44-望まれている、と
リチャードの動きは早く、背負われているだけでも無視できないほど負荷がかかる。だが、どこが一番安全かと問われれば、やはり彼の側しかない訳で。
「ひぃぃ……!!」
涙目に戻ったブライヤは、必死にしがみついてなんとか風圧に耐えていた。そんな彼女を、リチャードはもう欠片も気にしない。死んだら自己責任とばかりに、遺憾無く人を超えた身体能力を発揮している。
もっとも、手を抜いている様子がなく、負荷が笑えないレベルなだけで、被弾や必要以上の衝撃などは避けているが。
ただの人からすると、やはり生きた心地がしないのだった。
「神秘といえど、心臓は重要な核だ。考えられるとしたら、場所が違った、瞬時に再生した、複数備えている、彼的には重要ではない、もしくは全身が等価である。
さて、どう出るかな」
標的は黄金の魔王種――クレア。
次点で蘇ったカーボンである。
ただし、城壁の前には少なからず障害になる下っ端吸血鬼たちがいる上、厄介な黄金の造物も目白押しだ。
速攻を仕掛けたリチャードだったが、道を阻まれ攻め切れない。
流体のようにたゆまず進んで吸血鬼を斬れば、その先の造物に道を阻まれる。排除にかかる時間、およそ2秒。
その間に雑兵は群がり、また突破から。
誘導と足止め、また集結からの誘導と、キリがなかった。
最終的には、数十人斬ったところで複数の造物に囲まれる結果となる。一言で造物と言えど、形が様々なら対処も相手により変わるものだ。わずかなラグからじわじわ悪化していく現状に、彼は一度後退していく。
「ふふ。さしもの勇者でも、邪魔されながらじゃ雑兵の突破に手間取るんだね。それともハンデかい?」
周囲にいる金の割合が増えたから、一度下がる。
ギリギリながら、その判断は正しかった。
直前まで立っていた場所に、黄金が振り注ぐ。
同じ黄金でも、その性質は様々だ。
捉えどころのないブレスだったり、竜の外皮から伸びた棘――金の槍、その中でも生存する黄金の蝙蝠までいる。
うち1つは、少し前に体を貫いた攻撃だ。下っ端の吸血鬼とは違って、軽視できるものか。実際、それらが穿った地面は砕け、拳大の岩石を雨のように降らせていた。
巻き込まれた吸血鬼たちだって、ひとたまりもない。
暴雨が収まった後、底が見えない穴の付近に彼らの形は一つも残っていなかった。
被害は甚大だが、クレアの知ったことではないのだろう。
門の前に陣取る彼女は、変わらず戦いを造物たちに任せ、悠々と観察続けている。
「リチャード、これ大丈夫なの!?」
クレアの味方殺しも含め、撃破数こそ多いものの、そもそもが一対多。クレアかカーボン、どちらかを仕留めなければ意味はない。
吸血鬼、造物、その先の魔王種たちと、三重の守りを突破できない現状に、返り血すら浴びていないブライヤは不安そうだ。
その間にも、穴から這い出てきた吸血鬼、リチャードが斬り伏せた吸血鬼たちは、その身を再生されていく。
同じように修理されている造物たちをぼんやり眺めながら、リチャードは淡々と答えた。
「仕留めるだけなら簡単だ。お前が耐えられるならな」
「耐え……は無理だし、それならあたし、避難しとくよ。
近くにいなきゃ、助ける必要ないでしょ?」
「……いいだろう」
互いに合意し、護衛を放棄する。
位置は敵から最も遠く、門と吸血鬼を挟んだ対極だ。
それでも、増える造物や蘇る吸血鬼たちは、すぐにブライヤを捕らえようとするだろう。
リチャードを止めるためには、助けを求める人間を隔離するのが一番確実なのだから。しかし、生憎とそんな時間は与えられない。
ブライヤが背を降り、地面に足をつけた瞬間。リチャードの姿は、夢でも見ていたかのように消えていたから。
「え、リチャ‥」
「ぎゃあッ!?」
同時に、吸血鬼たちの集団から、ところどころで悲鳴が聞こえる。右端と思えば、左端、はたまた中央と、リチャードが何人もいると錯覚するほどだ。
音もまた悲惨だった。斬撃の音はしないのに、血が吹き荒ぶ音、地面に飛び散る音ははっきりと聞こえる。
合間に挟まれる悲鳴も、よく通るものから水気を含む聞き苦しいものまで様々だ。
「なるほど、混乱を呼べれば十分と。そういう訳だね」
一見人にしか見えないものが、のたうち回る地獄絵図。
そのど真ん中で、クレアは笑う。
