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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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45-吸血世界カルミンブルク

「……やっぱり」


閉じていた意識に、すっと声が入り込む。

聞き馴染みのある落ち着いた声は、もちろん師匠のものだ。

脳を休ませたこともあって、苛立ちも少しは和らいだ気がする。地面に倒れ込んだはずなのに、頭の下だけ柔らかい。


「どうかした?」


目を開けると、目の前には悲しげな師匠の顔があった。

遠くを見つめて、唇を引き結んでいる。


「ベルくん、起きたんだ。

感じなかった? あの子が戦っていた気配」

「まったく」


起き上がって、視線を追う。

多分、この方向にリチャードがいるということなんだろうけど、生憎まったく感じない。

一瞬、この人の感覚は的外れなのかと思った。


「今はないもんね。ほんの数秒前まで、あったんだ。

でも、唐突に消えちゃって……城へ向かう閃光が見えた。

多分、ブライヤちゃんから引き離されたんだよ」


ブライヤから引き離された。いきなり消えたなら、たしかにその可能性は高いのかもしれない。自称している通り、実戦で当てにならない人じゃなさそうで、よかったと思う。


でも、そうか。引き離されたって言うなら、まず間違いなく捕まったということだ。リチャードが助けないはずがないんだから、助けられない状況にないと説明できない。


あいつが嫌ってた、いまいちよくわからない吸血鬼に、か。

同年代で、あんなに話しやすいやつ初めてだった。

だからちょっとだけ、敵への苛立ちが増す。


「オレはどうすればいい? リチャードは城へ向かったんだよな? 追うべきか? それとも、モルジアナが?」


起きたばかりなので、聞いておく。

モルジアナがいない理由を、オレは知らない。

不完全な情報で、正しい選択なんてできないと思うから。


「そうだね、あの子は城に行っちゃった。

でも、モルジアナさんがどこに向かうかは聞いてない。

私たちの行動に影響を出したくないんだって」

「は? 策どうとかってのはどうした?」

「口に出すと、女王に聞かれるでしょ。

キーになるのはシスイ、とだけ」


つい、荒い口調になる。それでも、この人はあまり気にした様子はなく、質問に答えてくれた。


正直、自分ではどうしょうもないことだ。

体は無理やり治されたけど、中身はそうじゃない。

ベルという存在が、壊されかけているから。


「あいつ、まだ生きてんの?」


一度苛立ちが戻ると、自制が効かなくなってる。ただ、だとしても師匠にキツく当たるのは、申し訳なく思う。

本当に、苛立たしい。この人もそれを理解してくれているのか、少しこちらを見つめた後、たしなめるように口を開く。


「ベルくん、そんな言い方しちゃダメだよ。

いつか、後悔するかもしれないからね」

「わかってる。でも、そうか。即死しまくって余裕なかったし、部屋中血塗れで気付かなかったけど、女王の足元に肉の塊みたいなもんがあったかも」


いや、あったか? そう思いたいだけかもしれない。

1つ確かなのは、クーリエやシャノンの死に際の夢と一緒に、あいつが爆散する光景も見た……気がすること。

うん、確かじゃないな。


「で? どうすんだよ」

「私たちは、モルジアナさんを考慮しない動きをしなければならない。だから、ブライヤちゃんとシスイさん、それぞれの救出へ別々に、かな」

「じゃ、オレ城」


状況はわかった。間髪入れずに行き先を決めると、師匠は咎めるような声を出す。でも、無理やり止めることなんてできやしない。無視して進む。

オレはあの吸血鬼を、女王を、女を、どうしても殺し返してやりたい。




――ベルくんまで手に負えない感じになっちゃった。


ベルを見送るシエルは、力なく杖を下ろし嘆く。

手が回らなかったが故の、余裕がなかったが故の悲劇。

不可逆の破綻が、またしても彼女の心を苦しめていた。


「多分、敵が女王なら死なないんだろうけど……」


心に比例し重くなる手足を、どうにか奮い立たせる。

一度はリチャードを優先したとはいえ、これ以上はダメだ。

合流できたのだから、年長者として守らなくてはいけない。


その決意を示すように、一度は下げた長杖を、重しを跳ね除けるように掲げる。震える杖先は微光を宿し、小さな星座を少年にまとわせていた。


「ベルくん!」


星座は1回転すると、ふっと消えた。

同時に、シエルは数個の小石を放り投げ、振り返ったベルがそれらをキャッチしている。


「ルーン石?」


互いにぶつかり合い、波動じみた光を発している石を眺め、ベルは首を傾げる。ひっくり返してみると、刻まれているのはいつものR.やJ.――風や回復のルーンに加え、E.――相互移動のルーンなどだ。


