4-地竜狩り・前編
「巨大なカバの魔王種、ですか」
カルミンブルクを旅立って数日が経った頃。
彼らは立ち寄った山間の村で、久しぶりの頼み事を受けていた。
なんでも、村長が言うにはその魔王種は、村を複数に分けさせてどの村が飲まれるかのゲームをしているらしい。対象は完全にランダム。地面を泳いで恐怖に染まる人々の声と顔を楽しみ、満足した段階で丸飲みにしているのだと。
彼の語り口には、あからさまに恐怖と憎しみが宿っている。
ベルの村、カルミンブルクのどちらとも違い、生贄を出すことも崇めることもしていない様子だ。話を聞いているシエルは、いつものように応対担当として丁寧に接している。
「はい。村1つを飲み込むほどの大きさのカバです。
数十メートルの巨体で、抗いようも逃げようもなく……」
現在、村の数は二十余り。相手の巨体に合わせて広く点在しているため、話を合わせることも難しい。
魔王種打倒など以ての外だ。彼らには死を待つか、外からの助けを待つしかなかった。
「まずは一目見たいところですが……
どうやら、猶予がないみたいですね?」
「えぇ。あれは逃亡者が出た時を除けば、決まって一年周期で現れます。次に出てくるのは、だいたい2日後。
地上にいることもありますが、多くは地中にいる上村の分布が広いので、今どこにいるのかは……」
言いにくそうに、村長は口ごもる。
強さでは魔王に及ぶはずもないが、厄介さでは中々のものであるようだった。流石のリチャードも、守る対象が不明ではどうにもならない。おまけに今は、シャットダウン状態だ。
シエルは難しい顔をしている。
「わかりました。居場所に関しては、おそらく問題ありません。どうにか対処してみましょう」
明言はせず、その場を離れる。ベルは少し離れた場所で会話を聞いていたが、リチャードは屋根に座ってぼんやりと空を眺めていた。視線の先では木々が揺れ、小鳥が戯れている。
魔王種の姿も気配も、映してはいない。
「さて、どうしよっかな」
彼をチラリと見たシエルは、わずかに表情を曇らせながらも気丈に振る舞う。村人たちの前で、不安にさせるような態度は見せられない。その様子を見ていたベルは、やる気に満ち溢れた顔で歩み寄る。
「オレに任せてよ、師匠」
「うーん……信頼してない訳じゃないんだけど、まだ1人で魔王種と戦うのは早いんじゃない?
あたし、あんまり役に立たないよ?」
キョロキョロと辺りを見渡したシエルが、コソコソと確認する。既に評価を知っているベルは、肩を竦めるだけで穏やかな表情だ。
「大丈夫だよ、1人で。どうせ最悪の場合、あんた……コホン。師匠はリチャードを動かすんだろ?」
「それは……どうかな」
「探知だけ頼むよ。そこはまだ自信ないし」
自身の実力不足もある。村人の目もある。
有無を言わせぬベルの言葉に、シエルはわかったと頷くしかなかった。
「うっし、一丁ぶちかますか!」
数十分後。魔王種の大まかな現在地、予想出現地点、想定できる移動ルートなどを教えてもらったベルは、地図を片手に、最初の村から数キロ離れた場所にやってきていた。
付近にある村は3つ。当然シエルたちの姿はない。
自分一人で、村を守って魔王種を倒さなければならない。
「弱点とか、誰も知らなかったからな。
とりあえず、使い慣れた炎でいくか?
