43-勇者の機動
願いを聞いた。俺に、この街へ来てほしいという声を。
だから来た。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ来るだけ。そこから先のことなんて知らない。
他に助けを求められなければ、そんな誰かを探すだけだ。
もしくは、あの女がまた頼み事をしてくるのかもしれない。
ただまぁ、会えないのならもういいとも思う。
こいつらと戦う理由は、俺にないから。
「やぁ、君が勇者?」
悲しくなんてない。苦しくなんてない。
痛みも、空腹も、俺には欠片も存在しない。
俺は何も感じていない。
「……おやおや。無視かい? ひどいなぁ、折角おもてなしの用意を整えたというのに」
門の前で、魔王種が笑っている。
背後に大勢の吸血鬼を引き連れて。
その中にあの女はいない。では、次の救難は不明だ。
ここに俺がいる必要はない。
ノイズの走る視界を閉ざし、俺は相手に背を向ける。
「うーん……もしかして逆効果だったかな?
さてどうしたものか。義理か利益か悩ましいね」
頭が痛い/痛くない。俺は悲しい/悲しくない。
助けを求める人が、必要だ。
「おーい、シエルちゃん殺しちゃうよー」
そう、人だ。人でなくてはならない。
獣ではなく、神秘でもなく、人。
人間という生き物を、俺は助けなくてはならない。
「ベルくんも殺しちゃうよー」
とても寒い/寒くない。胸が苦しい/苦しくない。
そもそもここは、どこだっけ……?
いったい俺は、誰だっけ……?
わからない。わからないから、助けなきゃ。
俺は、その願いを守らなくてはいけない。そのはずだ。
「助けを求めてる住民たちも、皆殺しにしちゃうよー」
気づいたら、目の前に魔王種がいた。
俺が繰り出していた蹴りを、一歩も動かず受け止めている。
周りの下っ端たちは、1人を除き、余波だけで吹き飛んでいるというのに。
黄金の腕はピクリとも動かない。
あぁ、こいつは強いな。
「そんなやつ、この街にはいないだろ」
「の割に動くのは反射かい?
難儀だねぇ、きみってやつは」
探るような視線で俺を見る。戦いたいのか? こいつは。
少しだけ不審に思って、しかしすぐにそれは消えた。
いるなら助ける。いないなら助けない。
この機能さえあれば十分だ。
それに、体が動いたのならいるのだろう。
排除してから見てみればいい。話はそれから。
「だがそうさ。この街にそんな人は1人もいない。
私たちが支配し、洗脳し、食い物にしてるからね。
求められずとも必要としてる。君が本当に勇者なら、助ける義務があるんじゃないかい?」
飛び退る魔王種が、ペラペラと何か言っている。
結局、どっちなんだ?
……いない? いないのか。
「ってちょっと! 帰るの?」
俺は何も考えない――助けを求めている人は、どこだ?
俺は何も覚えてない――人類を存続させるのは、俺の義務だ。
「まぁいいか。あれはなんか違うし、ね……!?」
音がした。ふと見上げると、人影がある。
空高くに、小さな小さな人の影が。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あぁ、あれは死ぬな。あの高さから落ちたら、人は死ぬ。
何十メートルか、何百メートルか。ともかく人には耐えられない。……どうして吹き飛んだんだろう?