「もう使い切ったでしょ? 持っていって」

「……でも多分、オレもう自分で作れるぞ」


つれない態度で言い放つベルは、確信を持っているようだ。

しかし、シエルもまた必要であると信じているらしく、優しく微笑む。


「ルーン魔術には刻むものが必要だよ。そうじゃなければ、全部自力になるからルーンである必要がない」

「あー、なるほど。元々神秘が宿った物に刻むことで、手軽な魔術に仕上げてるって訳か。錬金術とは真逆だな」


壊れかけていてもベルはベルだ。

教わって納得できると、素直に感心し理解を深めている。

思考をすっきりさせ、背中を押され、彼は三度、女王の城へ向かっていった。




~~~~~~~~~




「さぁ、生き返る時間だよ」


リチャードが去った門前の荒野で、クレアが大仰に告げる。

辺りを満たすは金色の()。半透明の人々を溶かし、地面に転がる錆や血の残骸に魂を吹き込んでいく。


「ぐ、が⋯⋯」


彼女が錬成するのは、魂だけ。

肉体の蘇生は、より精度の高いスカーレットの仕事だ。


「意識は覚めた? 体は馴染んだ?

違和感がなくなったら、早速食事の時間にしよう」


錆の隙間から血肉が溢れ、ゴーレムではないカーボンが立ち上がる。血溜まりが浮かび上がり、個々に吸血鬼の体を作る。目を疑うような、吐き気を催す光景に、クレアは厳かな笑顔で号令をかけていた。


「流石に、疲れたぜクレア⋯⋯」


多くの吸血鬼たちが歓声を上げる中、カーボンは座り込んで文句を言う。虚空に腰を下ろし、足を組むクレアは、興味なさげな冷たい目を向ける。


「情けないなぁ、カーボン。それでも兵士長かい?」


呆れ、見放したような、容赦なく突き放す一言。

三日月が如き黄金の瞳から、彼は目を離せない。


「他の子たちの方が、まだ意欲的みたいだ。

そろそろ譲っておくかい?」

「っ……いや。いいや。まだやれる。やってみせる」


どちらでもいい、と。命令でも何でもない提案に、カーボンは焦った様子で宣言する。手足からは、鋭い錆が溢れ出ていた。


「上出来だ。では、甘美な宴を始めようじゃないか。

これより先、家畜はもういない。好きに暴れ給えよ」


クレアは満足そうに頷くと、虚空の椅子から立ち上がる。

シルクハットをキュッと回し、ステッキをカツンと鳴らし、殺風景な荒野なのに舞台上にいるかのようだ。


「礎に黄金の栄光」


彼女の足元から金色の光が溢れ、街を覆う。

地面を固め、建物を固め、街全体を土台から黄金に染め上げてしまった。


「苦年の錆が支柱となりて」


続いて、地面についたカーボンの手から、錆が伝播する。

金の礎から伸びるそれは、天地を支える柱のようで。

街を、1つの岩石かに見せていた。


『霧に覆われし未来を想う』


どこからか、落ち着いた声が響く。

街を満たす空気は霧。視界は完全に塞がれた。


『今宵浸るは血潮の奔流。永遠に抗う勇者の失墜。

万生の母が嗤いましょう。あなたたちの生を、命を』


世界に艶やかな声が声が轟く。それは、本能に染み込む必然の事象。世界は、生命は、其の声1つで在り方を委ねる。

"私たちは、決してこれには抗えない"と。


『尖塔をここに。盤面穿いて標を示す』


応じて霧から飛び出てきたのは、赤い棘。

それらは鮮血。テラテラと赤月に輝く命。

霧を突き上げる新たな街は、数多の命の上で主塔に傅いている。


『残基は不屈の基にあり。何度でも散らせ、何度でも立ち向かわせ、いずれ飽くるその日まで、永く楽しむ朱を望まん。

挑みなさい。魔王打倒に、己が意義を懸ける者共よ』


内外に関わらず、街は一変した。

中は常に牙を剥く口内に、外からは世界を汚す染みのような、禍々しい魔城としてクレアたちの目に映る。


錯覚か。彼女のさらに遠くから見ていたブライヤの目には、女王スカーレットが鎮座している光景が、見えた気がした。


「これでもう、君は中には戻れない」


呆然とするブライヤに、クレアは悠々と告げる。

もう、命は狙われない。既にその価値がない。

その代わり、故郷に帰ることは叶わず、解放の助けになることもできない。


「もちろん、中の子たちも生き残れはしないとも。

君は……そうだね。殺す必要はないけど、迎える意味もない。私たちが嫌いなら、外の世界で好きに生きるといい」


なおも、クレアは言い連ねる。

ブライヤには何も言えない。指1つ動かせない。

ようやく得た自由は、先の見えない暗がりで。


「好きに、生きる……」

「それとも、観戦だけしていくかい? 無人の残機。無限の脅威。無数の可能性をはらむ、リアルRPGとでも言うべき人形劇のさ」


吸い込まれそうになる三日月の眼を、ただ見つめ返すしかできなかった。



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