46-対峙
「クソ……また、殺された!!」
変貌を遂げた街が、異界の形で安定し終えた頃。
悪態をついているベルは、突き立つ街に貫かれた体を、勝手に再生させられていた。
現在地は、乱立する尖塔の下。頭上には、蜘蛛の巣のように交差する、新しいカルミンブルクの姿がある。
おまけに辺りを見渡せば、下っ端の吸血鬼たちが津波じみた物量で押し寄せていた。
「チッ、苛々してんだこっちは。
オレの邪魔すんなら、同じ目に合わせるぞ!!」
生き返り、全快させられたベルは、荒々しく睨んで叫ぶ。
右手には銀剣。左手には魔導書。周囲には不可思議な文字列が浮かび、同じく地面を離れた足元に、銀色に輝く錬金陣が描かれている。
「立ち塞がるなら覚悟しろ。道開けたくなるまで、もう死にたくねぇって思うまで。テメェらが敵対を選ぶ限り、何度でもぶっ殺してやる!!」
元から人より強い個体が、大群となって迫りくる。
それでもベルは臆すことなく、自身を包む大波に飛び込んでいった。
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「アズールは今、とても気分が悪いの」
同刻、閉じた街の皮の上。
不規則に体がブレている青白い女――アズールは、バラバラに突き立つ塔の陰に、不機嫌そうな目を向ける。
「余計な手間、かけさせないでもらえるかしら」
物陰には誰もいない。立ち並ぶ建造物は不規則で、そこら中に走る吸血鬼がいることも相まって、誰かいるように見えるが。本当に、誰もいなかった。
「シー……」
「ッ!!」
息が漏れる音に反応し、鎌を振るう。
刃が捉えたのは、自身から溢れ出した霧。
街を覆う蒸気だけで、手応えのある実体はない。
「静かに」
「――!!」
再度、鎌が霧を裂く。手応えはない。
切り開かれた視界の中にも、何もいなかった。
「知らなかった? 嘘は身を滅ぼすのよ」
首元に、ナイフが添えられる。
溶けるように姿を現したのは、ゆったりした服を着た浅黒い女――モルジアナ。動きを止めたアズールは、肩越しに彼女を軽く睨む。
「泥棒の一味が、どの口でそんなこと言ってるの?」
「この口」
喉が裂かれ、霧が溢れる。より濃くなる蒸気は2人を隠し、アズールの形を溶かしてしまう。
敵を見失ってしまった。
千載一遇のチャンスを逃した。
それなのに、モルジアナ淡々と言葉を紡ぐ。
「これは、教訓。相手を騙すと、逆襲を受ける。
嘘をつくと、いずれバレて足下を掬われる。
だから私は、騙さず利用するの。真実の言葉で、操るの。
そうすれば、言動に迷わず相手を誘導できるから」
「アズールがあなたに誘導されたとでも言うの?」
再び浮き出てきたアズールが、わずかによろけながら問う。
やはり体も安定しておらず、定期的にブレていて余裕がなさそうだ。対するモルジアナは真逆で、現れた直後には振り返り、冷たい目を向けている。
「実際、斬ったでしょう? ただの人間が、魔王種様を」
「思い上がらないでくれるかしら、人間。見かけだけ斬れても意味がないの。あなたのナイフでは、アズールはわずかなダメージすら受けないわ」
駆け出すアズールは、いきなり体勢を崩して地面に倒れる。
かと思えば、そのまま霧状に溶けて姿を消してしまった。
「この霧は、あなたなんでしょうけど。
だからって、別にあなたのものじゃないのよ。
もちろん、あなたを助けるものでもない」
次に現れたのは、モルジアナの左後ろ。
血に飢えた鎌を、彼女は数センチ体を傾けるだけで、見もせずに避ける。追撃はない。
「あなたの嘘は、余計な手間と言ったこと。
倒す余力もないのに、倒す前提で強がるものじゃないわ」
またも、アズールの体がブレる。しかも今度は、崩れ落ちるような下向きではなく、弾かれるような上向き。
がら空きになった胴体に、モルジアナはそっと身を寄せまた首を斬る。
飛び散る霧は、空へ向かって伸びていた。
どうやら、アズールの体を留める重力は、チグハグになっているようだ。
「何もかも見透かしてるみたいな態度、不快だわ。
あなたにアズールの何がわかってるって言うの?」
無駄だと悟ったのか、今度は目の前にアズールは現れる。
相変わらず、手足は時折不自然な方向に弾かれ、実体がブレていた。
「この街にはクーリエさんがいたのよね? あなたは彼女の能力を受けた。全身を引っ張られているみたいでしょう?
