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薄暗い闇の中に、その者は立っていた。
幽かな月明かりが照らす山の頂上で、ボロ布が風に揺蕩いでいる。
付近に人の気配はない。集落の明かりはない。
あるのはただ、大地と獣たちの唸り声。光源になり得ない無数の光球が、周囲で爛々と蠢き見つめている。
人の生存圏外に、その者は無防備に突っ立っていた。
「――!!」
「……」
巨体が月を遮った。濃い影が一帯を塗り潰す。
輝くのは牙。涎と共に頭上から覆い被さる。
だが、同時に動いたのはその獣だけではなく。
「ッ――!!」
「……」
数度の激突の後、獣たちは相打ちで沈んだ。
その者は何一つ反応を示さず、この地を後にする。
また、ある時は村に。ボロ布で全身を隠したまま、フラフラと道の真ん中を歩く。村人たちは、亡霊のようなその者の姿に慄き、警戒を強めた。
フードで前が見えていないのか、ゆらゆらと進路が安定しない。世界が見えていないのか、男たちに声をかけられても、あいさつ1つ返しはしない。
歩く、歩く、歩く。生贄を出す必要がなくなった村を。
それでも、新たな魔獣が絶えず狙う村を。
「……」
やがて、その者は何をするでもなく村を出た。
ただ通り過ぎ、突き進んでくる猪の魔獣を正面に見る。
歩みは止めない。身構えはしない。
その者は歯牙にもかけず進み、ふと剣の切れ味はどうかと、抜いた刃を見た。猪は死んだ。恐怖して避けた先に、運悪く垂れる剣があったから。
「……?」
汚れた剣を振り、血を飛ばす。
驚いた蛇が遮二無二逃げ出した。村を食べたいと思っていた獣たちが、ほとんど飲まれて死んだ。
その者は一瞥すらせず、この地を去った。
「……?」
数十キロか、百キロは超えた頃か。ジグザグに彷徨うその者は、地の底に埋まっている棺桶に気が付いた。
とうに土は渇き、跡はない。獣たちにも、勘付かれてはいない。その者は無言で手を組み、祈りを捧げた。
周りで勝手に死ぬ獣たちを、供え物と扱って。
その者は快眠に歓喜する村を見た。不思議な気配のする川を見た。最終的に、ほんのりと血の香りのする質素な町に辿り着いた。
「……」
他の地を訪れた時同様、感情の揺らぎは見えない。
声を上げず、急ぎもせず、風に揺られている。
何一つ、望みというものを持たないで。




