7-舞台の幕が上がる
「あたしたちの旅って、目的地とかないんだよね」
ある日、唐突に師匠がそんなことを言ってきた。
はっきり言って、聞くまでもない。その時々で助けを求めてる人を見つけ、彼らの方へ向かう。それが、オレがこの旅で見てきたことだった。
「だろうな。今さらどうしたんだ?」
歩きながら、練習で前に描いていた魔法陣を消し、手を下ろす。よくわかんねーけど、意味のない雑談ではなさそうだ。
「うん、普段そんな感じだけど、久しぶりに人助け関係なく平和な街に行ってみたいと思って」
軽い調子で告げる師匠の顔は、憂いを帯びたものだった。
ここ最近の師匠は、ずっと暗い。
いや、オレが力を身につけるために必死だったから気付けてなかっただけで、最初からこうだったのかもしれない。
どっちにしろ、怒りの人格を切り離せて本当によかったと、思わされる。
「ずっと、戦いばかりだったじゃない?」
「そうかな……?」
思い返しても、直近でスカーレットと戦ったくらいで、後は割と穏やかな生活だった気がする。魔術を教わったり、修行したり、葬儀屋のおっさんと埋葬したり。
悪夢で魔王種ナイトメアと戦ったことはあったけど、他にはあまりない。アリババや魔獣とのあれこれも含むなら、まぁ日々戦いの中にいたけども。
「ベルくんはそうでもなかったかもしれないけどね。
リチャードは、戦いばかりだったんだよ。
あたしが、そうさせちゃったんだ」
「師匠?」
そっと聞き返すも、師匠は答えてくれない。
閉じた蓋が壊れ始めているみたいだ。
なのにまだ、教えても大丈夫だと安心させられていないんだ。
もっと考えよう。どうすればこの人たちにも必要とされるのか。昔からオレは、こんなことしかできなかった。
考えて、教わって、考えて、試して、考えて、考えて。
そうしてオレは、リチャードの敵になる。
「そんな話するってことは、平和な街が近くにあるのか?」
「……え? あぁ、うん。そうなの。
その街は、演劇の国と呼ばれている」
返事が遅れている。歩くスピードは変わらず、前を先導してくれているのに。他に意識が向いてて、なのに旅は体に染み付いているようだ。会話を続けながらも、危ない場所の注意や、獣への牽制が的確だった。
すごい人だ。自分では戦闘能力が低いとか言ってるけど、とても信じられない。たとえ、リチャードと比べてそうでも、知識量で簡単に覆してしまう気がする。
この人はなんで、こんなに自己肯定感が低いんだろうか。
「えんげき? なにそれ」
かすかに微笑む。素朴で、混じり気のない笑顔。
師匠にとっては、温かな気持ちになれる、親しみ深いもの?
……オレはずっと、この人をちゃんと見ていなかったのかもしれない。やっと誰かを助けられると浮かれて、旅に心を奪われて、リチャードにばかり意識を向けてた。
あいつとは逆に、ろくに関われちゃいないけど。
「あー……役を演じる、物語の実演かな」
「本の内容が直接見れる?」
「そう、そんな感じ」
なんだか、とても贅沢なものだ。高尚というか、文明的というか。大多数を占めるであろう、生きるのに精一杯な村では、絶対にありえない文化だ。
その、演劇の国では栄えているみたいだけど。
多分2人の故郷――世界で唯一の国家でも、栄えてたのかな。
オレたちからすれば、師匠は保護者だし大人みたいなものだけど、確か成人してはないって聞いた。
やっぱり、面倒を見ることや旅の舵取り、のしかかる責任は、思ってる以上にキツいのかもしれない。
懐かしいものを求めてしまうくらいに。
オレたちだって、いや師匠以上に子どもだけど、3人で旅をしてるんだから。守れるなんておこがましいとしても、オレたちだって支えないといけない。
寄りかかるだけじゃ、ダメなんだ。
「面白そうだけど、リチャードは見ねんじゃねーかな」
「だろうね。無理やり見せるつもりもないし。
でも、雰囲気は伝わるかもじゃない?」
「ん、まぁ文句はねぇから、行くなら行こう」
同意を示すと、師匠は「ありがとう」と表情を緩める。
旅に出てから初めて、目的地が決まった。このままのペースで行くと、到着までは残り4日ほどらしい。
助けるべき人の気配を追わないなんて、久しぶりだ。
師匠の気分転換か、リチャードの心を開く行動か。
その街でオレに何ができるか、考えておこう。
目的地が定まったことで、旅路からも迷いが消えた。
今までは、助けを求めている人がいた時、助けた後に元の道や方角に戻らなかったところ、一度脇に逸れるだけ。
蛇行しながらも、オレたちは演劇の国と呼ばれる街に向けて、まっすぐ進んでいく。リチャードも文句は言わない。
「なぁ、今更だけどあいつなんで大人しくついてくるんだ?」
オレは今まで、助ける人があいつを引き寄せてるんだと勝手に思っていた。進路を強制できなくても、助ける人がいたら予想や調整ができる。
実際、カルミンブルクに行く前までは、たいていリチャードが先行していたし。旅は、オレたちを視界に入れないあいつの後を追い、無理やり成立させてるようなものだった。
でも今は、後ろをついて来ている。
積極的に人を助けることもない。演劇の国を目的地にしたのも最近なのに、不思議だ。
「なんで……うーん、なんでだろうね」
「えぇ? わかんないのかよ。姉なんだろ?」
「姉でもわからないことはあるよ。
特に、あの子みたいな状態の子は」
また悲しげな顔をさせてしまった。思わず全身に力が入る。
お世話になってる人、一番近くにいる人も助けられないで、見知らぬ誰かを助けられる訳がない。
線を引かれてるからなんだ。
できることは、他にもあるのに。
「……」
やべー、ないかも。わからない、に対して言えることがなさすぎる。肯定は論外だけど、否定できる要素もない。
感情を切り離して、落ち着いたせいか?
