5-地竜狩り・後編
村の周囲を回ること……だいたい200周くらいか?
そろそろ適当な集落を1つ飲み込む時期だ。
あぁ、実に待ち遠しい。
フリで浮上する度に上がる悲鳴、近づくと青ざめ震える人間の顔、通り過ぎてへたり込む奴らへの優越感。
期間を開ける必要はあれど、これ以上に昂る遊びはない。
無為に時間を消費するだけの価値がある。
もっとも、飯をより美味く楽しく食らうための調理と思えば、まったく無為なんかじゃないが。
「クカカ、一年ぶりの飯の時間だぜ」
手始めに地面から跳び上がり、姿を現す。
地飛沫の合間に、近くの村から悲鳴。頬が緩むのを感じる。
まだ遠いが、俺は耳がいいんだ……ん?
「んだこの音」
村よりも近場に、変な音を聞いた。そばには呼吸音や鼓動。
出歩いている人間がいたのか?
交流を禁じてはいないが、運が悪かったな。進行方向にいるのだから、丸呑みにされたって文句は言えない。
一年に一度の村飲みの日。見逃す理由も、ない。
「さぁ、待望の一口目ェ!!」
大きく口を開いた。舌上に熱が広がる。
柔らかな人肉。甘美な血の味。その時ふと、気が付いた。
耳が聞こえなくなっていることに。
「??? 何、が……? なんか、熱い」
口内に感じた歯応えは、肉を食らったものではなかった。
口中に広がる熱と血の味。それらはすべて、焼け爛れた俺が受けてるダメージだ。
「ぅぐッ……痛ぇ!! こりゃあ、何だぁ!?」
辺りを見回す。地面の中だ。跳び出て飲んだつもりが、地外にも出られていない。おまけに何だ? この熱は。音以外に意識を向けると、そこら中に変な神秘があるのを感じる。
一年の我慢で飢えてたせいで、視野が狭まってた。
笑えんくらいに油断した。というより、何百年も獲物を奪い合う敵はいなかったのに、一体どっから生えてきた!?
「っ、とりあえず敵だろお前!? なぁ!!」
変な神秘が攻撃なら、下手に動く意味はない。
こっちも力を使って遠距離攻撃するまでだ。
相手を敵と認識し、負けじと大地を揺さぶる。
「生えろよ大樹、昇れよ大地。
均し解れた土地は今、新生を迎える!」
生まれ変わる土地は、時を無視した変貌は、住まう命を刈り取り根差す。その、芽生えを。石よりも硬い何かが、瞬く間に摘み取っていった。
「あ゛……?」
隆起が止められた。木々が断たれた。
土地を育てる俺の力は、何も事象を起こさない。
どころか。
「ぐ……な、んなんだよぉ!?」
全身を、地中ですら煌めく物体が差し貫いた。
違う、炎と共に伸びてくる物体だ。石・鉱物・水面・宝石・金属――何かそのようなものが、鋭利な棘が、刺さる。
「こんなもん、簡単に折れ……って、ちょ待て待て待て!!」
小山ほどはあるはずの俺を貫けた時点で、考えてしかるべきだった。これは普通じゃ――自然じゃない。
身をよじって折ろうとした物は、それが現実になる前に尋常ではない熱を放ち始める。
「うぉぉぉぉッ!? 何だってんだよコンチクショウ!!」
周囲の土を吹き飛ばすほどの熱だ。
意図的に発生させているとは思えない熱だ。
端的に言って、それは暴発だった。
「どわぁぁぁぁッ!?」
煌めく物同士が作り出した熱は、爆発的な威力で一帯を消し飛ばす。悠々と地を泳げているはずだった俺も、無様に空中に放り出される。
「ッ……捕捉したぞ、人間!!
テメェ、ただで済むと、思、う、な、よ……」
怒りに任せていた言葉が、尻すぼみになっていくのをどこか遠くで聞いた。ちっぽけな姿を探すのに夢中で、見逃していた。いや、砂粒のようなチビに集中していてなお、わかってしまった。見下す先にいる人間が、異様な場所にいることが。
「そうだな。すげー労力かかったよ。
だからさ、魔王種。とっとと消えてくんね?」
地上で小さな人間が笑う。疲れた笑顔が、際立って見える。
それほどまでに、隙間なく伸びている、線、線、線。
本能が叫んでいる。あれに関わってはいけない、近づいてはいけない、無鉄砲に仕掛けてはいけない。だからこそ、俺はあの線を見るべきだ。なのに、視界があの人間だけに集約される。
恐れているのか? 逃げているのか? 目を逸らしているのか? あぁ、きっとそのすべてだ。
「クカカ……」
人間が手を掲げる。呼応して輝く線は何だ?