一瞬疑問が頭をよぎるが、やはり興味はない。
魔術を使えるなら助かるかもしれないし、事故ならまぁ死ぬだろうな、と。他人事のようにぼんやり思った。
「誰か助けてぇぇぇ、勇者様ぁぁぁぁ!!」
「……!」
思わず目元に力が入った。
思考が切り替わる。視界が晴れる。
全身が救助のために作り替えられる感覚。
俺はきっと、あの人間の女を助けるだろう。
「あの娘だけは捕まえておけと言ったのに……カーボン!!」
目の前で、魔王種もまた女を見上げ毒づく。
眉を寄せて叫ぶ声に、城壁の表面を覆う錆が生き物のように動き出していた。
カーボン――これもまた魔王種。
群れの中に混じっていた薄汚れたゴーレムは、バグじみた怪しげな挙動で錆を操っている。
標的は俺であり、あの女。
粒体と繋がった手は、数メートルもの規模へと膨れ上がり、それぞれの標的に向けて伸ばされた。
片や捕獲、片や応戦。救出では両方が障害になり、また微細な粒子の集合体は、たとえ斬っても止まらない。
あの男から消さないといけないのは、少し面倒だ。
ただ……あいつ、中身がないな。
心臓部の破損、もう死んでる。
まだ動いてるのは、ここの支配者の能力か。
「ハハハハローハローハロー」
生前の名残りを叫ぶカーボンは、俺を優先していた。
落ちる女と動く俺。考えるまでもない。
知性などないだろうが、こちらもそのつもりで動くまで。
腰に提げていた剣を抜き、迫る壁をじっと見る。
仕留めきれなくてもいい。助ける邪魔さえされなければ。
つまりは3点。両の錆とやつ本体を斬ればいい。
それだけならば、指一本で事足りるほど簡単だ。
「……」
息を吐く。剣を構える。ただそれだけで、迫る錆壁は数十に分かれていた。その隙間に、肩口から胴を真っ二つにされたカーボンが見える。
捕獲の錆も、もはやまともに動けない。
「お、前……!!」
死者に口無し用事無し。やつの叫びを聞き流し、俺は足に力を込める。筋肉は方向を示すもの。主な力はもっぱら神秘。
軽く地面を蹴るだけで、体は空へと羽ばたいた。
錆はとうに崩れている。阻むものは何もない。
目の前にはただ、悲鳴を上げる若い人間の女だけがいた。
「っ!? キャァァァッ!!」
なぜだろう。女が俺を見て悲鳴を上げる。
ふと視線を落とすと、胸には金色の棘が刺さっていた。
横目に見えるは竜種の背。どうやら、あの魔王種に従う竜が奇襲してきたらしい。
やはりあの騒がしい方は強かったな。
では、救出を再開しよう。
「うん? 人の心臓はそこにあるよね?」
魔王種が下でうるさいが、俺には関係ない。
最初から痛覚は遮断している。血も止めた。
尻尾は後で抜けばいい。
動きの邪魔にならないように、斬り離すだけはして空を蹴る。いると分かっていれば、竜もついでに斬るだけだ。
今度こそ邪魔者がいなくなった空で、俺は女を受け止める。
「助けてほしいのか?」
「えぇ……? あなたこそ助けがいるんじゃ……
ううん。大丈夫ならいいの、ありがとう。
はぁ〜、どうにか会えた。あなたがリチャードだよね?」
やたら度胸のあるやつだ。黄金の生成物が迫っているのに、もう安心しきって笑っている。直前まで震えていたとは思えない。これがあの女の用意した頼み事、か。
「個体名リチャード。必要とあらば助けになろう。
この街に助けは必要か?」
「うん、お願い。ここに巣食う吸血鬼を倒して、カルミンブルクを解放して!」
強い光を瞳で受けて、目を閉じ意識を体に向ける。
エネルギー投下完了。目標設定。
標的、黄金の魔王種。次いでカーボン並びに下っ端吸血鬼。
最終目標、支配者の撃破。推定、女王スカーレット。
必要残量、確定。パラメーター調整開始。
システムブレイバー起動。これより救世を証明する。
「ねぇ、ちょっとぉ……!?」
願いは聞き届けた。君の願いは叶うだろう。
あとは……
「勇者と魔王、果たしてどっちが勝つのかな。
私にはわからない。わからないから、得るものを得よう」
あいつが、邪魔だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
喚く女を背中に移し、俺は全力で滑空する。
悠々と地上に立つ魔王種は、迎撃準備を整えることもなくこちらを見上げ、笑っていた。
秘策があるのか、既に準備を終えたのか。
どうあれ自信があるのなら、すべてを貫く攻撃を仕掛けるしかない。
――斬る。必要なのはそれだけだ。
首を飛ばす。心臓をくり抜く。
手足を落として、反撃の可能性まで潰す。
すべての力を腕に乗せ、まずはその首を。
「弾けディアムス!!」
落、と、す。
数秒、思考が止まった。斬撃を防いだのは、既に死んでいるはずの薄汚いゴーレム。いや、目など所々に覗くのは男か。
ともあれ彼は、錆で硬質化した腕で、黄金の魔王種を守っている。言葉は流暢で、バグのような挙動もない。
どういうことだ? 生き返った……?
「はぁ、はぁ……」
耳元に息が当たる。そういえば……
「危ないからしっかり捕まっていろ」
「遅いわよ!!」
さて、言うべきは言った。
次はあの2人の魔王種を――
「では、殲滅を開始する」
殺す。




