。

石材でできていたはずの塔は、血として解け、迸っている。

上から下に、大きく広がる花のように。


「咲き誇りなさい、鮮血の徒花」


一瞬の栄華。刹那の開花。故にその血は、決して誰も逃さない。解け開く糸のような花びらは、離脱を試みるリチャードに巻き付き、容易く捕らえていた。


「あ、クソ! 機を逸した!」

「あらあら。死んだふりはおやめになって?」

「当たり前だろ!! してられるかんなもん!!」


誰一人。そう、誰一人としてだ。

一度死にかけて倒れてから、ちゃっかり潜んでいたアリババも、絡め取られかけている。


「チッ!! シスイ……」

「鍵はこの子って、言っていたわね。

奪還の機会を窺っていたの?」


視線の先には、干からびて仮死状態のシスイがいる。

元々華奢な体はさらに細く、薄く。血塗れなのも相まって、そうと思ってみなければ気付けない。彼の目とつぶやきに、スカーレットは悦に満ちた笑みを湛える。


「でも残念。この子は生き返らせないわ。

散り様が見れるのは、一度だけだもの。

それどころか、他の子まで散れなくなるかも」

「干からびてるってんなら、塗れてる血で潤いはあんだろうが! なに寝てやがる残火の侍!!」


無視して叫ぶも、シスイからの返事はない。

わずかな反応1つもない。彼女は完全に停止していた。


「無駄ですわ。わたくしが奪うのは血でなく命。

水分があろうと、取り戻すことの叶わぬものだもの」


アリババが姿を現そうと、以前状況は不利なまま。

何もできないうちに、塔は華麗に花開く。

次第に解けていくことで、逃げられない彼らは諸共地上へと落下していた。


「あなた、下調べはしていらして?」

「……さぁね」

「なるほど、取り得る策を悟らせない、と。

血を見れば分かるのに、いじらしいですわね」


相も変わらず、スカーレットは話し続ける。

殺し合いの直前直後だろうが敵視されていようが関係ない。

小さな生き物とじゃれ合うように、無警戒に触れ合っていた。


「ではわたくし自ら話して差し上げますわ。

消えた人の子らに一喜一憂した人間もいるかも知れませんが、街からいなくなった家畜はみな地下にいるの。

戦場に牧場を残す意味なんてないでしょう?

言っている意味がわかる? 機械的な勇者ちゃん」


そもそもの武力がないアリババと違って、リチャードは落下の間も、体を様々なものと定義し暴れている。


時に水、時に光、時に雷。記憶も言語も思考もなく、ただ目の前のものを排除する機構として。

だが、スカーレットは応戦するまでもなく、尽くを開く花――血の竜巻で防がせていた。


両者の距離は縮まらない。均衡は崩れない。

不安定な足場で女王は玉座に座り、誰も抗えずに地の底まで滑り落ちていく。


「侵入者も吸血鬼も手を出せなくなった、あるいは巻き込まずに済むようになっただけで、地下にはいるの。

元の街に、あなたが助けるべきとする人間の住民が」


ふと気がついた時、リチャードはもう、攻撃を加えようとはしていなかった。糸のような花びらから逃れようと、塔を破壊しようとしている。


それは、攻め気か逃げか。どちらにしても、打開するすべはなく。彼らは女王と共に、カルミンブルク下層――最初の街へと降り立った。


「こんにちは、御機嫌よう。気分はいかが?」


見覚えのある家屋からは、次々に住民が出てくる。

返事はどれも『安心です』だの『拝謁できて幸せです』だの肯定的なものばかり。


では、今の在り方を崩そうとする勇者については、どう思うかしら? 救世主を気取る人の子を、カルミンブルクはどう思う?


「やめてくれ! 俺達は満たされてる!!」

「あんたのせいで街が荒れてる! 怖いんだよ!!」

「私たちに危害を加えないで!!」

「だ、そうだけれど?」


人々に囲まれ、彼らに拒絶され、存在を否定され。

頭を押さえるリチャードは、フラフラとどこかへ歩き去る。

その背にはもう、超常の力など欠片も感じられず。

頬を伝う雫だけが、輝いていた。


「テメェッ!!」

「泥棒ちゃんも、もういいわ。

立ち向かわない者に興味はないから、死になさい」


詰め寄ろうとしたアリババは、爆散して倒れる。

本来上がるべき悲鳴はなく、界下には歓声と称賛。

割れんばかりの拍手に見送られ、スカーレットはまた空へと昇っていく。


「華々しく散ることができるようになってから出直してくださる? まぁ、もうそんな機会はないでしょうけど」


塔にこじ開けられた時と同じように、本来のカルミンブルクは天蓋を塞がれる。線が面となり、ゆっくりと瞼を閉じる。

隙間が完全に埋まるまで、スカーレットは沸き立つ命を眺め、彼らはその現象を崇めていた。



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