いつの間に歩いてきたのか、彼らを検分する彼女に返り血はない。スーツもハットも、その杖にすらも。
不可思議にも血を浴びないクレアは、一体も斬られていない造物を見上げながら、背後に迫る影を尻目に見ていた。
「トランス、200%」
「やれると思うな、救済装置」
目にも止まらぬ速さで斬りかかるリチャード。
だが、その刃はクレアには届かず、硬いゴーレムの装甲を持つカーボンにより、防がれてしまった。
「さて、隙ができた。あなたはそこからあの娘を守れる?」
悠々と微笑むクレアは、遠い影に目を向け指を鳴らす。
合図を受けて、弾かれたように飛び出すのは造物たちだ。
犠牲の少なかったそれらは、体の周囲に陣を浮かべて槍状にブライヤへ放たれている。
「無駄だ。どうせその血もすぐ錆びる」
すぐさま向かおうとするリチャードを、カーボンが止める。
腕に刺さった剣を錆で固め、武器を持ったままでは動けないようにしていた。おまけに錆は侵食しており、放っておけば全身が飲み込まれてしまうだろう。
「錆びる?」
にも関わらず、リチャードは表情を動かさない。ブライヤに迫る金槍すら気にせず、無関心に、無感情に、薄汚れた機体を射抜く。
「俺の体は俺のものだ」
その目に、強い意思は感じられない。
感情の色は一筋すらない。それなのに、底知れない恐ろしさの圧が、彼の目にはあった。
「うっ」
気付くとカーボンは、自ら錆を剥がして距離を取っていた。
自分の行動に混乱し、状況に戸惑っている。
隙をつく意図はない。ただ攻撃の瞬間に、相手が勝手に隙を見せてくれただけのこと。
「いずれ燃え散る我が身は炎」
危機を理解する間もなく、カーボンは炎と化したリチャードの腕に飲み込まれて消えた。硬い装甲も、完全無欠のものではない。炎の爪に引き裂かれ、内外を同時に溶かされ、跡形も残らなかった。
「次」
「なるほど、それが君の力か。
俺の体は俺のもの……察するに、完全なる自己制御かな。
地味ながら、解釈次第でどうとでも広げられる。
うん、実に汎用性が高いね」
カーボンを溶かしたリチャードは、片手間に造物を溶かしてクレアに襲いかかる。両腕を炎化させてから、わずか10秒。
反撃の時間など与えない。
「最も注視すべきはどこだろう。私が思うに、それは君の生き方にあると思う。なにせ、自己を制御するのだから。
つまりは選んだ在り方、理想の形。
端的に述べると、君は自分自身を、勇者と定義している。
だからこそ、君は勇者だ」
リチャードはもう、目と鼻の先だ。
息すらかかる至近距離で、クレアは彼に笑いかける。
しかし、攻撃は当たらない。
「なら、対処は簡単だ」
「情報更新。不足を速度と仮定。両足に加算、50%」
スッと身を引くだけで、クレアは炎の腕を躱していた。
いや、実際には当たっているのだろう。ほんの僅かだが、腕は何かにぶつかったような挙動をしていた。
それなのに、傷もダメージも受けていない。
原因はきっと、直撃していない以上に、錆よりも硬いから。
仄かに金に輝く麗人は、時に身を引き、時にステッキを添えて、優雅に受け流した軌跡を以て陣を描く。
「君を勇者にしなければいい」
「情報更新。不足は火力と訂正」
"ソウルアルケミスト"
破壊力もスピードも加速度的に増していく中、クレアは地面にステッキを打ち付けた。汗1つ流さず、この劇場の中心に立つ。光り、輝き、迸り。錬成陣が敷かれた一帯には、倒れた吸血鬼や壊れた造物の代わりに、半透明な人々がいた。
「ほら。勇者リチャードは、もう動けない」
彼らはただの人間。魂だけで、体を持たないことを除けば、どこにでもいる普通の人たちである。
そんな彼らが、仄かな敵意を向けている。支配者である吸血鬼ではなく、救世主であるはずのリチャードに。
パラメーターの調整のため、両手を地に付き立ち止まっていた彼は、大きく目を見開いて硬直していた。
「……!!」
体が震える。視線が泳ぐ。カチカチと上下の歯の音が響く。
助けるべき人がいない――ここは危険だ。
誰も彼を望んでいない――機能が失われる。
――望まれる場所へ、今すぐに!!
「あちゃー……無視して城へ突貫ときたか。やはり実物じゃないと厳しいね。中途半端にやり過ぎたみたいだ」
天を仰ぐクレアの頭上に、一筋の光があった。
目にも止まらぬ速さで飛び出したそれは、脇目も振らず女王の城へと伸びていく。