理解できない。それでもわかるのは、あれらが神秘の牙だということ。避けられないこと、抵抗しなければ死ぬということ。要するに、あれはカザンだ。壊せれば死ぬまではいかず、壊せなければ死は避けられない。ならば壊すまで。
「人間は一度、自然から離れたんだぜ?」
我が身に万象の種あり。地底より出で、荒れ地に再誕の芽を咲かせ給う。我が真体たる星よ。我、其の一端を預かる現身とならん。
「消えんのはテメェだろ、人間!!」
俺は見た。地上に張り巡らされた線が、さっきの爆発で一部途切れているのを。千切れた線は、輝きを弱めている。
断たれた線が、力を失うのは明らかだ。
なら、千切りやぁいいんだ、あんなもん。
咆哮を上げ、大地を揺るがす。
地中にいなくても、声は届く。轟く。種が分かれば簡単だ。
攻防一体の環境変化を、お前に見せてやる。
「弱点は誰も知らなかった。けど何してるかは、みんな見てたんだぜ。準備してねぇ訳ねーだろ」
砕けた大地で、人間が右手をつく。
切断がもたらす停止が、思いの外少ない。
よく見ると、半分近くは点でできた線?
それらは弾けると、いきなり神秘を吐き出した。
岩石に阻まれ、放たれる先は空か地中。
どちらにしても、俺だけに効く。
相手も攻防一体ってか? だが、俺ももうすぐ地中に戻る。
準備したもん尽きちまえば、質・量どっちも俺が上――
「ぶへ!?」
なん、だ……? 目と鼻の先にある地面に、潜れない。
よく見たら、表面に何かある? 地中にも生えてきた煌めく物体、膜、岩盤。そんなようなものが、いつの間にか一帯を覆い尽くしていた。
「??? さっきから何だこれは? 石じゃねぇのかよ」
「ふぅー……これは銀だ、カバ野郎。
じっくり見ると、カバってより竜だけど」
"汚れなき蒼銀"
銀、銀、銀……そう呼ばれるものは知ってる。ただ、意識したことはないが、こんな形じゃなかったはずだ。不自然だ。
「せっかく準備した罠、好き放題壊してくれやがって。
おかげで、念のため試してたやつ使う羽目になった」
"転写"
張り付いた銀まで、地上を埋め尽くしていた線が浮かぶ。
違う。くっついた、重なった、みたいなやつだ。
ダメだ、まずいまずいまずい。壊れたカザンが復活した。
「キョロキョロすんなって、逃げ場はねーから」
「おぉぉぉぉい、テメェ1人で飛んでんなよ!?」
頭上から声。見ると、人間は飛んでいた。
ふわふわと、羽もないのにどうやって?
意味がわからない。あいつが飛べるなら、俺にも飛ばせろ。
おい、丸まるな。全部が俺を向いてるヤバい。
「嫌に決まってんだろ。お前だけで味わって、そんで死ね」
「ぬわぁぁぁ、待て待て待てッ……!!」
全身を嵐が叩きつけた。熱やら光やら雷やら、何でもありだ。形のない水すらも、俺をズタズタにした。
でも、耐えた。クカカ……俺はこれでも竜よ。
警戒の解けたとこを一飲みに――!!
「ッ……!!」
「油断すると思ったか? 覚えとけ。巨大生物と対峙する人は、油断しねー。死ぬから意味ねーけどさ」
上から重い。ちっこい人間? どこに体重、意識が軽く……
「杖デカくすりゃ、陣もデカく描きやすい……か?」
熱、上から。空の、日――
黒焦げになって息絶えた魔王種の上に、ベルが腰掛ける。
疲労はあれど、ケガはない。溶けた指の爪を眺めて、緊張の解れた顔で不敵に笑っていた。
「なんだ、案外弱かったな」