師匠よりも面倒な立ち位置にいる気がする。
「演劇、目の端にでも入ってくれるといいけどねー」
パッと見、師匠の様子に変わりはない。
しっかり前を向いて、明るい口調で話している。
ただ、ほんのりと暗さを感じる目元が、微妙に張りのない声が、疲れたような緩やかな動きが。
そう見たら見える程度には、静かな悲しみを帯びていた。
「まぁ、一瞬でも戦いから離れられたならいいかな」
「心配すんなって、もう大抵のやつはオレがやれる」
後ろを振り返り、リチャードの様子を窺う。
相変わらず、ぼーっとどこかを見ているだけだ。
それほどまでに、あいつは役目のためだけに生きていた。
拒絶されて、空っぽになっちまうくらい。
……他にもなにか、あったみたいだけど。
カルミンブルクでリチャードと斬り合った時、オレもトんでたからな。
「あいつも、師匠が頼れるってわかってるからついて来てんじゃねーかな。きっと、あんたが見てる演劇は目に入るよ」
「そうかな。そうだといいな」
オレに出せる、精一杯の回答だ。
ただの想像。ちっぽけな気休め。意味があるとは思わない。
でも、まったく価値がないとも、思わない。
「ともあれ、到着だよ。あとは、どれくらいの規模で日常に芸術が根付いているか次第かな」
長く続いた山地を抜けた。
師匠が表情を和らげ、安心した様子で目を細めている。
続いて顔を上げると、遠くには踏み固められた無数の道と、城壁などの類が一切ない広々とした街が見えた。
「あれが、演劇の国と呼ばれてる、平和な街……」
目の前に現れた光景を見て、ベルは呆然とつぶやく。
街と言える規模に達した集落に来るのは、これで2度目だ。
自治区としては、初めてになる。
当然、街としてどうかなど、言えるはずもない。
しかし、生産区とはいえ街だったカルミンブルク単体と比べることはできる。
城壁があった。魔王種側の吸血鬼ではあるが、兵士がいた。
守り、戦うだけの備えがあってこそ、村ではなく街と呼べる規模であれたのだ。であれば、あれはなんだ?
「うん。地図が間違ってなければだけどね」
「こんな無防備で、どうやって……?」
壁はその一切がない。すべてが開かれ、多くの人・物が自由に出入りしている。では、道中に警備がいるのか?
それもいない。
踏み固められた道にはまばらに人が歩いていたが、平原にも街との境にも、向かう者以外の人影はなかった。
壁も、門も、扉も、柵も。内外を隔てるものが皆無で、一見安全とはほど遠い街だった。だというのに、冠している名前は演劇の国。噂に聞くは平和な街。不自然だ。
「聞くところによると、ここはとある神秘が統治しているんだって。スカーレットとは違う、人の神秘――勇士が」
人間――獲物が無警戒に歩いていて、障害物が存在しなくて、道は歩きやすい一本道で、なのに魔獣は街を狙わない。
それだけこの街の勇士は強いのか、狙われないことが能力なのか。
「ここはロール自治区。
人々が演劇を求め、愛し、日々役を演じる芸術の街」
いずれにしても、そのすべてが演目なのだろう。
勇者が辿り着いた平穏の地で、物語は始まる。
舞台の幕が、今上がる。