今のあなたなら、足止めくらい私にも可能だわ」
2度も生き物を殺したとは思えないほど、モルジアナは落ち着いている。実際に命までは奪えていないとはいえ、緊張も僅かな強張りもない。リラックスしていて、慣れている様子だ。
「戦士でもないくせに?」
「そうね。でも、そんな私にあなたは2度も壊された。
殺せないからって、死が無意味な訳じゃない。でしょ?」
霧に潜るアズールを横目に、モルジアナは微笑む。
今度は受動的ではない。自身も応じ、霧中の舞踏会が始まる。
「そう何度もこの体を殺せると思うの?
かすり傷1つ負わずに」
「殺せるわよ? だって私……」
影だけが飛び回る中、言葉の応酬は続く。
ただの生物相手に死ぬことはないという自信、一時的な損壊に過ぎずとも殺せるという自信。両者の誇りが、ぶつかり合った結果だった。
「暗殺者だもの」
3回戦の顛末は見えない。完全な決着は訪れない。
辺りにはただ、より濃い霧が充満するだけだ。
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街の一角で霧が吹き出す。かすかに金属の打ち合う音がする。遠方にそびえる塔の上で、それを眼下に見る者がいた。
「……」
長い髪に、はためくコート。女の名はフレイ。
ボロボロで立ち尽くす彼女は、死んだ目をして変わり果てた街を見下ろしている。
見た目からして、生き返らされてはいないだろう。
なぜその状態で無事なのかはわからない。
一つ確かなことは、異界と化したカルミンブルクに巻き込まれることなく、塔の天辺に立っていることだけだ。
「クーリエ……」
ポツリとつぶやき、彼女は撃つ。
付近にいた吸血鬼を、造物を、そして霧に紛れる青白い女を。
ショックを受けていても関係ない。
悲しみに暮れていても関係ない。
今はただ、生き残っている意味を……大切な仲間の敵討ちを果たすのだ。
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窓の外に、彗星が見えた。氷や塵でできている訳ではないけれど、そうとしか形容できない光の帯が。
趣味ではない。望むものではない。邪魔でしかない。
しかし、それも調理によっては最高の料理になる。
それがわかっているから、思わず微笑みが漏れた。
「ふふ……」
城の窓が破られる。飛び込んできたのは、全身を光に変えた綺麗な勇者。完全無欠で、何の面白みもない人間の神秘。
それは、強迫観念に突き動かされるように一直線に襲いかかってくる。
「こんにちは、御機嫌よう。気分はいかが?」
彼の剣は、スカーレットには届かない。
杖を傾けるだけで、血の波が巻き起こって壁になったから。
それは流体でありながら、固体。刃に触れた瞬間、耳障りな金属音を響かせる。
「無視だなんて、酷いですわ。わたくしは友好的なのに」
波は部屋中を埋め尽くしており、隙はない。
身一つでは、決して攻めきれないだろう。
おまけに波は、攻守一体だ。弾いた勇者を囲むように、変幻自在の血が部屋を彩る。
"派手なドレスは好きかしら?"
波は彼を中心に弧を描き、各々の刃を突き付ける。
美しい少年に真紅が纏わりつく光景は、スカートが翻っているかのようだ。
「さぁ、お話をしましょう?
よりあなたの散り様に、心躍るように」
微笑むスカーレットの眼前で、少年の顔に光が当たる。
直りゆく壁が、意志を持ったかのようにそれを際立たせる。
浮かび上がった表情は、焦燥感に駆られた余裕のないもの。
いつもの無表情を崩したリチャードが、そこにはいた。
魔王と勇者、対になる神秘がようやく対峙した瞬間である。
38話でベルがフレイに言及するシーンを改稿しました。
回収しなくて→連れてこなくて