それとも、地面を泳ぐというからには水?」
真剣に地図に目を通す。現在地は最初の村よりは開けた場所だ。山に囲まれてこそいるが、村も2つは盆地にある。
草原や畑、森があったり、川が緩やかに流れていたりと、山間の村より景色も様々だった。
「ひとまずは炎。他の策として水とかも用意しとくか。
とにかく、ここで決着をつけないと」
シエルの探知でこの場所に来たが、標的がこの3つという話でもない。敵の目的は、人を食べることではなく、食べられるのは自分たちかもしれない、と怯える人々を見ることなのだから。あらゆる行動を想定した準備が必要だ。
「いや、まずは山みたいな巨体と戦う方法からか。
力尽くでやるか、無防備にして急所を狙うか……
でも魔王種なら殺し尽くさないとだよな。
確実にやるなら流石に罠張っとかないとまずい気がする」
ブツブツと思考を言葉にするベルは、魔力で作り出した杖で地面を叩く。すると、表面を覆っていた緑がはけ、剥き出しの土が覗いた。
変化は緩やかに。しかして確実に。
不安定ながらも持ち上がり、やがてツルツルとした正方形になる。
「どうあれ相手は地面の中。辺り一帯を吹き飛ばせねぇなら、敵を引っ張り出さなきゃ始まんねぇ。
地中に魔法陣を描ければ……」
言って彼は、石に手を置く。大きなそれは、手のひらに収まりきらない。触れた面からすれば、地面と同じようなものだ。擬似的な大地で、練習する。
「まずは表面で……縦向きの魔法陣を描いてみる。
描ければいい。属性は風、それだけの魔術」
横向き――地面と水平な魔法陣であれば、普段文字を書くのと同じようなものだ。魔法陣を習得済みなら、難しくない。
ただ、縦向き――地面と垂直なものは、一本の線に文章を詰め込むようなものだ。目の前でなら視線と水平になり、崩れやすいだけだが、上下でとなると描くこと自体高度な制御が必要になる。
ペンで文字を書くのではなく、魔力で操作することから可能ではあるが、習得直後にやることではなかった。
とはいえ、地を往くモノが相手であるならば、地中にも攻撃を仕掛けられねば話にならない。ベルは血管を浮かび上がらせながら、懸命に魔力を制御する。
「ぐ、ぐ……どぁ!!」
弾けた。暴発だ。しかし、制御を離れながらも、風は石より吹き前方に飛ぶ。完璧ではないものの、魔法陣の成功だ。
「次に、石の真ん中に……」
目を閉じ、さらに集中する。すき間のない石の中を、魔力が通って道を拓く。外からはわからない。だがそれは、紛れもなく魔術の陣で。石の破片を伴い、先ほどよりも派手に破裂した。
「くそっ、失敗だ。カルミンブルクでも、無理やり使っただけだもんな……いくつも重ねて、暴発も攻撃に取り込んで」
破片で切れた頬から、血が流れ出た。
それを拭い、ベルはため息をつく。
「錬金術より安定しない……肩にある刻印のお手本とか、剣の助けとかがないからか? それとも、オレはゼロベースが苦手? いや、なら魔術式も上手くいくはずない」
再び石を作り、手を置く。今度描くのは錬金陣だ。
最初から中に描かれたそれは、石の表面を波立たせたかと思えば、すぐに突き破って銀の槍を見せる。
瞬時に避けるベルにケガはない。
「あっぶね! これ、無理な姿勢――陣の向きでのがダメなだけっぽいな。……はぁ。とりあえず、地面を掘ってから陣描くか。やってりゃ慣れるだろ、流石に」
言ってベルは、杖を掲げる。連動して持ち上がるのは土。
数百平方メートルほどの大地は、一欠片も落ちることなく、彼の頭上に浮かんだ。
「おっも……!! どのくらい深く潜ってくるのかわかんねーけど、村を飲みたいならどの道上がってくるだろ。
手当たり次第張りまくってやるぜ」
掘った穴の、深いところから浅いところまで隙間なく、ベルは魔法陣やら錬金陣やらを描いていく。
1つ終われば、また穴を掘って次の罠だ。
片手でくり抜いた大地を浮かせながらの、魔術の並列行使。
地味ながらキツイその作業を、彼は延々と行っていた。
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「調子はどう? リチャード」
ベルが孤独に迎撃準備をしている中、残る2人は手持ち無沙汰に村を眺めていた。サボっている訳では無い。
彼に任せたから、という以上に。リチャードの傍らに座っているシエルは、負けず劣らず苦悩していた。
「えっと……戦うの、疲れちゃった? あたしとしては、君が傷付くことがなくなるなら、嬉しいけど」
リチャードは返事をせず、目を伏せる。
望まれなかった。願われた。拒絶された。
それらすべてを、バグだと取り除かれ、勇者に押し込められた。
しかし、消えない。今の彼になる前の感情も、なってから直面したものも。リチャードという意識から切り離されただけで、身にも心にも残っている。奥底に、眠っている。
自己の破損に気が付けないほど、奥深くに。
その成れ果てを、結末に限りなく近い彼の姿を、シエルはどうしようもなくただ見つめている。
「このまま、今の君さえ消えちゃいそうで怖いよ」
――助けを無視する君を見るのも複雑、なんてこと、絶対に言えない。
「あたしはやだけど、戦いたいなら戦っていいんだよ。
でも、本当に嫌ならやめていい」
――君がしたいように、って……言える?
あたしが? 今さらどんな顔で?
「えっと、とりあえずご飯とか……」
――今、この子はどう思ってるんだろう。
傷付いてる? 悲しい? 役目を望まれなくて止まっただけ? わからない。
「食べない、よね。でも、食べ切れない分はお願いね?
せめて、それだけでも……」
――なんか、余計なことまで言った気がする。
この子との関わりにおいて、あたしは何一つ正解を選べない。選べる範囲に、正解がない。
「戦うなと言ったり、戦えと言ったり、難儀だ。
求められるのなら、残飯処理くらいはしてやるが」
「うん、ありがとう」
迷いが見えた。カルミンブルクでは誤魔化していた迷いが。
良くも悪くも、大きな変化が訪れようとしている。




